第十八話
カジノフロアと違って、白色が続く廊下はどこか無機質で冷たいと木葉は感じてしまう。
足音を立てないように気をつけながら、彼女は前へと進む。
「おら、さっさと歩け!」
響いてきた声に思わず木葉は飛び上がった。そのまま天井に張り付いて、尻尾が警戒で大きくなる。
彼女の視界の端で、魔族の子どもたちが引きずられていく。昨日見た奴隷の子どもたちだ。
歩き疲れた子どもがしゃがむと、大人は容赦なく蹴り倒す。
倫理的に子どもを大人がイジメるのはダメだ。しかし、魔族だから許される。そのねじ曲がった思想に、怒りが湧いてくる。
木葉は心を落ち着けるように息を長く吐いた。牙は剥き出しになっているが、飛び出さなかった。それだけでもかなりの成長と言って良いだろう。
木葉は天井からゆっくりと降りて、後を追いかける。
曲がり角の壁から覗き込むと、廊下の奥は何やら人々の熱狂が聞こえてくる。
『今夜は多数の魔族を用意しました! 魔物との戦いで生き残るのは誰でしょうか! 最初の演目は、多数の魔族のガキ対大型のベヒーモスです!』
最悪のアナウンスが耳に聞こえてくる。突っ込んでいきたいという気持ちを抑えて、木葉は踵を返す。
助けられない。見捨てるしかない。悔しい気持ちが心の中に積もりながら、入ってきたドアに向かう。
耳元を近づけて、フロアの様子を聞き取る。ドアの前はどういうわけか、警備員がいないようだ。
ゆっくりドアを開ける。と、カジノフロアは熱狂に包まれていた。
テキサスホールデムの卓で人だかりができている。
「ふふふ、順調順調!」
その中心でリリヤスの声が聞こえた。
人垣を割って入ると、リリヤスはボディガードすら席に座らせて、テキサスホールデムを楽しんでいた。
「何してるの……?」
怒りで尻尾が膨れそうになるのを堪えて、リリヤスに話しかける。彼女は笑顔で振り返ってきた。
「ほら見てチップの数! これで宿代なんてへっちゃらだわ!」
彼女の手元にはチップが山のように積まれている。どうやら大勝ちしているようだ。
ちらりとリリヤスの手札を見るハートの2とハートのクイーンを持っていた。場の五枚のカードは、ハートのキング、ハートの6、スペードの6、ハートのエース、クローバーの4である。
リリヤスはフラッシュが出来上がっている。それも場のおかげで同役の中では一番強い。
彼女がニヤけているのは、勝ちを確信してるからだろう。
「オールインよ!」
彼女の宣言に次々と降りていく。しかし、ボディガードの一人がオールインで勝負に乗ってきた。
「ふふふ、すっからかんになっちゃうわよ?」
彼女の言葉にボディガードは肩をすくめる。
カードが開示される。ボディガードの手役はダイヤの6とハートの4だった。
「え……うそ、フルハウス?」
「ふふ、すっからかんになったなババア」
彼の煽る言葉に、リリヤスは反応できない。何回も手札を見比べている。
顔を落として肩を震わせる。しばらく唸ってから顔を上げた。
「まだ余った配当分がある!」
そう言っているがディーラーがリリヤスのチップを回収していく。
「ちょちょちょ、なんで!?」
「残念ながらお客様。余った配当分は負けた方に還元ではなく、店の取り分となります」
「……うそ」
そのまま絶望したように、真っ白に燃え尽きるリリヤスだった。
木葉はリリヤスはギャンブルは向いてないなと、心の中で思う。
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「……なんでよ! 本当なら、配当の余り分は負けた人に分配されるでしょ!?」
隅っこに寄ったリリヤスが、ぐちぐちと怒っている。木葉はその横でただ立っているだけだった。
バニーの耳が、彼女の動きに合わせて揺れている。
「こんなの違法だわ!? そう思うでしょ、木葉!」
「……知らないけど、裏闘技場をやってるカジノはまともなところじゃないと思うよ」
「……ぐ」
それを言われて、一気に頭を落とすのであった。そのままボソリと呟く。
「……経費で落ちるかな?」
そんなリリヤスに、木葉は心の中で落ちないと思うよと突っ込んだ。
長い長いため息をついた。よくそんなにも息が続くなっていうくらいのため息だった。
リリヤスは落ち着いて顔を上げると、木葉に尋ねる。
「どうだったの?」
さっきまでの印象との変わりぶりに驚きつつ、みたことを報告する。
「これで確定ね」
リリヤスは考えるように顎に手を添えてから、考えるように真剣な顔を見せた。足を組み、状況を整えているようだ。
「治安官は動けない。明日の夜は二人で動かないとダメね」
「動くのは賛成だけど、宿代あるの?」
木葉の言葉に固まるリリヤス。
「……稼いで高級宿に泊まる予定だったのに!」
頭を抱えて嘆く姿は、カジノの騒音に掻き消えた。




