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彼のたいせつな、…。  作者: あぐり りょう


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15/27

本音と建前

「何故、相談しない?」

 昼間の公園で瑠璃に静かに問う。

「景さん……」

 瑠璃が、こちらを見る。

 視線が一瞬だけ絡む。

 しかし、すぐ逸らされる。

「あなたは他部署の人ですから……」

「俺は、頼りないか?」

 ぽつりと呟いた声は自分でも珍しいぐらい弱い声だった。

 肩を落とす。

 その姿に、瑠璃が少し困ったように目を伏せる。

「いえ……。逆です」

 瑠璃は言葉を探すように、沈黙する。

「頼り過ぎると…… 甘えてしまうでしょ?」

 瑠璃が、小さく呟く。

 足元の木の葉が風が揺れる。

「私は、それが怖いんです」

 ぽろりと、零れたような声。

 それが瑠璃の本音だった。


 そうか。

 甘える事が、怖いのか。

 俺は静かに息を吐く。

「俺は、甘えて欲しい」

「甘えられたい。一緒にいたい」

 俺は真っ直ぐ瑠璃を見る。

「周りの目なんて、どうでもいい」

「……そんな俺は、駄目か?」

 静かな時間が過ぎる。

 時折、風が、木々を揺らす。


 そして、

「……困ったなぁ」

 瑠璃が、小さく苦く笑う。

「今のあなたは、私がちょっと珍しいだけですよ」

「私が貴方に依存したらすぐ飽きるでしょ?」

 瑠璃は俺を信じきれないと頭を振る。

「そう思うなら……」

 俺は、ゆっくり立ち上がる。

「試せばいい」

 静かな声で言い切った。

 もう、迷いは無い。

「俺は、もう決めた」

 少しだけ冷えた風が吹く。

「今度は、逃がさない」

「否は聞かない」

「……いや。もう、聞けない」

 矢継ぎ早に瑠璃に言う。

 これは、宣戦布告だ。


 瑠璃が、困ったように黙り込む。

 そんな顔をするな。

 俺は、少しだけ表情を緩める。


「瑠璃」

「君を、知りたいんだ」

 瑠璃が、何か言おうとする。

 だが、言葉にならない。

 口を、ぱくぱくと動かす。

 珍しく、完全に、困っていた。


「……考えさせて下さい」

 ようやく絞り出した声。

 だが、俺は静かに遮る。

「いや、時間はこれまで充分与えた」

「次に、時間を与えると……」

「オマエ」

 一つ呼吸を開けてから

「逃げるだろう?」

 俺は静かに断言する。

 瑠璃の肩が、小さく揺れる。

 俺は、瑠璃の顎をそっと取る。

 逃がさないように。

 真上から、目を見る。


 そして、コンタクトに隠されたその瞳を覗き込む。

「もう、隠すな」

「俺は、素のままのお前が欲しい」

 お互いを見つめ合う短い時間。

 瑠璃はそっと目を伏せる。

 だが、何もしないまま手を離す。

 距離を取りその場を去っていく。

 振り返らない。


 後ろのベンチからは、瑠璃が動く気配が無かった。


 その日以降昼に、公園へ行くのをやめた。

 俺は、仕事へ打ち込む。

 社内の噂などあっという間に、消えた。


 社内の人間は

「御曹司が、珍獣にちょっかいを出した」

「そして、飽きた」

 そう認識したらしい。

——それで、いい。


 フロアの向こう側から時折、視線を感じる。

 だが、敢えて反応しない。


 彼女と距離を置いた。


「最近、どうしたんです?」

 朝比奈が、書類を捲りながら聞いてくる。

「何が……」

 お互い、分かりきっている。

「彼女……」

 朝比奈は一度向こうを確認するように顔を上げる。

「最近、よく貴方を見ていますよ」

「知ってる」

 わかっていると即答する。

 朝比奈が、眉を寄せる。

「前まであんなに彼女の反応に一喜一憂していたのに……」

 ため息を一つ吐いてから

「……飽きたんですか?」

 朝比奈が、確認するようにこちらを見る。

「いや」

 味方には誤解されたくはない。

 俺は端末を操作する。

「逆だ」

 そのまま、画面を見せる。

【優しい、ペットの飼い方】

「これを実践している……」

 朝比奈は、何も言わなかった。


 珍しく、早めに帰宅する事ができた日。

 途中、なんとなく公園に行くと先客がいた。


「どうしよう、チャッピー……」

 彼女はこちらには気づいていない。

 スッと死角に入る。

「ねぇ、どうしたらいい?」

 撫で回されている、不細工な猫。

 話題はどうでもいいらしい。

 返事もせず、ブヒブヒと喉を鳴らす音がする。


「余裕、ないよね。私?」

「恋とか、してる余裕。ナイ……」

 自虐的に言う。

「仕事、減らす?時間作る?」

 ハァーと重いため息。

 暗い顔。

「出来ないっ……」

「お母さん、いつ電話してくるかわからないし……」

「私は、幸せには……」

 何かを噛み殺したような声。

「こんなの、慣れない」

 また、ため息を吐く。

 チャッピーはふんふんと匂いを嗅ぎ、目を細めている。

 何が嬉しいのか尻尾を上げて喜んでいる。

「なんかね、最近いつも一緒にお昼にいたから……。変な感じだよね」

 彼女の顔は、いつものまま。

 特徴の無い化粧。

 目立たないように作られた顔。

 地味な服装。


 だが、そんな事はもうどうでも良かった。

 真実の顔を知っている。

 昼の顔も夜の顔も。

 そして、一番綺麗な素顔も……。


 困ったように揺れる瞳。

 悩む表情。

 少し寄る眉。

 綺麗だと思った。


※※※


 その後も接待で、何度か箱根へ向かった。

 当然ユリがいない日もある。

 いても、これまでと同じだった。

 特別な反応は、返さない。

 まるで〝ユリ〟と〝瑠璃〟は別人だと言うように。


 だが、ユリは時折こちらを窺うように見ていた。

 そんなユリに対して、過度に接触はしない。

 そして、宴会時間の終わり頃にはユリは少し安心したような顔になる。

 上座の席に、さゆりが着く。

「ねぇ……」

 少し声を落として

「お兄さん。ユリ姉さん追いかけるの、やめたの?」

 笑顔だが目はこちらを伺っている。

「いや」

 即答する。

 さゆりが、一瞬固まる。

 何か言いたそうに口を開く。

「お兄さん、あの……」

 だが、

「さゆりー!早く代わってよ」

 別の花に呼ばれ、追い出されるように席を立った。

 その後も何度か物言いたげなさゆりの視線を感じた。


※※※

 定時を大きく超えた時間。

 ようやく終わった今日の会議。

 フロアに、人はいない。

 残っているのは、俺だけ。


……そう思っていた。

 フロアに人影が入ってくる。

 瑠璃も、まだ残っていたらしい。

 足早にこちらへ歩いてくる。

 通り過ぎようとしていたのに、一度立ち止まった。


「……まだ、帰らないんですか?」

 少し掠れた声で問う。

「君こそ……」

 言葉が続かなかった。

 瑠璃の肩から、ふっと力が抜けた。


——あぁ。

 無理をしているのがわかった。

 瑠璃はいつもどおりの顔だが、俺には疲れた表情に見えた。


 俺は、静かに口を開く。

「良かったら……この後、寄っていかないか?」

「腹が減ったんだ」

 静かなフロアに俺の声だけが響く。

 そして、瑠璃が小さく吹き出す。

「ふふっ……。実は、私もです」

お読みくださって、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
瑠璃、ちゃんと恋してる! そして景さん、読む本間違えてる← 二人はこれからどうなっていくのかな。 ご飯食べて何気ない日々を重ねて。 愛を育んでいってほしい。 前途多難なのはわかってるんだけど!!
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