【閑話】ある、特別幸せな一日③
挙式を終えると、そのまま慌ただしく撮影が始まった。
まずは、参列者全員を入れた集合写真。
祖父母達を中心に、二組が並ぶ。
さゆりは、まだ少し涙目のまま慌てて端へ寄せられていた。
「さゆりちゃん、目元拭いて!」
「はいっ!」
スタッフが飛び回る。
次は、それぞれ二組に分かれての撮影。
そして、再び四人揃っての合同撮影。
移動。
角度。
ベールを上げたり、下ろしたり。
ブーケを持ったり、お互いの手を繋いだり……。
次々と指示が飛ぶ。
森の中。
石畳。
教会前。
光の綺麗な場所を探しながら、撮影は進んでいった。
景は、クラシックブラックのタキシード。
無駄のない、重厚な仕立て。
白い瑠璃を、際立たせる為の黒だった。
並ぶだけで、視線を奪う。
一方で。
馨は、パールホワイトのパンツスタイル。
柔らかな光沢が、森の光を反射する。
女性らしさを残しながら、どこか凛としていた。
その隣へ立つ葵の、マーメイドラインとよく似合う。
「はい、もう少し寄って下さい」
カメラマンの声。
景は、当然のように瑠璃の腰へ手を回す。
瑠璃が、少し照れたように視線を逸らした。
「景さん、新婦さん見過ぎです」
スタッフの笑い混じりの指摘。
「仕方ないだろ」
景が真顔で返す。
その瞬間。
周囲から、また笑いが起きた。
一方で。
馨と葵は、もっと静かだった。
寄り添う距離が、自然過ぎる。
長い時間を掛けて、隣へ居る事に慣れた二人の空気。
だが。
カメラへ向ける視線だけは、隠し切れないほど優しかった。
撮影を終える頃には、陽も少し傾き始めていた。
その後、場所を移し食事会が開かれる。
挙式よりは、少しだけ人数を増やした席。
それでも、限られた人達だけの静かな祝いだった。
新婦達も、ドレスの色を変える。
純白から。
それぞれ、自分達の色へ。
瑠璃が選んだのは、光沢のあるブルー。
光を受ける度、深い青から淡い水色へ色を変える。
まるで、サファイアを溶かしたみたいだった。
露わになった肩へ、艶のある布が静かに落ちる。
動く度、滑るように光が流れた。
景はその姿を見た瞬間、また黙る。
「景さん、顔」
玲に小声で言われても、視線が外れない。
一方で。
葵は、深い赤。
マットな質感のドレスだった。
光り過ぎない。
だが、その分だけ色が濃い。
熟れた果実みたいな、静かな艶。
身体のラインを美しく見せながら、決して下品にはならない。
その赤が、白い肌と黒髪を際立たせる。
並ぶと、二人はまるで対照的だった。
瑠璃は、光。
葵は、深い熱。
けれど不思議と、並んだ時の調和は崩れない。
「……綺麗」
誰かが、思わず呟いた。
その場に居た全員が、同じ事を思っていた。
食事会からは、挙式より少しだけ人数が増えていた。
その中には、ある人物も含まれている。
旧姓、三浦雅美。
京都で再会した際。
瑠璃は、彼女の新しい連絡先を登録した。
そこへ、招待状を送った。
封筒の裏には、今の自分の住所を添えて。
来て欲しかった。
けれど。
雅美には、小さな子どもがいる。
難しいだろうと、半ば諦めながら送った招待状だった。
だから。
返信葉書に、大きな花丸付きで“出席”と書かれていた時。
瑠璃は、少しだけ泣いた。
しかし、式の前日。
一通のメールが届いた。
『ごめん』
『旦那に子ども預ける約束だったのに、反故にされた』
『預け先がないから、今回迷惑かけそう』
『辞退できる?』
その文章を見た瞬間。
瑠璃は、何も言わず景へ携帯を差し出した。
景は、じっくりと読んだ
そして、当たり前みたいに言った。
「シッターを用意する。交通費も宿泊費も気にするな。だから、来てもらえ」
瑠璃が、少し目を見開く。
景は、特別な事を言ったつもりはない顔だった。
そのまま、瑠璃は雅美へ伝える。
少しして返信が届いた。
『本当、ごめん』
『でも助かる』
『甘えてごめん、ありがとう』
『明日が楽しみ』
その文章を見て、瑠璃はようやく安心したように息を吐いた。
今日。
食事会の会場には子どもを抱きながら、少し照れたように笑う雅美の姿があった。
新郎新婦の周りに出来ていた人の輪も、時間と共に少しずつ落ち着いていく。
その頃になって、雅美がようやく瑠璃の元へやって来た。
子どもは、別室でシッターと遊んでいるらしい。
「瑠璃」
声を掛けた瞬間。
雅美の目が、もう潤んでいた。
「本当に綺麗……」
その一言だけで、涙声になる。
「招待してくれて、ありがとう」
「アンタの、こんな幸せそうな顔……」
少し笑いながら、涙を拭う。
「ウチ、初めて見た」
「……嬉しいわ」
とうとう泣き出した。
景は、黙ってその様子を見ていた。
瑠璃の、まだ知らない顔だった。
過去を知っている人間へ向ける、柔らかな表情。
「うん」
瑠璃も、静かに笑う。
「来てくれて、私も嬉しい」
そう言いながら、足元に置いてあった紙袋をそっと雅美へ差し出した。
「?」
景も、雅美も中身が分からない。
「何?」
雅美が、不思議そうに袋を開ける。
そして。
中から出てきた物を見て、一瞬止まった。
『三浦』
そう書かれた、高校のジャージ。
瑠璃が、長年愛用していた物だった。
「ずっと、借りてて……」
瑠璃が、少し申し訳なさそうに笑う。
「返さなくて、ごめんね……」
雅美は、とうとう吹き出した。
「あははは!」
「アンタ、まだ持ってたん!?」
受け取ったジャージを広げてみせる。
「ウチ、もうあげたつもりやったわ!」
周囲も、つられて笑い始める。
「今返されても、もう入らんし!」
そう言って、自分の身体を見下ろす。
高校時代より、随分貫禄が増えている。
瑠璃は、真顔で言った。
「私、つい最近まで着てた……」
「えぇ……」
雅美が、また笑う。
「返すのに、クリーニングしてもらったんだけど……」
「ダメだった?」
瑠璃が、小さく首を傾げる。
「せやない!」
雅美は、笑いながら広げたジャージを畳む。
「もう、ウチには必要ないから……」
「アンタ、持っとき。その気持ちだけで、十分やわ」
「せやし、ウチ今は『三浦』ちゃうし』
そう言って瑠璃に渡す。
「……っていうか」
少し声を抑えて、
「アンタの周り、美形しかおらんのやけど……」
「ここ、少女漫画の世界?夢の国ちゃうん?」
その言葉に。
瑠璃も、思わず吹き出す。
「ちゃう、ちゃう」
珍しく、瑠璃に関西弁が移る。
その声が聞こえた周囲から、どっと笑い声が上がった。
和やかな空気のまま、食事会は静かに幕を閉じた。
大した演出もない。
余興にさゆりが有名な結婚ソングを歌い、新婦達は涙を流した。
けれど。
今日ここに居た誰もが、確かに幸福だった。
二組で行った合同ウェディングは、思っていた以上に互いの絆を強くしていった。
景と瑠璃、馨と葵。
公式の立場は違う。
そしてそれをわかった上で、囲む家族達。
“家”ではなく、“縁”として繋がった一日だった。
瑠璃は、旧友とも再会できた。
捨て去った昔を知る人が、今の自分を笑って祝ってくれる。
それが、少しだけ不思議で。
とても嬉しかった。
宴は終わった。
それぞれが、自然にパートナーの隣へ並ぶ。
景は、瑠璃のドレスの裾を気にしながら車へ乗せる。
馨は、葵の肩へ静かにストールを掛けた。
撮影スタッフが撤収しながら最後のインタビューをする。
「お二組共、今日はありがとうございました。最後に皆さんのたいせつなものを聞かせてください」
「まずは馨さん」
「私は……絆だと思う」
「では景さんのたいせつなものは?」
「……」
ニヤリと笑って景は答えなかった。
車の扉が閉まる。
車が、それぞれの宿泊先へ向かい走り出す。
そこまで撮影し、カメラは止まった。
窓の外には、軽井沢の静かな夜が始まろうとしていた。
今日一日で撮られた、大量の写真と映像。
笑い声。
涙。
祝福。
その全部を乗せながら、特別な一日はゆっくり終わっていく。
朝早くから始まった一日だった。
けれど。
振り返れば、あっという間だった。
ある、特別幸せな一日だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『彼のたいせつな、…。』
これにて、本当に完結です。
長かったような。
書いている側としては、あっという間だったような。
景と瑠璃。
馨と葵。
それぞれが、それぞれの形で隣に立ち、最後は二組揃って軽井沢でこの日を迎えることができました。
家族とは何か。
たいせつなものとは何か。
そんなことを、彼らと一緒にずっと考えていたような気がします。
そして最後。
「では景さんのたいせつなものは?」
景は、答えませんでした。
だって、この物語のタイトルは最後まで、
『彼のたいせつな、…。』
ですから。
ここまで彼らを見守ってくださった皆様なら、きっとそれぞれの答えを持ってくださっていると思います。
たくさん悩んで。
たくさん遠回りして。
時には盛大にやらかして。
それでも最後には、みんなで笑って終わることができました。
私自身、とても幸せです。
ここまで読んでくださった皆様。
景たちと出会ってくださった皆様。
本当に、本当にありがとうございました。
彼らの物語は、ここでおしまいです。
――なお。
この特別幸せな一日の裏側で。
朝比奈さん家では、まもなく大問題が発生します。
人生、そう簡単には大団円にしてくれません。
それでは皆様。
また、別の物語でお会いできたら嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




