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第十七話

「魔王様、今日もお守りください。我々は健やかに生きています」


 貧民街の孤児院に併設されている教会。講堂にルディは座っている。女神像の前のシンディの祈りを聞きながら。

 魔王様が本当に信仰されているのを初めて目の当たりにした。今まで彼女は勇者のルディ前で祈ることはなかった。しかし、気にせず祈るようになったのは、“この人なら問題ないと判定したからだろう”。


「魔王様ね……」


 彼女の祈りを聞きながら、手元を見る。この手で握った聖剣で、自分は魔王を殺した。彼の最期の顔はなんとなく覚えている。

 とても、安らかだったのだ。

 何かから解放されたかのような安心感を浮かべていた。


 彼はどれだけ辛い日々を送ってきたのだろうか。今思えば、計り知れないものを背負っていたと確信する。


「ルディさん。こんなところで休んでいて大丈夫ですか?」


 祈りを終えたシンディが、目の前に座る。


「お仲間のリリヤスさんが木葉さんを連れて任務に出ている途中でしょう?」

「そうだね……。ただ、僕もこれから用事があるから、ここで英気を養おうと思ってね」

「元勇者が魔族が運営している教会で英気を養うですか。おかしな話になりましたね」


 彼女の言葉に曖昧な笑顔を見せる。


「人間の欲のほうがよっぽど醜いと最近気づかされたよ」

「勇者らしからぬ発言ですね」

「“元”勇者だからね。今は国から身分を隠しているただの治安官さ」


 ルディの言葉に彼女は苦笑していた。果たして何を思ったのだろうか。

 諦観か。怒りか。呆れか。

 いずれにしても、魔王の仇であるルディに対しては、良く思ってないだろう。


「それで、ルディさんは今から何するんですか?」

「王族の一人がこの国に視察に来る」


 その一言で空気が凍る。外から響いていた子どもたちの声が遠くなった気がした。

 シンディの手に自然と力がこもる。それでも彼女は笑顔を取り繕う。


「そうですか。また、急な話ですね」

「そうでもないさ。君たちには伝えられなかっただけだ」


 どこか申し訳なさそうにして、ルディは顔を歪めた。その様子を見てか、シンディは小さく息をつく。


「私たちに遠慮することはないのです。ここは、人間領ですし、世界は人間が勝ちました」

「しかし、はっきり言って僕たちのほうが侵略者だ」


 その言葉に彼女は首を横に振る。


「確かにあなたたちの蛮行に怒っている魔族もいます。雪辱を晴らそうとしている方もいます。魔族への差別も横行しています」


 彼女が言葉を紡ぐたびに、心が抉られていくようだ。罪悪感で呼吸が浅くなる。

 

「ただ、戦争というものは勝った方が正義です」


 その一言は、これまでのすべてを貫いた。


「いくら負けた方が正しいことを言っても。いくら勝った方が腐敗していようとも。勝てば続き、負ければ駆逐されます。生存競争というものは、そういうものです」

「それじゃあ君たちは」

「そうですね。一生侮蔑される側でしょう」


 諦めたような言葉には聞こえなかった。まだ火を持っているそんな強さが彼女の中にある。


「私は魔族です。魔族が何を言っても変わらないでしょう。魔族派である木葉さんだって強行手段に出るしか方法がなかったでしょう?」


 彼女はただ、現実の非情さをルディに伝える。ルディの罪悪感を逆撫でする。


「しかし、あなたは違う。あなたは人間の中でも明確に変えられる力を持っています」

「……僕が」

「その力をどう使うかはあなたの自由ですけどね」


 苦笑した彼女は何を思っているのか、ルディには予想がつくことはできなかった。


 教会のドアがノックされる。同時にシンディは祈りに戻った。振り返ると、同僚の治安官の男がドアを開けていた。


「ルディ、そろそろ準備を始めるぞ」

「あぁわかった今行く」


 立ち上がり、制服を整える。治安官に視線を合わせると、彼は顔を歪めて鼻をつまんでいた。


「しっかし、ここは貧民街の中で特に臭いなぁ」


 その言葉に、気づかれないように下唇を噛みしめる。


 彼はここに魔族たちが住んでいるとはしらない。治安局の中でも知っているのは、ルディとリリヤスくらいだからだ。

 それでも、嫌悪感を受けることはできるだろう。生理的にダメというやつだ。


 同僚の治安官自体には罪がない。しかし、ルディはやるせない気持ちになる。


 ふと気になって、シンディのほうを向いた。彼は背中を見せたまま祈りを続けていた。


「シスターさんも大変だな。こんなところでお祈りしないといけないなんて」


 哀れみと侮蔑の混じった男の声に、シンディは反応しない。


 彼の顔を見て、ルディは嘆息した。


「……行こう。王族たちに粗相があってはならない」

「お、おお……ってお前が中々帰ってこないからだろうが」

「……そうだね」


 ルディの心は冷えていく。

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