第二十話
檻を解除していく。魔族たちはどこか安堵した息をつきながら感謝をつけで出て来る。動ける人は、助けるのを手伝ってくれた。
一つの檻の中、息も絶え絶えの少年がいた。こちらを見つめる瞳は、朦朧としている。
震える手を木葉は伸ばした。空を掴み、ギュッと握る。
彼はきっと助からない。手足が魔物に食いちぎられているからだ。
せめて包帯を巻くことさえしないのか。
「リリヤス……」
震える声で、木葉は名前を呼ぶ。
「人間が望んだ正義ってこれなの?」
その問いに、彼女は答えなかった。
檻に手をつかみ、頭を押し付ける。崩れ落ちるように膝をついた。
「コノハさん、行くわよ」
「……でも」
「でもじゃない。助かるはずの命も助からない」
彼女の言葉に震えながら立ち上がる。戸惑う脚を動かして、助けられるうちに助けられるものを助ける。それが正解なのだから。
動ける人をまとめ、まだ助かる可能性のある子どもは大人の魔族たちが抱えることになる。
木葉は見回す。顔をしかめてため息をついた。
「まだ何かあるの?」
「これだけの量を移動させるとなると、目立たないほうが無理だと思って」
「それなら問題ないわ」
リリヤスは驚く木葉に対して、一拍置いてから口を開く。
「私が囮になるから」
「……え?」
「木葉は彼らを連れて安全に街を出て。治安官の衣装を来て身分証を見せれば街の外には出れるだろうから」
何をするのかと問う前に、リリヤスが部屋から出て行く。
木葉の尻尾は不安そうに垂れていた。
※※※※※※※※※※
暗い闘技場。普段は熱狂しているのであろうそこにリリヤスは一人歩く。
顔を簡素な布で覆い、バレないようにする。
大きく息を吸った。鞘から剣を抜いて腰を落として構える。
振り上げ振り下ろし横に薙ぐ。轟音とともに観客席であろう部分が崩れる。
異常事態を察したのか、そこら中からけたたましい音が鳴り響く。
明かりがつき、中心に居座るリリヤスを照らす。
『だれだ!?』
どこからか聞こえてきた声に、彼女は地面に剣を突き刺して大仰に腕を広げた。
「ここでは腕試しをしてるんでしょ? ちょっと私の腕を試させてよ」
『ここをロイス様の所有物件だと分かっての襲撃か!?』
その名前をリリヤスは聞いたことがある。王家の人間の一人だ。
本当腐ってる。唾棄するように心の中で吐き捨てた。
「そんなこと知らないわよ。私は強さを求めてやってきただけ」
『良いだろう……ならば、今すぐにでも魔物の餌食になれ』
その言葉とともに目の前の大きな柵が開いていく。数匹の狼型の魔物が飛び出してくる。
リリヤスはそれを一閃して蹴散らした。
『……っ!?』
息を呑む声に、彼女はため息をつきながら言う。
「もっと強い魔物はいないわけ?」
『……だったら望み通りにしてやるよ』
声が消えた。
次の瞬間、地面が揺れた。
他の魔物を蹴散らすように現れたのは――危険域指定魔物、ベヒーモス。
牛のように見えるが、何十倍もの体躯は筋肉質だ。数知れない冒険者を屠った。
「面白い魔物持ってるじゃん」
『ははは! いまさら逃げ出しても遅いぞ!? こいつは、金貨100枚はたいて勝った特別な魔物だ!』
「そんなものに無駄遣いするなら、私によこせっての」
ベヒーモスを見やる。口からよだれを垂らし、目を血走らせている。咆哮は響き、地面を揺らす。
しかし、彼女は至って冷静に立っている。
「ここで豆知識だけど、ベヒーモスが危険域指定の魔物なのはなんでだと思う?」
『はん、頭が狂ったか!? それは街を破壊するほどの暴れん坊だからだろ!?』
「ブッブー残念。それが正解だったらなんで、今この街は無事なの?」
そもそも、檻の中で管理できてる時点で、ベヒーモスは割りかし御しやすい部類に入る。本当に危険な魔物は、人間の手には負えないからだ。
剣を振り回してから、剣先を目の前の大きな魔物に突きつける。
『やれ、ベヒーモス!』
大きな振動とともに、突っ込んでくる。角の迫力は、リリヤスを刺し殺そうという圧を纏っていた。
しかし、彼女の余裕は崩れない。
「正解はね。ベヒーモスは大群で押し寄せるから」
気がつけば、真っ二つに分かれていた。血の雨をふらして、その場に倒れ伏せる。
『う……嘘だろ?』
きっとこれを見ている人間は、震えているだろう。自分たちでどうすることもできない相手だということを。
「こんなんが切り札とか笑えるわね。少なくとも百体は用意しなさいよ」
『お、お前は誰だ?』
「答えるわけないでしょ」
木葉が安全に魔族たちを避難させていることを願って、剣を再び構える。
「さて、この闘技場ぶっ潰すけど……覚悟はいい?」
『やめろ! ロイス様に怒られる!』
「やめるわけないでしょばーか」
その言葉とともに、彼女は剣を振り上げた。




