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彼のたいせつな、…。  作者: あぐり りょう


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【閑話】彼のたいせつな、彼女の話(心を知る)

百合(GL)表現が若干あります。苦手な方はお控えください

 一次会終了の合図で、着替えを申し出た。

 

 久しぶりの鬘が重く、肩が張る。

 座敷の外に出ると、詰めていた息を、ホッと吐き出す。


 うしろから、彼の婚約者のパートナー、葵さんが声をかけてきた。

「瑠璃さん、こちらです」

 案内される部屋。

 事前に自分達に用意された部屋ではなかった。


「いえ、荷物もありますから。頂いた部屋へ戻ります」

 そう、断る。

 しかし、

「既に、こちらにご負担がないよう整えております」

 彼女は引かず、さらに勧める。

「それは、ご迷惑に……」

「主人の言いつけです。ご了承下さい」

 と譲らない。

 遠慮は通じない相手だと諦め、彼女についていく。


 部屋は隣り同士が一枚の扉で繋がるタイプの、ジュニアスイート。

 立派な個室露天風呂もある。

 この扉の向こう側が景さんの部屋。

 それを意識してしまうと、複雑な気持ちになる。


 特に『黒髪』を舞った後だ。

 心まで、余韻に引っ張られている。


 日本髪の鬘を取る。

 続けて帯留め、帯締め、帯上げ、帯枕の紐、仮紐など、身体を締め付けるものを次々と外していく。


 床に落ちる度、葵さんが手早く処理していく。

 肌襦袢一枚になる。

 これから先は自分だけでどうにかなる。


 そう思い、彼女に退出を促すが、

「主人の言いつけでございます」 

 と出ていかない。

 そのまま着ていた着物を素早く畳み、帯と着物をたとう紙へ丁寧に収める。


 紐類は、乱箱へ入れてある。

 私は、早々に諦めた。


 顔、頸、背中辺りまで塗った白粉を、コールドクリームで落としていく。


 頸から背中へ手を回していると

「失礼します」

 葵さんが、自然に後ろへ回った。


 そして、背中辺りへコールドクリームを塗り込むのを手伝ってくれる。


 そのまま、彼女が、小さく呟いた。

「今日は、入って来られた時に、私は貴女に気がつきました」


 思わず、動きが止まる。

「京都を出られてから、えらいお久しぶりですね……」

「そう、ですね……」


「正直、葵さんが居てびっくりしました」

「覚えておられましたか?」

 葵さんは、少しだけ笑った。

「当時から、私など眼中にないと思っていました」

「そんな事は……ありません。中々、お話出来なかっただけで……」


 当時から、自分はいつも人の輪の外側だった。

 人の輪への中心へ、自然に入っていく葵さんとは別の世界を見ているようだった。


 コールドクリームを、ティッシュで拭う。

「そのまま、一度浴室で全て洗い流しましょう」

 そう言いながら、葵さんは服のまま浴室へ入っていく。


「後は自分で出来ます」

 私は、慌てて断る。

「貴女が身体を洗う間に、洗髪します。髪、くしゃくしゃですよ?」

 そう言って、彼女は笑いながらお湯を掛けてきた。


 ……もう、駄目だ。

 全てを諦め、私は半ば機械的に動き始める。

 その時、先程まで無かった声が聞こえてきた。


「葵?もう中にいるの?」

 彼の婚約者、馨さんだ。


「馨様、こちらです!」

 葵さんが浴室の中から応える。

 脱衣所に人の気配がした。

 そして、すぐに馨も浴室に入ってきた。


「こちらはまだ掛かります」

「そうね。でも私も汗をかいたわ」

 瑠璃の隣りに座る。

 そして、瑠璃の全体をじっくりと眺めている。


「あの、後は自分で出来ますから。どうぞ、構わず……」

「そう、ありがとう」

 葵さんではなく、馨さんが答える。


 葵はそのまま、一度ため息を吐き。

「しょうがないヒト……」

 と笑う。


 なんだかいけないモノを観ているようで、瑠璃は慌て自分の身体を洗う事に集中する。


 隣りから、濃密な空気を感じるが、決して見ない。


 露天風呂に入る際に、馨さんが葵さんの湯で濡れ肌に張り付く服を脱がすところだった。


 目のやり場がない。

 倒錯した、物語のような雰囲気を初めて間近で感じる。


 のぼせてきても、出るに出られない。

 意味のない水音と意味のある水音が混じり合う。

 私は内心、

(どうして、こうなった?)

 と荒れ狂う。


 馨さん達に背を向けやり過ごす。

 だが、もうそろそろ限界だ。


「瑠璃さん、こっち見て!」

 馨さんが、声を掛けてくる。


 そこには、先程までの葵さんとは比べ物にならない、

しどけない姿があった。


 慌てまた、目を逸らす。

「のぼせるでしょ?ここで、少し休憩しましょう……」

 有無を言わさない、馨さんの強い眼。


 私は言われるまま、ギクシャクと動く。

 その様子を面白そうに観ながら馨さんは言う。


「私はね、コチラ側なの」

「私をどうにかしようとする男など、滅びればいい」

 キッパリと自分の性癖を話す。


「瑠璃さんと葵は姉妹になるでしょ?これから身内になるんだもの。嘘は嫌いよ。私自身を含めてね……」

 そう言いながら、彼女は笑う。


 その間も、葵さんらは焦点の合わない目をさせられている。


「貴女も混ざる?」

 耳元で馨さんが囁く。


 すると、葵さんの手伸びて馨さんを捕まえる。

 目の前で繰り広げられる、濃厚な口付け。


 私が景さんと行っているのは、子どもの遊びのようだ。


「馨、それは、ダメ!わたしを観て……」

 耐えきれないように、笑う馨さん。

「嫉妬?可愛いわ」

 また始まる。

 ……情事。

 私はこの空気に居た堪れない。


 顔に血が登る。

 熱い。

 温泉のせいなのか、別のなにかなのか、もうわからなかった。


 馨さんは、葵さんを抱きながら私に話しかけてくる。

「景さんを挟んで、私達はライバルにはならない。これは絶対よ。そうね、私たちもパートナーになるの。これで理解、出来るかしら?」

「……はい」

 馨さんはジッと私を見る。

「あぁ、綺麗。惜しかったわ!」

 心底残念そうに言う。

 それを葵さんは許さない。

 ここに居ると永遠に抜け出せない。


 私が混乱の限界に達した時、

「行っていいわよ。ここからは私たちだけの時間」

 と馨さんが私を追い出した。


 私は脱兎の如く飛び出し、旅館備え付けの浴衣を雑に着付ける。


 濡れた髪もそのままに、外に出る。

 隣りの部屋へ逃げ込むように、ノックしようとした。

 しかし、急に気が変わり旅館の外へ向かった。


 今、どうやって景の顔を見れば良いのかわからない。

 先程の馨さんと葵さんの事が頭を過ぎる。


 葵を自分に置き換えて考えてしまう。

 それは他人に対して覚えた初めての欲情だった。


 陽の沈んだ強羅の風が冷たくて心地よい。

 熱った頭と身体を適度に冷やしてくれる。


 激動の今日を振り返ると酷かった。


 奥底へ仕舞い込んで、出て来ないように追いやった筈の過去に、表情が取り繕えなかった。


 あれが、失敗だった。

 自分に連なるものは、すべて処分されたと思っていた。


 そして『黒髪』


 師匠に厳しく仕込まれた。


 綺麗な人形では駄目だと、何度も何度も注意された。

 最後は師匠が諦めた。


「アンタは心がないんか!」

 何度も言われた。

「違う、嫉妬や情念がわからんか!」

 何度も叩かれた。


 型が身体に染みつくほど踊った。

 それでも、よくわからなかった。


 今、師匠の言葉が漸く理解できた。


 練習不足の荒はでたが、渾身の出来だった。


 覚悟は出来た。

 これを舞う事は生涯ない。


 今日の出来事を自分の中で呑み込めた。


 馨さんたちのおかげで思いの外、苦くない。

 いや、甘美だと感じる。


 外の空気が急に肌寒くなる。

 旅館へ戻り先程は出来なかった、ノックをする。


 すぐに出てきてくれる、愛しいひと。

 そして彼に抱き寄せられる。

「身体が冷えている」

 私以上に私の事をよく見て、よく気づいてくれる。


「……入ってもいいですか?」

「もちろんだ」

 自分の事より、私を優先してくれる。

 やさしい、彼。

 もう誰にも渡せない。

 そんな気持ちになれた事に、自分が一番驚いた。

お読みくださって、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
十代の子に、あの曲の情念を理解しろというのは師匠が無茶な気がします(^^;) お手本を見て、それを自分なりに真似できたら十分スゴイ、あんな気持ちを心から理解して舞ったり唄ったりできるのは三十代かそれ以…
ドキドキドキドしながら読みました……何となく馨さんは受け?なイメージだったせいか(何故か)葵受けーーー!!!←そこ? そしてまぁ、何も書かれてない余白なのに。濃厚。いやぁ!! 私もいたたまれない。瑠…
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