第二十一話
木葉は街を無事に脱出していた。リリヤスが建物が爆発するほど暴れてくれるおかげで、こちらへの注目はそれほどなかった。
街から少し離れた暗い街道沿い。疲弊している魔族たちを見やる。
これだけでも助かったことを喜ぶべきか、助けられなかった命がいることを悔やむべきか。木葉は迷うように下唇を噛んだ。
「ありがとうございます……あなたたちは命の恩人です」
近くにいた女性が代表するように木葉の手を握ってきた。
「これからどうするの……?」
「取り敢えず、皆で身を隠そうと思います」
「そう、もう捕まらないように気をつけてね」
木葉が言うと、彼女は感謝の言葉を並べて何回も頭を下げて来た。目には涙が浮かび、木葉の手を握る手は震えている。
魔族たちは大人たちを中心にして森の中に消えていく。
これからの彼らの人生も困難なものが待っているだろう。しかし、死ぬより抗って生きる方がマシだ。
その先で人間たちに復讐するか、人間たちに溶け込んで生きるかは彼らの選択となって木葉には関係がない。
これで良かったのだろうかと自問して、良かったんだと無理やり答えを出す。
静寂に包まれた中、街のほうから聞こえる大きな音に尻尾を立たせた。跳ね上がる心臓の音を落ち着かせるように呼吸を整える。
街の方を見ると、黒煙が上がっている。遠くから見ても分かるほど、街の中は大騒動だ。
「リリヤス……」
胸の前で手を握る。囮となった彼女の安否を心配する。
「呼んだ?」
その声に再び尻尾をピンと立たせる。振り返ると、顔に覆った布を取りながらリリヤスは立っていた。
「……大丈夫だったの?」
「余裕よ。これでももっとひどい修羅場もググってきてるんだから」
「そうなの……?」
安堵するように息をついて、肩を落とした。心配そうに見つめる瞳に、リリヤスは困ったような顔をした。木葉の頭に手を伸ばし、撫で回してくる。
木葉の尻尾が自然と揺れ、耳もぺたりと寝る。うれしそうに目を細めたところで、誤魔化されていると気づき彼女の手を振り払った。
そんな木葉の様子に、リリヤスは苦笑を返す。
「それでどうなったの?」
「闘技場自体は壊滅させたわ。しばらくは経営はできないはず」
「それじゃあ魔族たちはもう使われることはない?」
「それは無理ね」
彼女はきっぱりという。
「人間が生きている限り、今の構造を変えることは不可能よ」
「それは──」
余りにも残酷すぎる。その言葉をのみ込んだ。
木葉はもう薄々気づいていた。これは一人や二人考え方を変えたくらいで、どうにかなる問題ではないということ。
時代というモノ自体が、魔族たちに牙を向いているということ。
その言い淀みの意味を理解したのか、リリヤスは何も言わない。
そんな時だった。リリヤスの元に一匹の梟が飛んでくる。口元には何か小さな紙切れが咥えられている。
梟から紙を受け取ると、彼女は中身を確認した。懐から小さなランプを取り出して、文字を読み始める。
「ふふ」
何か面白いことが書いてあったのか、彼女は小さく笑う。
「何が書いてあったの?」
「娯楽街で襲撃事件だって。手の開いてる治安官は、現場に急行されたし──だって」
「それって……」
ちらりと街の方を見る。煙が立ちのぼる街は、いまだに絶叫が聞こえてきた。
十中八九、あの街のことを言っているだろう。
「犯人に事態の収拾を頼むなんて、おかしいわね」
リリヤスは紙に指を這わせる。
「今忙しいから却下……と」
「……いいの?」
「私はルディと違って勇者パーティーだったことを隠してないからね。多少の融通は利くわよ」
その言葉を聞いて、どこか頼もしく見えた。あのバニーガール姿でお金を全部溶かした彼女とはまるで別人である。
彼女は紙を丸めてそのままランプの炎に燃やした。紙は灰となり、風となって空気中に飛んでいく。
「それじゃあ帰りましょうか」
街から聞こえる音に背を向けて、リリヤスは歩いていく。その後ろ姿に木葉はついていく。
ふと振り返った。
世間的な大きなことをやった。しかし、構造を変えるには余りにも小さな一歩だ。しかし、小さな一歩だとしても必ず意味があると思える。
自分はもう一人ではない。頭に浮かぶのはリリヤスとシンディの顔。
ルディの顔が浮かびそうになって、慌てて頭を振ってやめた。
まぁでも、彼を少しは認めてあげてもいいかもしれない。
ルディは魔王の仇ではあるが、彼が全面的に悪いかと言われればそうではない。むしろ悪いのは直接手を下さずに甘い汁だけすすって胡座をかいている人間たちだ。
いつか必ずその人たちに痛い目を見てもらう。
小さな復讐心は、いつの間にか大きな野望を抱えるようになっていた。




