第六話
「そ、そんなこと……ありません」
強く否定しようとして、言葉尻が萎んでいく。
指を体の前で絡ませて、考えるようにいじる。
その動作がもう嘘を肯定していることになるのだが、木葉は気がつかない。
「大丈夫。君が勇者を殺そうとしてることは誰にも言えないよ。それにね──」
気が動転して揺れる瞳でルディを見上げる。彼が髪の毛をかき上げると、黒色の髪は白色に変わった。
服装も青い治安官服から白銀の鎧に変わっている。
「君は絶対に“僕を”殺せないし、僕も殺されるつもりはないから」
「……え?」
「さっき言っただろ? 僕がその勇者だ」
再び飛びかかる。今度こそ本気でナイフをルディの首筋に刺そうと。
しかし、その攻撃は彼の白銀の剣に弾かれてしまった。
空中に投げ出された木葉は、体勢を整えてから着地した。鼻息荒くする彼女の牙は、怒りに乗じて大きく伸びる。
彼女の表情は、人間にはない凶暴さを備えていた。野生の動物が怒ったときのそれと似ている。
「一つ聞きたい。なぜ僕を狙うんだい?」
彼の言葉を無視して、走り出す。地面を蹴り、ナイフを振り回す。
忍者とは思えない荒々しい動きだったが、一つ一つが心臓や腹部を正確に狙ったものだ。
だが、すべてが簡単にはじき返される。ルディは余裕の表情を崩していない。
「お前が、魔王様を殺したからだ!」
再び大きく体を引いてから、一気に踏み込んだ。
首を狙った素早い突き。剣の隙間を通すように放ったつもりだった。
しかし──
「魔王は魔物を使って平和を脅かしていた存在だよ?」
彼は木葉のナイフを止めていた。勢いに負けたそれは折れ刃が飛んでいく。
使い物にならなくなったナイフを横に捨てて、木葉はバク転を繰り返してルディから距離を取る。
最後の一回転で手で地面を強く押し、高く飛び上がった。後ろ腰に付けたポーチから針状の細いクナイを複数取り出して、彼に投げつける。
しかし、剣で正確に弾かれてしまう。一切の傷を負うことがなく。
クナイが突き刺さった地面は、煙を上げ始めた。それを横目で見たルディは肩を落とす。
「毒か……本気で僕を殺したいようだね」
「当たり前だ! それに魔物を使って平和を脅かしてただと!? 魔王様を侮辱するな!」
「……待て、それはどういう──くっ」
なぜだか分からないが彼の動きが鈍った。クナイを投げた隙を見計らって肉薄する。
二本目のナイフで彼の顎下を狙って突き上げた。
彼は首を後ろに下げて、ナイフの刃をギリギリ避ける。顎から右頬にかけて傷の線が出来上がり、血が周囲に飛び散った。
だけどルディはその傷を構うことなく、木葉の腕を掴む。
「は、離せ!」
強く握られた腕は鬱血している。痛みから顔がゆがむ。力を込めて引くが、彼の手はビクともしない。
「魔王が魔物を利用していないってどういうことだ?」
「言葉の通りだ! むしろ魔王様たちは日々魔物のトラブルで苦しめられていた!」
魔族と魔物。良く混同されがちだが、違う。
魔族はきっちり営みで生まれた存在。社会があり、生活があり、感情がある。人間に迫害された亜人たちの受け皿にもなってくれた。
しかし、魔物は違う。あれは災害そのものだ。マナから形どられたもの。魔法が正の側面だとすれば、魔物が負の側面だ。
「どうせ魔物対策で疲弊していたところを戦ったんだろ! 卑怯者め!」
魔王は魔法を使えば使うほど魔物が増えることを知っていた。だからある時から魔族側は魔法を使わなくなった。しかし、魔物は減るどころか年々増えていく。
それは人間たちが際限なく魔法を使っていたからだろう。意図的だったのかもしれない。
木葉は鼻息を荒くして、勇者に蹴りを浴びせる。しかし、彼は微動だにしなかった。むしろ、考え込むように黙っている。
手に力を込めて、なんとか抜け出すことができた。
ルディはいまだに黙りこくったままで隙だらけだ。
今度こそと、ナイフを高く振り上げて顔面に突き刺すつもりで振り下ろす。
「少し調べることができた」
彼は木葉の足を引っ掛ける。体勢を崩した彼女は、そのまま顔面でスライディングした。
響く顔の痛みに、寝そべったままになる。立っていた尻尾はゆっくりとへたり込む。
「僕は街に帰るけど、君も早く帰ったほうがいい」
顔を上げると、ルディは髪の色を戻して服も戻っていた。振り返ることなく、来た道を戻っていく。
木葉は大粒の涙を流してそのまま顔を伏せる。
「ぐやぢい〜〜!」
心からの叫びを出して、手足をバタつかせた。
しばらく駄々をこねるように暴れていると、なんとか心が落ち着いてくる。ゆっくりと立ち上がってから、呼吸を整える。
「ルディ──勇者……! 絶対にいつか殺す」
そう宣言して、高々と手を上げるのであった。




