第02話 三度目の儀
「待っていたぞ」
本殿の前で、父さんと同年代の男性が待っていた。
うまく説明できないが、ただ事ではないと直感する。
頭には冠。手には笏。
黒い着物に、白い袴。
多分、神職の正装だ。
天皇陛下の儀式の映像で見たことがある、それと似た装束だ。
「まあ、約束ですから」
父さんが困ったように苦笑した。
その言葉に反応するように、宮司さんが頷き、こちらへ視線を向けた。
「うん、大きくなったね」
「あっ、はじめまして」
慌てて返事を返す。
「くっくっ……はじめまして、か」
宮司さんがわずかに口元を緩めた。
「あのぉ……。俺、よく覚えてなくて」
思わず頭をかく。
「まあ、当然か」
男は静かに頷いた。
「では、簡単に説明しよう」
一度、間を置く。
「我が一族では、男子が生まれたとき、三歳のときに儀式を受けるんだ」
「儀式、ですか?」
思わず聞き返す。
そんな話、これまで一度も聞いた覚えはない。
「ああ、その儀式に君は見事通ったんだよ」
「はぁ……。」
曖昧に相槌を打つ。
「次は、精通を迎えたときだ」
「……えっ!?」
思わず声が裏返る。
父さんがわずかに肩を揺らした気がした。
「君の精を送ってもらい、その儀式も通った」
「どういうこと?」
思考が追いつかない。
答えを持っているだろう父さんに視線を向ける。
「まあ、詳しくは聞くな。
でも、俺じゃない。その道のプロに任せたから、安心しろ」
「な、なんだよ、それ?」
まったく分からない。
もっと詳しく聞きたい。
「そして、今日が三度目。
昔でいうところの元服、十五歳前後に最後の儀式を行う」
「なるほど?」
だが、宮司さんは待ってくれない。
とりあえず、頷いてみた。
「では、早速始めよう」
仕方なく、宮司さんの後に続いて、本殿に上った。
******
(何なんだ、これ?)
本殿に響き渡る朗々とした祝詞。
聞き慣れない言葉が、一定のリズムで紡がれていく。
意味は分からない。
それが既に小一時間。
正直、退屈だ。
祝詞が俺を眠りに誘う。
さっきから何度も欠伸を我慢している。
(よく我慢してるよな)
隣をちらりと覗けば、父さんは静かに目を閉じている。
父さんはかなりのヘビースモーカーだ。
その父さんが小一時間も煙草を吸わず、じっとしているのが信じられない。
そんな父さんに後押しされ、俺は欠伸を必死に噛み殺す。
(……というか、母さんって何者?)
しかし、この儀式そのものの意味を知りたい。
なぜ、俺はこんな儀式に参加させられているのか。
なぜ、思春期特有のあれこれを晒されるような儀式に参加させられているのか
父さんが言っていた、その道のプロとは何なのか。
特にそれが気になって仕方がない。
(クラスに、神社の跡継ぎがいるけどさ。
こんな儀式、やってるとか聞いたことがないぞ?)
だって、十四歳の多感なお年頃だもん。
もちろん、ネットの動画で色々と見ているから、大体は想像ができる。
だが、実感がない以前に、記憶そのものがない。
もしあったら、学校で一足先に『経験者』としてヒーロー扱いされるのに。
女子から、『不潔』だの『最低』だの言われる可能性は大いにある。
でも、どうせ届かない存在だ。
告白は連敗中だし、普段からエロ扱いされて慣れてもいる。
厳かな雰囲気なのに、昨夜に青春を爆発させた動画をつい思い出し、あぐらをかくズボンが窮屈に感じられた。
「……何じゃ? 盛っておるのか?」
その瞬間だった。
すぐ隣で、鼻をすんすんと鳴らす音がした。
思わず声が出そうになるのを飲み込み、目を向けそうになるのも耐える。
いつの間にか、視界の端に入っていた。
鳥居の上にいた女性だ。
「ほれほーれ、どうじゃ?
見惚れてもよいのじゃぞ?」
女性は俺の前でくるりと回った。
腰まである長い金髪がふわりと広がり、甘い匂いがかすかに鼻をくすぐる。
だが、目を瞑っている父さんはともかく、宮司さんは気づいていない。
先ほどから祝詞の一節ごとに本殿の四方を回り、今は女性のすぐ後ろを通ったのに平然としている。
「うっふ~ん……。ちょっとだけじゃぞ?」
明らかにおかしい。
動画では、金髪美女ばかり選んでしまう俺だ。
その趣味が、見せている幻覚に違いない。
俺は儀式が早く終わってほしい。
ここで騒ぎを起こすのは、よくない。
俺は女性を無視することに決めた。
「なら、これでどうじゃ?
今はこういう仕草が流行っとるのじゃろ?」
女性が前かがみになり、俺の目の前で、両腕で挟んだ胸を寄せた。
襟の隙間から見える谷間。
俺はあぐらに乗せた両手で膝を掴む。
そうしなかったら、手を伸ばしそうだった。
(いやいや、それ『今』じゃないし……。)
ただ、さっきから女性のセクシーポーズに、どこか古臭さを感じる。
どう見ても、俺が生まれる前に流行ったものだ。
「ふぅん……。お主も駄目か」
すると女性は鼻を鳴らし、俺をつまらなそうに見下ろした。
そして、宮司さんがこの神社の御神体と説明してくれた刀の元へ向かった。
「忌々しい刀め!
こうして、やる! ……ぺっ! ぺっ! ぺっ!」
何をするのかと思えば、唾を飛ばした。
「ちょっ!? それは駄目だろ!」
俺は思わず叫び、右膝を立て、腰を浮かせた。
祝詞が止まる。
女性、宮司さん、父さんの目が俺に集まる。
やばい。
このままでは、頭がおかしくなったと思われて、救急車を呼ばれてしまう。
「お主……。妾が見えているのか?」
「すいません。ただの寝言です」
女性に問いかけられ、俺は再びあぐらをかく。
「いや、見えとるし、聞こえとるな?」
しかし、祝詞は再開されない。
俺は幻覚と幻聴を無視し、心を落ち着けようと大きく息を吐いた。
「なら、これはどうじゃ?
ほぉ~れ、ほれほれ……。」
ここで、初めて気付いた。
女性には、頭の上に獣耳があり、ふさふさの尻尾があった。
その金色の尻尾で、鼻先をくすぐられた。
「は、はっくしょんっ!」
たまらず、くしゃみが出た。
女性は大きく目を見開くと、本殿を駆け出てゆく。
今度は何をするのかと目で追えば、賽銭箱に飛び乗り、鈴緒を盛んに振った。
「主さまじゃ! 180年ぶりの主さまじゃ! めでたいのぉ!」
鈴の音が神社に響き渡る。
「えっ……。ほ、本当に?
で、伝説は……。本当だったのか!」
「……なんて?」
感動に打ち震える宮司さんの声。
俺は正面に向き直り、思わず聞き返した。




