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彼のたいせつな、…。  作者: あぐり りょう


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家族になる契約

旧家制度や契約婚に基づき、現在の民法とそぐわない表現があります。ご了承下さい

 翌日の朝。

 さゆりが、朝食前に瑠璃を大浴場へ誘って行った。


 馨と葵も同行すると聞き、心穏やかでは無かったがそのまま送り出す。


 その間に。

 瑠璃には見せられない、処理すべき課題を終える。

 朝比奈は、珍しく打ち合わせ時刻ぎりぎりに現れた。

「遅くなりました」

「……珍しいな」

「人の気配で起きない事が久々で……寝過ごしました」

 珍しく、本当に慌てている。

「さゆりちゃんが、ユリを迎えに来たぞ?」

「……ええ」

「さっき帰って来た所で、目覚めました」

 朝比奈は、珍しくバツの悪そうな顔をした。


「……随分、懐かれたな」

「えぇ」

 短く答え、コーヒーを口へ運ぶ。


「……無防備なんですよ」

 ぽつりと、呟く。

「誰にでも、ああなのか?」

「いえ……」

 朝比奈は、少し考えるように視線を落とした。

「警戒心は、ちゃんとあります」

「ただ、好き嫌いと、境界線の置き方が独特なんです」

「……なるほど」

「だから、懐に入ると急に近い」

 そう言って、深く息を吐いた。


「大浴場、無事だと良いんですけどね」

 大浴場の話を聞く間もなく、こちらへ来たのだろう。

 朝比奈は、いつもの冷静さが、やや欠けている。

 瑠璃から何気なく、大浴場の話を聞いた話をする。

「瑠璃は、ウチの冷蔵庫が怖かったらしい……」

「……なんですか?」

 朝比奈が、怪訝そうに眉を寄せる。

「増えるのが、不思議で怖がっていた」

「葵に”妖精”がいるからと説明されたそうだ」


 数秒。

 朝比奈は、黙った。


 そして。

「っ……!」

 堪え切れず、吹き出す。

「妖精……。よりによって、そこへ着地したんですか?」

 俺もその話を聞いた時は、思わず声を上げて笑った。

「いや、景さん家の使用人、気配消し過ぎなんですよ」

「普通、妖精にはならないでしょう?」

「だが、本人は納得していた。怖かったんだろうな」

 瑠璃がスッキリした顔で話をしたのが印象的だった。


 朝比奈は、また笑いを堪えるように口元を押さえた。

 俺はさらに続けて、

「どうやら、“妖精の慰安旅行”先と同じになったと話していたぞ?」

「……っ!!」

 今度は、完全に耐え切れなかった。

 朝比奈は、机へ突っ伏しながら笑う。

「なんですか、そのファンタジー!!」

「慰安旅行って……」

 くっくっと笑う声が聞こえてくる。

「妖精にも、休暇制度あるんですね……」

 朝比奈は一度、気が抜けたようだ。

「俺も、妖精の一族の筈なんですが……。長期休暇とか、慰安旅行には憧れますね」

 ぼそりと、本気の声色で言ってくる。

「お前……仕事しないで、間が持つか?」

 真剣に、そう返しておいた。

 朝比奈は、少し考え込む。

「……無理ですね。三日で仕事し始めます」

「だろうな」

「景さんもでしょう?」

「否定はしない」

 互いに、深く息を吐いた。

 

 さゆりとユリは、隣の部屋にいる。

 どうやら、女子会を継続しているらしい。

 そのまま、朝食会場まで行くとの事だった。


 一方こちらは。

 処理すべき案件を、淡々と熟していく。

 二人がいると出来ない話を、ここで共有する。


 朝食後。

 鷹司の祖母が使用するスイートルームへ集まった。

 そこで、家と養子縁組についての説明が行われる。


 さゆりは朝食後朝比奈が置き屋まで送り届けた。


 先方は、鳳院家の祖母。

 馨の母。

 馨。

 そして、葵。


 こちらは、鷹司家の祖母。

 朝比奈の母。

 俺。

 そして、瑠璃。


 まず最初に、極秘事項書、秘密保持契約について、互いにサインを交わす。


 紙を捲る音だけが、静かに響く。


「馨さん、堪忍ね……」

 鷹司の祖母が、少し申し訳なさそうに言う。

「景の母親、海外なんよ」

「大事な時に出席せぇへんのは悪いんやけど、仕事なんよ。気にせんといてね」

「ええ」

 馨は、特に気にした様子もなく頷いた。

 父と母は、契約結婚だ。

 家との契約事項以外について、母は徹底して自由を優先する。

 興味を持った場所へ行き。

 見たいものを見て。

 気に入れば滞在する。


 それが鷹司家と母との契約。


「最終確認しましょ」

 鷹司の祖母が、静かに口を開く。


「一、公の場では、夫婦お互いを尊重し、家の尊厳を傷つけてはならない」


「一、夫は、別途記載の契約事項を遵守する」


「一、妻は、別途記載の契約事項を遵守する」


「お互い間違いなければサインして」

 書面を読む。

 契約の変更箇所。

 文言の修正。

 抜けがないか、最後まで確認する。


 そして、互いに署名した。


「そして、互いの契約に基づき、小沢瑠璃と橘葵を鷹司家当主の籍へ養子縁組する」


「後で弁護士さんら来るから、その時にサインしてね」

 瑠璃と葵が、静かに頷く。

 鷹司の祖母は、一度全員を見回した。

「書類にも書いてあるけど……」

「二組にとって、大事な話やから、ここで言います」

 空気が、少し張る。


「瑠璃が懐妊した場合は、本家の子として育てます」


 瑠璃の肩が、小さく震えた。

 その様子に、祖母は少しだけ声を和らげる。


「これは、男女問わずです」

 

 一つ呼吸をおいてから、続ける。


「一定期間、瑠璃が懐妊しなかった場合は、人工的に作った子を馨さんに産んでもらいます」


「ただし、双方が同時期に懐妊した場合は、兄弟姉妹として格差なく育てます」


「流れた場合や、双方共に妊娠に支障がある場合は、分家から養子縁組します」


「葵のお腹を借りたり、遺伝子は入れません」


「これは、ええね?」

 祖母が静かに問う。

 鳳院家の祖母と母親は静かに頷く。

 馨だけ、少し表情が固い。


 一方。

 瑠璃は、完全に固まっていた。

 想像を超えた待遇。


 鷹司の祖母は、少し声を柔らかくする。

「瑠璃ちゃん、ウチらの事情に巻き込んでごめんね」

「今の説明で、わからん事あった?」

「あの……」

 瑠璃は、少し迷いながら口を開く。

「庶子を……本家へ?」

 調査書に書かれていた、瑠璃と葵の境遇。

 愛人の子として育ったので疑問があるのだろう。

「今は庶子やなくて子って言うやけど……。瑠璃ちゃんと葵ちゃんは、“庶子”がわかりやすい?」

「……はい」

 そうか、と一つ頷き、鷹司の祖母は説明する。

「戸籍上、景ちゃんと瑠璃ちゃんは兄妹や」

「やから、まずは父親不詳で書類を整える」

「そこから、瑠璃ちゃんの子を本家の戸籍へ移動させる」

「表向きには、兄である景と馨さんの子として養子縁組して移動させます」


「子育ては、やりたいやろうけど……」

「こちらも、家の為に教育せなあかん」

「解る?」

「……はい」

「会うたらアカン、なんて言わへんよ」

「これは、生まれた次代を、皆んなで守って、皆んなで育てていきましょう、言う約束です」

「……放ったらかしにはしません」

 祖母の言葉を瑠璃は噛み締める。

「はい。解りました」


 その時、馨の母親が静かに口を開いた。

「葵の腹は、借りないのですか?」

「母体は、多い方が……」

 空気が、僅かに変わる。


 だが、鳳院の祖母がすぐに遮った。

「辞めなさい」

「葵は、本来なら鷹司さん所でお世話になるのは筋違いや」

「こちらも、我儘を認めてもろうてます」


 だが、母親は引かない。

「ですが、馨が可哀想ですわ!」

「そちらの都合ばかり、良いように聞こえます!」

「もう少し、馨の立場を強化して頂かないと奥を取り仕切れません!」


 馨が、ピクリと表情を強張らせる。

「お母様は、黙って」

 静かな声だった。

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― 新着の感想 ―
馨さんのお母さん、葵さんを「娘の愛した人」「娘のパートナー」としてちゃんと認めてくれて、こんな場でも声を上げてくれるんですね。通らない言い分だったとしても。 普通の家庭の結婚とは違うけれども、両家のメ…
瑠璃本気で妖精信じてたんだ笑 私は気付いてると思ってたのに……純粋か!!笑 玲さん笑いすぎやし……でもまぁ分かりますけどね!!うん。 ……妖精の慰安旅行て!妖精にもそんな制度があるのかと思うと……ジワ…
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