第01話 久しいのぉ
「明日、予定あるか?」
「えっ!? 別にないけど?」
「じゃあ、ドライブに行くぞ」
いきなりの提案だった。
珍しく早く帰宅した父さんと、久々に夕食を共にした、その翌日のことだ。
どこへ行くのかと思えば、俺が幼い頃に亡くした母さんの実家だという。
高速を三時間。
途中のサービスエリアで昼食をとり、さらに三十分。
気づけば、田舎の神社に着いていた。
「おーー……。雰囲気あるね」
厳かさと、そこはかとない寂れがある。
アスファルトに白いラインが引かれた駐車場は無駄に広い。
ぱっと見でも、三十台は軽く停められるだろう。
それだけの広さがあるにもかかわらず、停まっているのは、うちの車だけだった。
土曜の昼過ぎ。
本来なら、それなりに参拝客がいてもおかしくないはずなのに。
別の場所に、第二駐車場もあるらしい。
立て看板が張られている。
ちぐはぐな感じがする。
いや、それ以前にだ。
母さんが由緒正しい古い家の出だとは、父さんの口から何度か聞いてはいた。
だが、まさか神社だとは思わなかった。
「ほら、行くぞ」
父さんに促され、その後に続く。
砂利を踏む音が、やけに響いた。
静かすぎて、妙に落ち着かない。
風の音も、鳥の声も、どこか遠い。
音すら、ここに届いていないようだった。
住んでいるアパート近くの、東京の神社とは大違いだ。
あそこは人の気配が絶えずあって、どこか生活の延長にある場所だった。
「……というか、今更なんで?
今まで、一度も来たことないよね?」
「はっはっはっ! お前も来てるんだよ、ここ」
父さんは振り向かずに笑った。
「えっ!? そうなの?」
思わず聞き返す。
「三歳のときにな。懐かしいなー」
「そんなの覚えているわけないだろ……。」
俺はガックリと項垂れて溜息をついた。
今、俺は十四歳だ。
三歳の頃の記憶なんて、あるわけがない。
それでも父さんの言い方は、どこか『当然』のようだった。
まるで、この場所に来ること自体が、最初から決まっていたかのように。
「ほらほら、あの亀石」
父さんが歩きながら指をさす。
その横顔の目は細く、どこか懐かしさを帯びているように見えた。
「亀石?」
指の先を追って目を向ける。
大きな池の中央にポツリとある小島に、平べったい岩があった。
甲羅のような隆起は、確かに頭と手足を引っ込めた亀のように見える。
しかし、それは『亀石』と言われたから、そう見えるに過ぎない。
「ただの岩じゃん?」
「そのただの岩に、お前は……」
父さんは少し笑って、続けた。
「亀しゃん、動いた! 亀しゃん、動いた!
……って、はしゃいでな」
言葉を切る。
「あいつ……。母さんが驚いていたっけな」
その口ぶりは、まるで昨日のことを思い出しているかのようだった。
「三歳だぞ、それ」
「はっはっはっ!」
だが、俺にとっては記憶にない恥ずかしい黒歴史だ。
「……覚えてるわけないって」
ふてくされたまま、半ば投げやりに突っ込んだ。
父さんは特に気にした様子もなく、境内の奥へと歩いていく。
大きな鳥居。
足は色が剥げているが、鳥居そのものは見事な朱色を保っている。
その上。
さっきからずっと、そこにいる女性。
白と赤の巫女服に、こんな田舎には似つかわしくない金色の髪。
足をぶらぶらと揺らしながら、空をぼんやりと眺めている。
「あのさ……。」
はしごもないのに、どうやって上ったのか。
あんなにも目立つ存在なのに、父さんは気づいていないのか。
そんな疑問が頭をよぎる。
「ぼーっとしていると、置いてくぞ?」
「あっ、うん」
だが、それ以上に。
初対面のはずなのに、妙に引っかかる感覚があった。
知っている、と感じてしまうほどに。
女が、ゆっくりとこちらを見た。
「……えっ!?」
視線が合う。
その瞬間。
ほんのわずかに、女の目が見開かれた。
驚いたような顔。
次の瞬間には、すぐに元の表情へと戻る。
だが、今のは間違いなく、俺を見た。
ぞくり、と背筋が震えた。
ありえない。
そんなはずはない。
だって、あんなところに人がいるわけがない。
「どうした?」
「いや……。」
慌てて視線を逸らし、父さんの背中を追う。
しかし、どうしても気になる。
こっそりと、もう一度だけ鳥居の上を盗み見る。
女は、まだそこにいた。
こちらを見下ろしている。
そして、口元に笑みを浮かべていた。
「……久しいのぉ」
そんな言葉が、風に乗って聞こえた気がした。
それなのに、父さんは気づいていない。
まるで、最初から『俺だけが見えているもの』のように。




