拾いもの
ゆっくりと目が開く。
久しぶりに、しっかりと眠れた。
目覚めは、驚くほど軽い。
いつの間にか自分の腕の内にすっかり収まっている彼女を見る。
まだ頬を赤らめたまま、眠っている。
つい、小さく名前を呼ぶ。
「……瑠璃」
反応はない。
穏やかな寝息だけが聞こえる。
彼女が使っている氷枕に触れる。
もう、温い。
昨日は、珍しくそのまま眠ってしまった。
シャワーも浴びずに。
昨夜の余裕の無さを自嘲し、浴室へ向かい汗を流す。
そこで彼女の着替えがない事にようやく気づいた。
当然だ。
倒れていた人間を、そのまま連れてきた。
しかし、汗もかいている。
全部、着替えさせる必要がある。
「……仕方ない」
これは介護だ、疾しい気持ちなどない。
しばらくは自分のシャツを着せればいい。
その間に、クリーニングへ出せば済む。
「そうしよう」
一人、頷く。
寝室へ向かおうとした、その時。
来訪を告げるチャイムが鳴った。
宅配業者は、コンシェルジュが対応する。
この部屋のチャイムを鳴らすのは——身内だけ。
だからこそ、厄介だった。
小さく息を吐き、応答する。
モニターを見る。
「……」
そこに映っていたのは……。
祖母。
そして——朝比奈の母。
「景ちゃん、ちょっと出ておいない。ウチは平気やし、入りたいけど、皆に止められてしもうて……」
はんなりとした関西の言葉に従って、ロビーに降りる。
ゆったりと座る祖母と、後ろに控えて立つ朝比奈の母の姿。
何故、このタイミングで….…。
自然と眉間に皺が寄る。
「今日ね、杉崎先生から聞きました。なんや、拾いもんしとったって、高熱の娘さんを担ぎ込んだて聞いてねぇ」
……口の軽い医者め。
昨夜の往診医を、心の中で罵る。
「景ちゃんは、お世話になるばっかりで、人のお世話なんてようせんやろ?思うて、急いで来たんえ」
「……はい」
素直に返すしかない。
「こればっかりは、玲ちゃんも難しいしね……」
後ろを振り返る。
「大奥様、そのとおりでございます」
朝比奈の母が、綺麗に頭を下げる。
「うちの愚息ではまだまだお役に立てません。お手数をお掛けし、申し訳ございません」
「あぁ、ええんよ。それは……」
祖母がコロコロ笑う。
「景ちゃん、女性の必要なもんはわからんやろう?」
「玲ちゃんは、ちっとも彼女連れて来んし……」
ほぅ、と軽く首を傾げる。
「でも、ええねー。朝比奈は……。玲ちゃん、決めた人居るって主人から聞いたえ?」
「景ちゃん、知ってはる?」
「いえ……」
「まだ、彼の口からは報告を受けておりません」
「そうなん?」
祖母が、ころころ笑う。
「まぁ、それは今度。玲ちゃんも呼んで、じっくり聞こ」
「お祖母ちゃん、そういう話、大好きやし」
「……善処します」
短く返す。
「さぁ。引き留めても、あかんね」
祖母が、ゆったり手を振る。
「朝比奈。彼女を見たげなさい」
「ウチは、ここでじっとしときます」
いや、お祖母様は絶対じっとしていない。
ため息を吐いて、ここで待機する。
「はい、大奥様」
朝比奈の母が一礼する。
「坊ちゃま。お部屋の鍵を、お預かりします」
「……頼みます」
それだけしか、言えなかった。
朝比奈の母がエレベーターに乗り込み消える。
「景ちゃん」
珍しく低い祖母の声。
「拾いもん、したらアカン訳やないんよ?ちゃんと大事に大事にするんやったら……」
「今まで、一度も出来ひんかったやろ?」
一呼吸置いて、
「ただの遊びやったら、もっと綺麗に遊ばな。最近のは、ちょっと目に余るで?」
叱るような目線だった。
「しかも、えらい子やて聞いてるで?お祖母ちゃんも一緒に遊びたいけど、景ちゃん、その覚悟出来る?」
「出来ひんのやったら、もうここで捨てなさい。可哀想や」
全てを知っている目で見てくる、祖母。
『えらい子』とは、まだ自分が知らない素性を既に知っているのか……。
怖い人だ。
景は力なく、
「善処します」
と告げる。
暫くして、朝比奈の母が戻ってきた。
何事かを祖母に耳打ちする。
「そうなん?そら、難儀やね。これから、似合うの揃えたげましょ」
「今日のためにこれがあるんやから!」
手元の小さいバッグから、ブラックカードを取り出した。
「本人さんは、一緒行かれへんやろ?間に合わせは今日帰りに届けたげるケド……」
「愚息が算段をつけると連絡がありました」
「まぁ!そうなん?せやったらお茶会もしましょね」
「そしたら景ちゃん、またね」
サッと立ち去る。
他に興味が出たようだ。
ハァー。
深いため息が出る。
部屋に戻ると浴衣を着せられ戸惑っている瑠璃がいた。
「あの?ここは……?」
戸惑ったまま、居心地が悪そうに聞く。
「チャッピーが、俺に知らせた」
「え?」
「部屋で倒れていた。だから、連れてきた」
「……瑠璃」
名前を呼ぶ。
その瞬間、弾かれた様に立ち上がる。
だが、まだ本調子ではなくすぐにベッドに沈む。
「無理するな、感染症だ。今はここで5日間隔離している」
ピクリと身体が揺れる。
「あの、今何時ですか?会社に連絡しないと……」
無断欠勤になると告げてくる。
「大丈夫だ。連絡してある」
「キミは少し休みなさい。まだ熱がある」
静かに告げる。
「あの、さっきの方は?」
「あぁ、朝比奈の母だ」
「……そうですか」
目を瞬く。
「急に来られて、ビックリしました」
瑠璃は少し恥ずかしそうにする。
「実は俺の祖母も来ていた。また、来るそうだが……」
景は瑠璃の髪を撫でながら、
「それは、元気になってから考えればいい」
そう言って、寝かしつける。
瑠璃が眠った事を確認して、リビングに戻る
端末に、朝比奈から通知が入っていた。
『至急、ご連絡ください』
通話へ切り替える。
「……母が、そちらへ向かったそうで」
「既に来た。お祖母様と帰った」
「……そうですか」
電話越しに、深いため息が聞こえた。
「遅かったか……」
「おい」
「何か、手配したのか?」
「えぇ。着替え、一式ないんでしょ?」
「母からサイズの問い合わせが来まして……」
呼吸二つ分の沈黙のあと、
「普通、上司の女のスリーサイズなんて知らねぇよ」
わざとらしく、聞こえる声量。
「……聞こえているぞ」
「そうですね。聞こえるように言ってます」
朝比奈は即答してくる。
「それで?」
「さゆりちゃん。先日の旅行で、“必要経費”だとか言って、色々揃えてたでしょ?」
清楚か妖艶か。
「あれ……。もっと、ファイトマネー積むべきでした」
「……」
「彼女、詳細な情報持っていますので、協力してもらいます」
「……俺も、後から合流します」
心底、嫌そうな声がする。
「あぁ、お祖母様がお茶会だと言っていたぞ」
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
そして、
「……飼えません。」
「捨てて来なさい。」
吐き捨てるように言って、通話が切れた。




