第04話 玄武、顕現
「ぽん! ぽん、ぽん! ぽんぽこぽん!」
服を慌てて着て、境内に出てくると、タヌキがいた。
ただし、ただのタヌキではない。
小学校高学年くらいの背丈。
鎧兜を身に着けながらも、下半身は丸出し。
腹太鼓を打って、左右にステップを踏み、やけに大きなものを揺らしていた。
「……何だ、あれ?」
「化け狸じゃな」
隣で、獣耳の女が淡々と答えた。
「あーー……。狐と狸の化かし合い?」
俺は思わず頷く。
獣耳の女と化け狸を交互に指さした。
ここまでの道中、お互いに簡単な自己紹介を済ませた。
彼女の名は葛葉。
千年を生きる妖狐だという。
今は力の大半を失っているらしく、もふもふの尻尾は一本きり。
本来は七本あったのだとか。
「妾をあのような小物と一緒にするでない!」
葛葉は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
ふと、その周囲に炎の玉が三つ、浮かび上がる。
いわゆる『狐火』というやつだろうか。
「ぽんぽーん!」
間の抜けた鳴き声とともに、化け狸はその場で後ろにくるりと跳ねた。
着地した瞬間、その姿が二つに、さらにもう一つに分かれる。三匹になった。
「来るぞ!」
葛葉が鋭く告げる。
「いや、来るぞって言われても!」
反射的に怒鳴っていた。
殴り合いどころか、喧嘩の経験すらない。
どう動けばいいのか、分からなかった。
「刀を抜け!」
「おう!」
反射的に、左手の刀の柄に手をかける。
この神社の御神体の刀だ。
俺は葛葉の『主人』になったらしい。
だから、その刀も俺のものになるのだという。
「いや、無理! 抜けない!
なんだ、これ!」
柄と鞘がぴたりと密着し、びくともしない。
両足に挟み、両手で引き抜こうとするが、結果は同じだった。
「ぽんぽこりーん!」
化け狸が攻めてくる。
腹を叩くと共に、見えない圧が襲う。
衝撃波だろうか。
それを、葛葉が狐火を飛ばして応戦した。
「くっ!? 妾も、主様も目覚めたばかりか!」
「ぽんぽーん!」
狐火が二つ命中する。
しかし一つは、化け狸が身をひねって回避した。
次の瞬間、残った一体がくるりと跳ね、再び三匹に分かれる。
「なら、呼ぶのじゃ! 手が足りん!」
「宮司さんを?」
葛葉は新たに狐火を三つ生み出した。
漠然と悟った。
これ、お互いに決定打に欠ける千日手だ。
「たわけ! 妾を見れぬような、あの鼻垂れが何の役に立つ!」
「じゃあ、父さんか?」
そして、葛葉にとっての決定打は、俺と刀に違いない。
役立たずな自分に、腹が立った。
「刀を掲げよ!」
「こうか!」
狐火と衝撃波が入り乱れ、応酬が続く。
命じられるがままに、刀を鞘ごと両手で頭上に掲げる。
「妾に続いて、唱えよ!」
「おっ!? 呪文か!
良いね! 胸が熱くなるな!」
思わず笑みがこぼれた。
俺は十四歳。
まさに厨二病を患う時期だ。
恥ずかしさよりも、高揚感が勝った。
来たるべきときのため、一人で格好いい仕草を練習してきた甲斐があった。
「その度胸、頼もしいというか、何と言うか……。行くぞ!」
「来い!」
刀を振り回し、なんちゃっての剣舞を繰り出す。
「我、継ぎし者なり!」
「我、継ぎし者なり!」
俺の中の『何か』が、加速していく感覚があった。
「汝、古の盟約に従い、その力を貸せ!」
「汝、古の盟約に従い、その力を貸せ!」
言葉を重ねるごとに、それはより確かな実感へと変わっていく。
「その名は、玄武!」
「その名は、玄武!」
名前を口にした瞬間。
「儲かりまっかーっ!」
「……なんて?」
あまりに場違いな声が混ざった。
探るまでもない。
感覚が、その発生源をはっきりと示していた。
境内の池の小島の上にある亀石だ。
ただの岩だったそれが、巨大な亀へと変貌し、頭と両手両足を突き出して立ち上がっていた。
「ほな、行きまっせーっ!」
口をあんぐりと開き、レーザーのように凄まじい水流を噴き出した。
「ぽぽーん!」
化け狸たちは亀に視線を奪われ、ぴたりと動きを止めた。
「今じゃ!」
「今じゃ!」
葛葉の周囲に浮かぶ三つの狐火が、さらに大きさを増した。
「それはもういい!」
葛葉が右手を横に振り、空を斬る。
三つの狐火が一斉に放たれ、化け狸たちへと直撃して爆ぜた。
炸裂音が響き渡り、真夜中の神社の境内が一瞬、昼間のように照らし出される。
「ぽ、ぽぽーん……。」
やがて夜風が爆煙を攫い、黒焦げになった化け狸の姿があらわになった。
前のめりに倒れた拍子に砕け散り、そこに残ったのは爆発の痕跡だけだった。
「えっ!? ……俺の出番は? もう終わり?」
ただ、この気持ちは何だろうか。
特に何もしていない俺は、どこか消化不良だった。
******
「突然だし、変な時期だが、転校生を紹介する。
東京から来た、月城恒一君だ」
「えっ!? 転校?」
神社の近くにある中学校、二年B組の教室。
化け狸との戦い後、なんか記憶が飛んでいる。
気づいたら、昨日は過ぎ、今日の朝になっていた。
つい十分前、この中学校へ車で送ってくれた父は、そのまま東京へ帰ってしまった。
『まあ、頑張れ。
お前の荷物は送ってやるから、心配するな』
不安しかない。
何を頑張ればいいのかも分からない。
とりあえず、俺は神社で暮らすことになったらしい。
「どうした? 挨拶しろ」
「だって、昨日の今日ですよ?」
だが、母さんの実家である神社の権力の高さを感じる。
昨日は日曜日だ。
今朝、転校の申請が通ったと考えるのが妥当だろう。
しかし、そんな強引が普通は通るはずがない。
「何が、昨日の今日かは知らんが……。
先生もさっき知った。俺のほうが教えてほしい」
この場で、その答えを知っているのは、ただ一人。
窓の外へ、自然と視線が吸い寄せられる。
「……どういうこと?」
木の枝の上に、見覚えのある金色があった。
風に揺れる長い髪。
獣耳と、ふさふさの尻尾。
葛葉は、嬉しそうに笑っていた。




