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彼のたいせつな、…。  作者: あぐり りょう


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13/32

視界の中の幸せ

 瑠璃がいる五日間は控えめに言って、

——最高だった。


 視界の中に、彼女がいる。

 彼女が熱で魘されていた時、彷徨う手を握った。

 それで落ち着いたように、離れると手を探す仕草が見られた。

 たまに開く瞳は潤んで深海のような色合いの瞳が見えた。

 熱が下がり始めると、今度はじっとしていられないらしい。

 ちょこまかと動いては、部屋を片付ける。

 俺に断りを入れてから、遠慮がちに冷蔵庫を開けると、酒類しか入っていない中身に途方に暮れていた。


「……どうやって生きてるんですか?」

 呆れたように聞かれる。

「外食」

「……駄目じゃないですか」

 朝比奈から届く、救援物資。

 最初は簡単に食べられるレトルト食品が中心だった。

 瑠璃は起き上がるようになってから、宅配を使って野菜を購入していた。

 慣れた手つきで、レトルト食品に野菜を少し足す。

 家事をする生活音。

 それが、心地良かった。


 瑠璃が倒れてから、四日後。

 今度は、俺に症状が出た。

「景さん、熱あります……」

 初めは遠慮しながら苗字で呼んでいた瑠璃だったが、熱が出ている間に名前呼びが定着していた。

 額に触れながら、真剣な顔をする。

 氷嚢を作っては頭の下に入れ、汗をかけば着替えを出して、俺を甲斐甲斐しく看病をする。

 俺は瑠璃と同じ場所で眠れる事が幸せだった。


 俺達に接触した者への感染確認は祖母、朝比奈親子、全員問題なかった。

 在宅ワークでも朝比奈から業務報告は毎日届く。

 その中に一つ、気になるものがあった。

 『東央エンタープライズ、新人確保について』

 経営側へ学祭同行依頼。

 学祭における〝ゆいか“認知度、商業ベースへの引き上げ時期、広告宣伝費と国内と海外進出した場合の見込み利益。

 現場サイドから熱量の高いレポート。

 そして、添付されていた昨年の動画を再生する。

 画像は荒い。

 暗転。

 赤照明。

 逆光。

 そして、

「紅だァァァーーーーッ!!」

 聞き覚えのある声。

「瑠璃、来てくれて。面白いぞ」

「……はい」

 リビングにいた瑠璃が書斎に入ってくる。

「昨年の学祭の映像だそうだ。一緒に観よう」

 再生する。

 派手なロリータファッションでわかりにくいが、瑠璃はすぐに中心人物に気づく。

「あら、さゆりちゃん?」

「だよな?……」

 瑠璃は、よく知った妹分の別の顔を夢中で観ている。

「瑠璃はさゆりから学祭の話は聞いていたか?」

「サークルに入っているのは聞いていましたが、観たのは初めてです」

「仕事で歌ってたが、これほどではなかったよな?」

「そうですね。仕事だと、お客様が一番ですから。私たちは控えめが当たり前なんです」

 何度か再生を繰り返す。

 観れば観るほど引き込まれる。

 さゆりがユリの隣に平然と立つ理由が少しだけわかる気がした。

「……これは惜しいが、商業は無理だな」

「さゆりちゃん、自分から進んで目立つ子じゃないから……」

「それもある。が、朝比奈が持っていく。本人はまだ”ゆいか”がさゆりだと気づいていないようだが……」

 瑠璃は困ったようにこちらを見る。

 噂をすると丁度朝比奈から連絡が来た。

 通話に切り替える。

「動画の件は確認した。お前の好きにしろ」

 そう言って電話を切った。

「いいんですか?」

「さゆりを嫁だと言いながら、何も気づいていないアイツがどうなろうが知った事か」

「え?」

「朝比奈の執着はもう始まってるんだ。あっちが勝手に結論を出すだろう」

「……」

 可愛い妹分に同情しているのか、瑠璃は困った顔のままだった。


 隔離期間が終わる。

「お世話になりました」

 そう言って、瑠璃は帰ろうとした。

 だから、

「……熱がある」

 そう言って、引き留めた。

「嘘ですよね?」

「何故そう思う?」

「景さん、平熱低いじゃないですか。今測ったら、普通でした……」

「……」

 瑠璃は笑いを堪える顔で、

「あと、さっき元気にお酒飲もうとしてました」

「駄目か?」

「駄目です」

 とうとう、吹き出された。

「ふふっ……、もう」

 困った人ですね。

 そう言う声が、とても優しい。


 結局、数日後。

「流石に、一度家が気になるので」

 瑠璃は、自分の家へ帰って行った。


「それで?どうしろと?」

 朝比奈が、冷めた目で聞いてくる。

「彼女の異動。営業部に出来ないか?」

「出来ませんね」

 即答してくる。

「何故だ?」

「適切な管理運用をしなければ、腐ります」

 淡々と返される。

「私は嫌です。火中の栗なんざ拾いに行きませんよ」

「俺が、直接——」

「駄目です!」

 被せるように遮られる。

「決まってるでしょう!」

 深いため息。

「その脳内の花畑。一回、枯らしますか?」

 最後まで冷ややかな目で見られた。


 数週間後。

 以前から内示されていた人事異動の日が来た。

 三か月毎のお試し期間。

 瑠璃が、管理部から営業部へ異動してきた。


 毎日、視界の中に彼女がいる。

 それだけで、幸せだった。


 晴れの日は例の公園で、一緒に昼食を取る。

 食後に瑠璃は、チャッピーと遊ぶ。


「こら」

「それ、私のハンカチ」

 猫と取り合いをしている姿を、ゆっくり眺める。

 昼休みの時間いっぱいまで。

 それが、最高だった。


 瑠璃にこちらの資料作りを任せれば、早い、正確、気配りまで行き届いている。

 それでも、彼女の机には処理待ちの資料が少しずつ積み上がっていった。

 顔色の悪い日も増えた。

「大丈夫か?」

 そう聞いても、

「大丈夫です」

 瑠璃は頑なに大丈夫と繰り返す。


 週末に食事へ誘っても、断られる事が増えた。

「すみません」

「少し、予定が……」

 瑠璃の笑顔がだんだん曇っていく。

 どこか疲れて見えた。

 それでも彼女は、

「大丈夫です」

 としか言わなかった。

朝比奈玲はまだ恋を知らない

「朝比奈玲は誘われる」から「祭りの後」までの期間です

是非こちらもチェックしてくださいね(≧∀≦)


お読みくださって、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
瑠璃。ピッタリの名前ですね。 「朝比奈玲は恋を知らない」で初めて登場してから、ずっと本体をつかませない幻のようだった彼女が、やっと実体を見せてくれたように思います。 いろいろな面を持っていて、それぞ…
景さんや……良かった 良かったねぇ。 初めての幸せを噛み締めて、感染症になったんだねぇ。笑 看病してもらって、最高のひと時を味わって。 ずっと続いてくれたらいいのに。 そう思う気持ち凄く伝わってきま…
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