第十五話
ベッド、固い。シャワー、すぐ止まる。朝食、美味しくない。
正直に言うといつも木葉が止まっている宿のほうが居心地がいい。硬めのパンを口に入れて、何とか噛みちぎる。牙が欠けるかと思うほど、噛みづらかった。
「もうほんと最悪!」
聞き覚えのある怒鳴り声に、木葉は耳を動かす。
「シャワー途中で止まってつかえなくなったんなだけど!」
リリヤスが怒りながらやってきて、木葉の向かい側に座った。彼女は大きくため息をして頬杖をつく。
「これで一金貨なんてぼったくりも良いところよ!」
彼女の怒りの声を聴きながら、木葉は口をモゴモゴとうごかした。食べてる姿を見て、リリヤスが視線を合わせてくる。
「……それ、おいしいの?」
「まずい」
木葉の返答聞くと、ガクリと頭を落としていた。
リリヤスは懐から紙を取り出すと、机の上に広げた。パンを食べている木葉は、その紙に目を通す。
それは今回警備するという体になっているカジノだ。なんでも大きなイベントがあるから、警備を増やすところにシフトをねじ込んでもらったらしい。
「これが私たちの仕事場ね。基本的には治安を見回ることになっているわ」
広げられた紙を見つめる。そこにはカジノの見取り図があった。
「まぁ私たちは穴埋めみたいなものだから、ほぼほぼ適当に見回ってていいみたいね」
彼女の瞳の色には諦観が見える。本警備の方はお抱えのボディガードがやるらしい。自分たちはただの飾りと変わらない。
ボディガードの警備位置は明確に記されていなかった。“治安官にも教えられない機密情報”ということだろう。見取り図には立ち入り禁止区域だけ記されていて、ほとんどの部屋が何の部屋か名称も書かれていない。
つまるところ、治安官は警備員として信用されてない。
「あーもう最悪!」
立ち上がり、リリヤスは自分の頭を乱雑に掻きむしり始めた。
「これ顎で良いように使われてるだけじゃないの!?」
苛立たしげに悶える彼女を見ながら、木葉はただパンが硬いと思っているだけである。
なんとか動かして、飲み込んだ。硬すぎて顎が外れるかと思った。まだ半分は残っているが、木葉は食べる気にはならない。
「それで、裏闘技場は──」
「しっ!」
口を滑らせそうになった木葉に向かって、リリヤスが制止。彼女は周りを見回して、誰も聞いてないことを確認している。
少し唇を尖らせてから言い方を変えることにした。
「本命ってどこになるの?」
「それが分かれば苦労はないわね」
彼女がカジノフロアを指さす。
「少なくともここで遊ぶ人間には明かされないのは事実だわ」
「それじゃあ手詰まりってこと?」
「それはちょっと違うかな……」
彼女は頬杖をついて、自分の頬を人差し指で打っていた。
「その本命は普段行われない催し物なのよ」
「どうしてわかるの?」
「人の命がそんなに軽いわけないじゃない」
リリヤスが言いたいのは、賭け事に使えるほどの魔族を仕入れるにはそれなりに時間がかかる。
滅多に開催しないこと、刺激的な内容。それを踏まえたうえで、十中八九行われるのは木葉たちが追っている本当の目的の──魔族の命を弄ぶ、人間の悦楽である。
リリヤスが保証はないけどとでもいうように、肩をすくめた。
「警備員の配置換えを見ればある程度は予想を立てられることができるわ」
普段行われない特例の動きはどれだけ想定していても綻びが生まれるという。
一人が一秒ロスしただけで、伝達は最終的に十分以上の差が生まれる。
「その綻びを狙ってなんとかできないかしら」
彼女の瞳には忍者でしょという期待感と、どうせ木葉出しなという諦めが半分ずつ入っていた。
「まぁ、人の目につかないようにすることはできるかも」
そういう木葉の尻尾をリリヤスは見ている。
「……何か気になることでもあるの?」
「いや、何でもない……」
彼女の呆れた顔に、木葉は首を傾げるだけだった。
※※※※※※※※※※
目の前に広がるのは人々の欲望を体現したかのようなきらびやかなネオンが輝く。そのすべてが魔法で象られていることが分かる。
もう一度言うが、魔法で使ったマナの残滓は魔物へと変換される。つまりこの街で欲望のために使われた魔法は、すべて世界が滅ぶ方向に傾く。
ギリっと木葉の歯の奥が鳴った。
「無知とは恐ろしいものね」
リリヤスはため息をついた。
「魔法の原理知ってたの?」
「いや、ルディから聞いた。私も知らなかったから、最初は疑ったわ」
つまりルディは以前の木葉の話を信じてくれたということになる。
「半信半疑だったけど、知り合いに協力してもらって実験したわ」
「……そしたら?」
「言った通り魔物が生まれたわね。それから私もできる限り魔法は使わないようにしてるわ」
ため息をつきながらリリヤスが稲荷寿司を手渡してきた。木葉の耳がピンと立ち、尻尾が揺れる。口の端からはよだれを垂らした。
「ま、気持ちは分かるけどこれ食べて落ち着けなさい。まだ、怒る場面じゃないから」
彼女の言葉を聞きながら、稲荷寿司を口に含む。




