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第九話

 朝──木葉は屋根の上から治安局を眺めていた。

 右手には先ほど買った稲荷寿司を持って尻尾を揺らす。


「ここならば、見つかることはない……モグモグ」


 今日こそルディの家を探り当てるのだ。そして、暗殺を成功させる。

 それから、魔王様に褒めてもらう……って考えたところで、その魔王がもういないことを思い出す。


 尻尾と耳は彼女の気分を現すようにへなりと倒れる。涙目になり、自棄気味に二つ目の稲荷寿司を口の中に運ぶ。

 口内に広がる幸せの味に、彼女の気分は取り戻す。


 見張りを始めて半刻が過ぎたとき、治安局からルディが出てくるのを確認した。

 しばらく屋根の陰に身を潜めて、彼の行き先を見守る。


 少し距離が開いたなと思ったら身を乗り出して、屋根から地面に飛び降りた。綺麗に着地したところで、近くの通行人がビクリと驚いていた。



 ルディは街の中で人々と会話をかわしながら歩いている。それなりに人望があるようで、子どもたちにも懐かれている。

 さすがは勇者というところだが、木葉は非常に恨めしかった。


 メモ用に持っていた羊皮紙に、『何故か町民に声をかけられまくる』と大きく書く。


 そんな彼女はしっかりと隠れてるつもりなのだろうが、街の人たち全員が彼女を見てくる。

 小さな女の子に至っては、モフモフしっぽさんといって指さしてくる始末だ。


「ふふふ、今日こそ隙を見つけてやる」


 そんなことはつゆ知らず、彼女は自信満々に呟いた。


 ルディは悠々と歩いていると思えば、急に路地に曲がった。

 何かあるのかとその後を足早に追いかける。


 コソッと家の影から路地を覗けば、道の真ん中に皿に置かれた稲荷寿司が置いてあるではないか。


 尻尾が立ち上がり、顔が緩む。しかし、さすがの木葉もこれは罠だと気がつく。

 無意識に体がふらふらと近寄ることを覗いては。

 手を伸ばしかけて、自分のしていることにハッと気がついた。


「うん、流石に見え見えの罠に引っかかりすぎだよね」


 後方から聞こえるルディの声に、木葉は慌てて振り返る。

 後ろを取られたことに驚きながら稲荷寿司を掴む。距離を取り、食べながら彼のことを睨んだ。


「いつから気づいてたの!? ……モグモグ」

「うん、一応罠で用意した稲荷寿司を食べることはやめようか? それと、気づかれてないと思っていたならそれこそビックリだよ」

「わ、私の尾行は完璧だったはず……!」


 尻尾を揺らしながら、稲荷寿司に舌鼓を打つ木葉に対し、ルディは苦笑して肩をすくめる。


「まぁ、君から来てくれてちょうどよかった。これから付き合ってほしいところがあるんだ」

「油断させて殺す気でしょ、魔王様みたいに! その手には乗らないよ」


 威嚇して牙をむき出しにする彼女は、野生の狐のようだ。


「そんなことしないよ、もしするとしたらその稲荷寿司に遅効性の毒でもいれるよ」


 勇者らしくない発言に、木葉は肩をわなわな震わせる。勢いよく立ち上がって、ルディを指さした。


「稲荷寿司に毒を入れるのは稲荷寿司への冒涜!」

「あ、怒るポイントそこなんだ」

「毒は効かないもん、修行したから! お腹を壊すだけ!」


 小さな胸を張って腰に手を当てる木葉に、「効きはするんだ……」と呆れた笑みを浮かべている。


「まぁ、とにかく付き合ってよ。稲荷寿司を奢ってあげるから」

「いな……だ、ダメダメ懐柔しようとしたってそうはいかないもん!」

「いや、もう尻尾がどえらい振ってるけども」


 指摘され気づき、顔を真っ赤にする。そのままシュンと尻尾を垂らした。しかし、まだ微かに揺れている。


「わ、私になんのメリットがあるというの?」

「多分……君にとって稲荷寿司はかなりのメリットだと思うけど」

「……そ、それ以外!」


 木葉の言葉を聞いて、彼は顎に指を当てて考え込む。目を閉じて隙だらけのルディに、今だとナイフを突き刺した。

 しかし、木葉の攻撃は右手の人差し指と中指で挟まれて軽々と防がれてしまった。


 舌打ちをして、そのまま後ろに飛ぶようにして距離を取る。


「そうだ。僕と一緒にいる間は暗殺し放題ってことはどう?」

「……」


 少し考えて、木葉はぷっと吹き出す。


「暗殺者がどこでも人を殺せると思ってるの? 人目に見つかったら終わる仕事なのに?」

「うん、分かってることを君に言われるとすっごい腹立つね」

「まぁ、どうしても……どうしてもと言うのなら今日だけ付き合ってあげてもいいけども。あと、お礼の稲荷寿司は増し増しね」

「分かったよ」


 交渉が成立したところで彼が振り返る。その首筋に向かって毒付きのクナイを投げる。しかし、やはりというか軽々と弾かれてしまった。


「人目を気にしてる人の行動じゃないよね?」


 肩越しに見てくる彼の視線から、木葉は目をそらす。

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