第八話
木葉は席を立って牙をむき出しにする。ナイフを取り出して、身構えようとした。
そんな彼女に、ルディは右手を掲げて制止を促す。
「ここで暴れたら、他の人に迷惑になるよ」
言われ、周囲から視線が集まっているのに気がついた。顔を真っ赤にして、ゆっくりと座る。
木葉はルディを睨みながら、稲荷寿司に手を伸ばす。
「はは、すっかり嫌われたね」
「……当たり前!」
「まぁ、そりゃそうか」
苦笑する彼に警戒しながら、4つ目の稲荷寿司を口の中に放り込む。一瞬、警戒を緩まして破顔してしまった。
すぐに頭を振って、ルディを睨み直す。
「そんなに見つめられると照れるよ」
「ば、バカにしてるよね!?」
「いやいや、頑張ってるなって」
「やっぱりバカにしてる!」
五つ目の稲荷寿司を食べて、立ち上がる。そのまま会計を済ませて店から出ようとする。
その彼女の後ろを、ルディは黙ってついてきた。
しばらく歩いた後、木葉は彼に向かって振り返る。尻尾は威嚇するように毛が逆立っていた。
「なんでついてくるの!?」
「いや、少し君に興味が出てきてね」
「私はお前を殺そうとしてるの!」
「まぁまぁ、稲荷寿司を好きなだけ奢ってあげるから」
その言葉に、耳を立て尻尾を揺らす。よだれを垂らし、顔を緩ませる。
いやいや騙されるなと寸前のところで意識を現実に引き戻した。
稲荷寿司を頭の隅から追いやって、彼に詰め寄る。
「お前は何があっても許さないから!」
「うん、僕も許されるつもりはないよ」
余裕をこいていられるのも今のうちだと、彼に舌を出してあっかんべーをする。
※※※※※※※※※※
「ねぇ、ルディ。コノハさんに何かしたの?」
治安局に戻った直後、同僚のリリヤスに尋ねられた。
ルディは羽ペンで資料を作成しながら、彼女の方に目を向ける。
「元勇者ってことバラした」
「……え? なんで?」
「少し、気になることがあったからね」
軽く報告するルディに対して、リリヤスは頭を押さえながら大きくため息をつく。
「あのさ、わかってると思うけど民衆に勇者ってバラすことは──」
「うん、わかってるよ。リスクしかないことはね」
少しでも情報が漏れれば、どこに噂が広がっていくかは分からない。いずれは王都にまで広がって、ルディは殺されてしまうだろう。
この国にとって、もう不要となった勇者は始末の対象なのだから。
「でも、彼女なら大丈夫さ」
「……根拠は?」
「僕の命を狙ってるから」
その言葉にリリヤスが固まる。彼女が綺麗に整えていた資料は床に落ちた。
机に手をついて、大きなため息をその場でつく。
まぁ、変なことを言ってることをルディは自覚していた。
「あんたって本当昔からめちゃくちゃだよね?」
「めちゃくちゃじゃないと、魔族との戦い終わらせられないでしょ」
「……それもそうだけど」
リリヤスが諦めたように肩を落として、姿勢を正した。半眼になってこちらを見やり、頬杖をつく。
「でも、なんかスッキリした顔してるわね。何か吹っ切れたの?」
「んー……ずっとあった違和感が消えたからかな」
「……違和感?」
魔族たちは普通に暮らしていた。人間と変わりなく。王家が言うほどの悪どさを感じなかった。
時折、剣を振るっている自分が悪いのではないかと思ったくらいだ。
その中で魔王は別格だった。最後は抵抗することもなく静かに殺されていったのだ。
「ずっと疑問に思ってた。本当に魔族たちは言うほど悪いのかって。そして、王家の僕への対応を見てさらにその疑念は強まったよ」
「……まぁ、彼らが言った魔王を倒せば魔物がいなくなるって話。嘘だったわけだしね」
むしろ、魔物は増加傾向にある。発生源の魔王を倒したはずなのにだ。
そのことに疑問を持たないとすれば、ただ何も考えてない使い勝手のいい人間だ。
「コノハちゃんが言ってたよ。魔族のほうが魔物の対処に困ってたって」
「……は?」
フリーズするリリヤスを見て、「まぁそうなるよね」と苦笑する。
「ま、勇者って明かしたのはさ、完全に僕の好奇心からだったんだけど……」
彼女から魔王の残滓が見えたため、何のために勇者を探しているか気になった。世界を破滅させるつもりだったのだとしたら、ルディは少女であろうと問答無用で殺していた。
だからあの時ダンジョンに連れて行ったのだ。あそこで殺せば、死体は魔物が処理してくれるから。
「結果的に明かして良かったかな」
含み笑い気味に彼は言う。
「その顔をしてるあんたは一番信用ならないわ……」
リリヤスの言葉に、さらなる笑みを返した。
「ありがとう、褒め言葉として受け取っておくよ」
報告書に目を落とし、羽ペンを走らせる。
ルディの頭の中には、真に滅すべきものは王家かもしれないと浮かぶ。




