【閑話】ある、特別幸せな一日②
小さな教会の前。
柔らかな木漏れ日の下で、二人の祖父が並んで待っていた。
本来なら、父親が立つ場所。
だが今日は、両家の祖父達がその役を務める。
瑠璃と葵が姿を現した瞬間。
二人とも、目を細めた。
深く刻まれた笑い皺が、さらに深くなる。
「……ほぉ」
どちらからともなく、感嘆が漏れる。
しばらく、言葉が出なかった。
それほど綺麗だった。
やがて。
馨の祖父が、嬉しそうに笑う。
「バージンロード、ワシも一度は歩いてみたかったんや。こんな綺麗な娘と歩けるなんて、夢みたいやなぁ」
そう言って、隣を見る。
「なぁ、鷹司さん」
呼ばれた景の祖父も、ゆっくり頷いた。
「ええ」
そして。
瑠璃を見つめながら、穏やかに笑う。
「景に渡すのが、惜しくなります」
その言葉に、皆が小さく笑った。
瑠璃は、少し困ったように目を伏せる。
葵も、静かに肩を揺らした。
今日ここに居るのは、限られた人数だけ。
けれど。
その笑顔だけで、十分すぎるほど祝福されていた。
「新婦入場」
静かな声が、小さな教会へ響く。
その瞬間。
チェンバロで奏でられる、聴き慣れた行進曲が流れ始めた。
柔らかく。
どこか繊細な音色が森の空気へ静かに溶けていく。
瑠璃と葵は、祖父達に寄り添いながらゆっくりと歩き出した。
一歩。
また一歩。
純白のドレスが、静かに揺れる。
教会の奥では景と馨が、こちらを見ていた。
数時間しか離れていない。
それなのに。
もう、駆け寄りたくなる。
その事実に、瑠璃はもう驚かない。
景を見つけた瞬間。
ちゃんと、帰ってきたと思ってしまう。
一歩進む。
ここへ来るまでの、沢山の分岐点が浮かぶ。
消えた世界。
選ばなかった道。
帰れなかった場所。
その全部を、踏み越えるみたいだった。
重いのに……。
不思議と、足は軽い。
景だけが、真っ直ぐこちらを見ている。
その視線に導かれるように。
瑠璃は、静かに歩き続けた。
瑠璃も。
葵も。
祭壇へ近づくにつれ、はっきりと感じていた。
ベール越しですら分かる。
パートナー達の、熱を帯びた視線。
景は、瑠璃しか見ていない。
馨もまた、静かに葵を見つめていた。
誓いの言葉が、教会へ静かに響く。
「誓いの口付けを」
神父の声が厳かに響く。
二人は、カーテシーをするように、ゆっくりと腰を落とす。
景と馨の手が、長いベールへ伸びた。
そして。
ベールが、静かに上げられる。
薄い布越しだった美しさが、ようやく露わになる。
その瞬間。
教会のあちこちから、小さな感嘆の息が漏れた。
「……綺麗」
誰かが、思わず呟く。
景は、目を逸らさない。
瑠璃も、その視線を真っ直ぐ受け止めていた。
二組が、ゆっくりと距離を縮める。
触れるだけの、軽い口付け。
——の、はずだった。
だが。
二人とも、抑えきれなかった。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
普通より長い。
静かな教会に、妙な間が生まれる。
そして。
神父が、咳払いを一つ。
「……長めの誓いでしたね」
アドリブだった。
教会に、笑い声が広がる。
瑠璃が、一気に顔を赤くする。
葵も、堪えきれず笑っていた。
一方で。
景と馨は、まったく悪びれていなかった。
誓いを終えた二組が、教会の扉を開ける。
その瞬間。
祝福の声と共に、ライスシャワーが降り注いだ。
白い粒が、陽の光を受けてきらきらと舞う。
瑠璃が笑う。
葵も、珍しく声を上げて笑っていた。
そして……。
「ブーケトスいきます!」
スタッフの声に、参列者達が小さく集まる。
だが。
人数は少ない。
しかも、未婚女性がほぼ居ない。
二つのブーケは、綺麗にさゆりへ集中した。
「わっ!」
両手で受け止め、本人が一番驚いている。
周囲から拍手と笑い声。
「おめでと〜!」
「持ってった!」
さゆりは、二つのブーケを抱えたまま隣に居た玲を見る。
「私、二つも貰っちゃった……」
そして、ケラケラ笑いながら続ける。
「二回結婚できますね!」
その言葉に玲の両親が、若干身体を固くした。
一方で。
玲本人だけは、冷静だった。
「違いますよ」
淡々と返す。
「結婚相手が、二倍幸せになるって事です」
「へぇー……」
さゆりが、素直に感心する。
「倍に幸せだったら……いいなぁ」
そう言って笑う。
さゆりは瑠璃たちの入場から泣いていた。
泣き過ぎて、マスカラが落ちている。
目元は、見事にパンダだった。
だが、本人はまったく気にせず呑気に笑っていた。
その姿を見て。
瑠璃が、とうとう吹き出した。




