↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼のたいせつな、…。  作者: あぐり りょう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/41

ありふれた牛丼

 牛丼チェーン店に入った。

 注文の操作が分からず、二人でパネルを前に固まる。

 あれこれ触っていると、うしろから声を掛けられた。

「お兄さん達、注文何っスか?」

 見ると、さゆりと同じくらいの歳の男がこちらへ身を乗り出している。

「牛丼だ」

「サイズは?」

「普通ってなんだ?」

「あー、並ね」

 慣れた手つきでパネルを操作する。


「“あたま”は?」

「あたま?」

「肉盛り盛りにするかって事ッス」

 瑠璃が、少し考える。

「いえ、普通がいいです……」

 ページをどんどん更新していく。

「玉ねぎ、好き?嫌い?」

「私は好きです」

「景さんは?」

「あぁ。俺もだ」


「じゃ、増量っと」

 彼はチラリとこちらを見て、

「増量はプラス料金だけど、平気ッスね」

「はい、これで完了っと」

 男は、手早く注文を確定する。

 支払い画面に切り替え、

「お兄さんが払う?」

「なら、ここにカード翳して」

 言われた通りに動く。

 そして、印字されたバーコードをこちらへ差し出した。

「ありがとう。助かった……」

「いや、別に。後混んでるんで……」

 とあっさり言う。


 そして、別れ際に、

「勝ち組のデートに牛丼って、ウケる」

 そう言うと、自分の分をさっさと注文して去っていく。

 受け渡し口では、

「後ろの台で、生姜とか調味料、好きに使ってください」

 と案内された。


「確か、生姜、……マシマシ」

 瑠璃は、牛丼を生姜で赤く染めながら満足そうに笑う。

 二人で、初めて食べた。

 それだけで、胸が、満たされていく。

 味なんて、どうでもよかった。

「ふふ、美味しい」

 瑠璃は満足そうに完食した。


 いつでも、どこでも瑠璃を輪の中に入れるさゆりだが、牛丼チェーン店だけは何故か誘われた事がなかったそうだ。

「今度、さゆりちゃんに食べたって言おう……」

 そうやって笑う瑠璃。

 普通の当たり前が俺たちには足りない。

 

 箱根・強羅から戻ってからも変わらず、二人で日常を紡いだ。


 瑠璃は、色んな表情が増えた。

 笑顔にも、種類が増えた。


 俺も声を上げて笑う事が増えた。

 もう、あまり煙草を吸う事もなくなった。

 これを機に禁煙が出来そうだと思った。


 関係は、まだ変わらない。


 焦がれる事は多々ある。

 だが、不思議と焦る事は、なかった。


 鷹司と鳳院の結婚式を、間近に控えたある日。

 瑠璃宛に、一本の電話が掛かってきた。


 表示された名前を見て、瑠璃が僅かに眉を寄せる。


『母』


 瑠璃は一つ、息を吐く。

 そして、通話を取った。


「……小沢瑠璃さんのご連絡先でお間違えないですか?」


 知らない声だったようだ。

 瑠璃が、小さく息を呑む。


「はい……」


「……ご家族さんにすぐ来て頂きたくご連絡しました」

 京都の、病院関係者だった。


「……」

「……わかりました」

 何事か二、三やり取りしてから通話が切れる。

 瑠璃は、そのまま背中をソファへ預けた。


「何だ?どうした?」

「母です……」

 瑠璃は少し俯き黙った。

「……病院からでした」

「そうか……」

「それで?」

 少しの沈黙の後、ぽつりと呟く。

「……危篤だそうです」

 聞き取れないぐらいの小さな声だった。

 瑠璃は、そのまま少し考え、

「……行きます」

 瑠璃は、俺を見る。

 決意を込めた目だった。


「私……母が患っているの、知りませんでした」

「電話も、またお金かなって……」

 少しだけ、唇が震える。

「……冷たい娘ですよね」

 なんと、言葉を返せば良いのか。

 分からなかった。


 肯定も。

 否定も。

 出来なかった。


 瑠璃は、そのまま数日帰って来なかった。


 連絡はある。

 だが、

「大丈夫です」

「また連絡します」

 返ってくる言葉は、それだけだった。


 自分が、京都へ行きたい気持ちは強い。

 瑠璃の側にいたかった。

 一人にしたくなかった。

 しかし、瑠璃はそれを拒んでいる。


「まだ、来ないでください」

 静かに、そう言われた。

 理由は、聞かなかった。

 聞けば、無理にでも行きたくなる。


 その代わり。

 祖母へ頼み込み、朝比奈の母を借りた。


「悪いけど、瑠璃の後を追って欲しい」

「承知しました」


 さらに、数日経った。


 玄関で物音がする。

 振り返る。

 そこに、瑠璃が立っていた。


「……ただいま、です」

 疲れた顔だった。

 だが、ちゃんと帰って来た。


 俺は、何も言わず距離を詰める。

 瑠璃の頬に手をやり、変わりがないかじっと見つめる。

 それから、ゆっくりと瑠璃を抱き締めた。


 数日が久しぶりに感じる。

 腕の中にある、瑠璃の体温。

 数日。

 会えなかった。

 その間、触れられなかった。

 瑠璃からもゆっくりと俺の背中に手を添える。

 暫く、お互いの存在を確かめ合うように抱擁した。


「景さん……」

 瑠璃は、そのまま俺の隣へ座る。

 そして。

 俺の肩へ、そっと頭を預けた。


「すべて、終わりました」

 ぼんやりと、呟く。


「……なんか、疲れちゃった」

 瑠璃は小さく、無理に笑った。


「そうか……」

 それしか、言えなかった。

 今、肩へ掛かる重み。

 それだけを、静かに噛み締めた。


 瑠璃は、目を閉じたまま。

 肩へ預ける力を、ほんの少しだけ抜いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おつかれさまでした、瑠璃さん。 何も言わないで抱え込む彼女の、「ただいま」と「疲れちゃった」だけで、景さんがどれだけ大切な存在になっているか、景さんとの暮らしが瑠璃さんの帰るべきところになっているのか…
私は父と絶縁のまま終わりました。 死んだのか生きてんのか。 分からないまま。 だから瑠璃の気持ちはよくわかる。 冷たいですよねー。人から見たら。 でもそれがリアル。 牛丼の微笑ましい話が吹っ飛ぶく…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。