【閑話】彼と妻の疲労宴②
そして、饗宴が始まる。
部屋での出来事など微塵も感じさせない。
景と馨は、並んで立つ。
そっと、手に手を重ねる。
恋人のように。
仲睦まじい夫婦のように。
そう見える角度まで、計算された所作。
「新郎新婦、ご入場です」
扉が開く。
拍手喝采
無数のフラッシュが二人を照らす。
眩暈がするほどの光の中を、二人は決められたルートで歩いていく。
二人は笑う。
優雅に、穏やかに。
それが、今日の仕事だった。
会場中央には、巨大な金屏風。
煌々と光を反射している。
景は、内心思った。
——完全に、前世紀の遺物ではないか。
だが顔には出さない。
二人は、その前へ座る。
和やかに、何も問題など無い顔で。
そして始まる。
挨拶。
また挨拶。
さらに挨拶。
乾杯。
祝辞。
祝電。
祝電。
祝電。
祝電。
終わらない紹介。
「◯◯財閥より——」
「海外政界関係者より——」
「英国より——」
もう、何人目か分からない。
そして時間が経てば、また立ち上がる。
二人は退出する。
僅か二十分後。
再び入場。
今度は、先程とは違う装い。
違うルート、違う演出。
だが、座る席は同じだった。
和やかに、優雅に微笑みながら。
次々と人が現れる。
祝杯。
また祝杯。
さらに祝杯。
机の下へ置かれた酒を捨てる為のバケツが、既に危険な量になっていた。
景は、そっと馨を見る。
馨は、完璧に笑っている。
話しかけられて微笑み、頷き、柔らかな返答。
非の打ち所が無い。
だが……。
完全に目だけが死んでいた。
景は、ほんの少し羨ましくなる。
——早く、その境地へ辿り着きたい。
まだ自分は、内心が顔へ出そうになる。
馨はもう、魂だけ別室へ避難させている。
プロだった。
二度目の中座を終え、控室へ戻った瞬間。
馨が、ソファへ崩れ落ちた。
「……」
空気も表情も完全な無。
ただ重い沈黙が落ちる。
その後、ぽつりと呟く。
「今度は、羽つけて階段から登場じゃないでしょうね……」
景が、一瞬だけ真顔になる。
嫌な想像をした。
「さすがにそれは……」
「そんなスミレな演出は、ないだろう」
自分達の側近たちを、信じたい。
切実に……。
しかし、次の瞬間。
朝比奈が、ふっと笑った。
嫌な笑い方だった。
「最終案には、ありましたよ」
乾いた空気が止まる。
「……は?」
馨が、ゆっくり顔を上げる。
朝比奈は、実に穏やかだった。
「大階段、羽、ライト演出、紙吹雪」
「却下されましたが……」
「誰が考えたのよ?!」
「演出チームです」
「……滅びればいい!」
馨は即答だった。
景も、静かに頷く。
完全同意する。
「今、帰りたい!!」
「直ぐ、帰りたい」
馨が死んだ魚の目で続ける。
その時。
控えていた側近が、にこやかに口を開いた。
「あまりわがままを仰いますと……」
「次は、金色の着物か、羽を背負うかの二択になりますよ?」
「お選び下さい」
「脅迫じゃない!」
馨が叫ぶ。
景は、静かに頭を抱えた。
「何故、選択肢に羽が残っている……」
「人気でしたので……」
「誰に?」
「ご年配層です」
最悪だった。
その横で、朝比奈だけが肩を震わせて笑っていた。
「なお……」
側近が、淡々と続ける。
嫌な予感しかしない。
「流石に、大階段はご用意出来ませんでしたので」
「……」
景と馨、同時に固まる。
どちらともなく、ゴクリと呑み込む音が聞こえる。
「代替案として」
「宙吊り、もしくはゴンドラでの登場案が——」
「却下」
景が、即答した。
「即答過ぎません?」
「当たり前だ!」
馨も、真顔で頷く。
「何なの?その、宝塚とテーマパークと昭和歌謡祭を混ぜたみたいな案」
「豪華さを演出したかったそうです」
「方向性が迷子よ!」
馨が、本気で頭を抱える。
朝比奈は、もう駄目だった。
完全に笑って、撃沈している。
「っ……。」
肩が震えている。
「笑うな!」
景が睨む。
「……っ失礼」
全く失礼と思っていない顔だった。
側近が、さらに資料を捲る。
「ちなみに、金屏風前でのスモーク演出も——」
「やめろ!」
「ドライアイスは——」
「やめろ!」
「レーザー照明は——」
「披露宴を何だと思ってる?!」
馨は言葉もなく、本気で疲れた顔をする。
「疲労宴です」
朝比奈が、さらりと言った。
数秒、二人の時が止まった。
そして、景と馨が同時に深く頷く。
「……上手い事言うな!」
「腹立つけど、その通りだわ!」
「……普通に入場、という選択肢は無いのか?」
景が、疲れ切った声で尋ねる。
側近は、一切迷わず答えた。
「ございます」
二人の顔に、一瞬希望が戻る。
だが、
「金色の着物、一択となります」
……希望は死んだ。
「……」
「……」
馨が、ゆっくり確認する。
「ちなみに、どんな感じ?」
側近、実に爽やかに答えた。
「振り付きです」
「嫌!」
即答だった。
「なお、姫様は腰元姿となります」
馨はまたしても思考回路がショートした。
「……は?」
「腰元?」
「はい」
「振袖に、帯を高めに結び——」
「やめなさい」
馨が、真顔で止めた。
「何を目指してるの?」
「華やかさです」
「方向性がおかしいのよ!」
景が、静かに目を閉じる。
「羽と比べれば、まだマシかと思ったが……」
「……比較対象が終わってるわ」
朝比奈は、完全に面白がっていた。
「ちなみに、BGMも候補がございました」
「聞きたくない!」
「姫様方のご入場に合わせ——」
「聞きたくない!!」
「和太鼓と、生演奏で——」
「やめろ!」
景が、本気で止める。
「それ以上は、精神が持たない……」
側近は、少し残念そうだった。
「大変人気の案でしたが……」
「誰に?」
「ご年配層です」
「でしょうね!!」
馨の叫びが、スイートルームへ響いた。
結局。
最後は、最も無難な形へ落ち着いた。
景は紋付き袴。
馨は振袖。
それだけで、十分過ぎるほど格式がある。
むしろ、何故最初からこれでは駄目だったのか……。
二人とも、心の底からそう思った。
ようやく、人間へ戻れた気がする。
披露宴も、終盤へ差し掛かる。
「縁もたけなわではございますが——」
司会の声が、会場へ響く。
両家の、更なる発展と繁栄を祈念し。
新郎新婦は、ゆっくりと退場する。
鳴り止まない拍手。
歓声。
最後まで、完璧な夫婦として。
和やかに、優雅に。
そして、退場後も終わらない。
今度は、出席者達を見送る役目が残っていた。
一人一人へ。
挨拶。
握手。
会釈。
笑顔。
何十回目かも分からない、
「本日はありがとうございました」
を繰り返す。
その途中、馨がふっと小声で呟いた。
「……今、目が攣った」
「目が、目が……」
景は、笑顔を貼り付けたまま返す。
「耐えろ。もうすぐだ」
「私、この宴会終わったら……」
馨が、遠い目をする。
景、即座に止めた。
「やめろ。不吉だ」
「……まだ死なないわよ」
「その言い方が危険なんだ」
表情は完璧なまま。
口元だけが、完全に疲れ果てていた。
それでも、周囲から見れば二人は最後まで理想的な夫婦にしか見えなかった。
全てが、恙無く終わった。
挙式、披露宴。
祝辞。
写真。
挨拶。
見送り。
何一つ問題は起きなかった。
完璧だった。
だからこそ。
二人の精神は、完全に死亡していた。
精魂尽き果てる。
きっと、こういう時に使う言葉なのだろう。
ホテルへ戻った頃には、景も馨もほぼ抜け殻だった。
ようやく。
没収されていた端末が二人に返却される。
景は、無言で画面を開いた。
待受には、瑠璃。
指先で、そっと画面を撫でる。
馨も、ほぼ同じ事をしていた。
葵の写真を見て、静かに息を吐く。
「私、東京に戻ったら……」
馨が、魂の抜けた声で呟く。
その瞬間、朝比奈がにこやかに答えた。
「ええ。次は東京公演です」
二人はわかっていても今、聞きたくなかった。
「……は?」
「関東側披露宴が、来週ございますので……」
「待って」
馨が、真顔になる。
「まだ、終わってないの?」
「本番はこれからです」
「いーやー!!」
馨の魂の叫びだった。
景も、静かに目を閉じる。
「帰りたい……」
「瑠璃に会いたい……」
「葵ちゃん……。」
二人とも、完全に現実逃避していた。
その横で、朝比奈だけが実に穏やかな顔で紅茶を飲んでいた。
「頑張って下さい!」
「他人事だと思って……」
馨の、死んだ声だけが返った。
ここでは最強の朝比奈玲。
自分の恋だと、この挙式・披露宴の準備に忙し過ぎて、彼女の誕生日を忘れて振られそうになってます。
気になった方はどうぞ「朝比奈玲はまだ恋を知らない」良縁のお守り〜モーニングコーヒーを二人でまでご一読ください(о´∀`о)




