第十三話
木葉は数日、宿から出ていなかった。ベッドの中でモソモソと過ごし、たまにご飯を食べに下に降りていく。
彼女の髪はすっかりボサボサとなり、尻尾も艶が消えていた。
ベッドに座る彼女は、ポケたんとした表情で窓の外を見つめる。明るい日差しに目を細めてから、そのままベッドに倒れ込んだ。
「稲荷寿司……食べたい」
そう口にするが、彼女はもう外に出る気は起きない。何かしようとする気力が湧いてこなくなっていたのだ。
ダメ人間になると心の奥ではわかってはいるのだが……。
視界の先にあるドアが三回ノックされた。木葉は見つめたまま動こうとはしない。返事もしない。
無視していると、ドアが開かれた。顔を出したのはリリヤスだ。
「なんだ、いるんじゃ──くっさ!」
その一言に木葉の尻尾と耳がピクリと立つ。しかしすぐにぺたりと落ちる。
「獣臭い! コノハさん、どれくらいお風呂はいってないの!?」
「……知らない」
「あーもー女の子にこんなこと言いたくなかったわよ!」
リリヤスは怒りながら近づいてくる。そのまま手を引っ張り、木葉を起こした。力なく倒れ込もうとする木葉に、ちょっとと大きな声を出していた。
「ほら、お風呂入る!」
「……面倒くさい」
「女の子でしょ!?」
そのままズルズルと公衆浴場まで引きずられていく。
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されるがままに洗われて、部屋に戻ってきた。バスタオルで無造作に髪を拭かれる。ボサボサだった尻尾にクシを通されて、ふわふわに手入れされた。
下着姿の木葉はそのままコテンとベッドに寝転んでしまう。その姿を見て、リリヤスは頭を抱えた。
「はぁ、これは相当重症ね……」
呆れてため息をつく彼女を見つめるが、木葉は何も言わない。視線が合うと、再び大きなため息をつかれた。
「ルディが忙しいから、コノハさんに仕事が回ってきたわ」
「……なんで私?」
ルディが忙しくても、木葉が仕事をするいわれはない。その返答が来るとわかっていたのか、彼女は肩をすくめた。
「シンディからの依頼よ。ルディの責任を引き受けろだって」
その言葉に、耳がピクリと動いた。瞳にわずかな光が宿る。
「で、どうするの?」
問われ、木葉は膝を抱えた。そのまま尻尾まで丸まり、不貞寝モードに入ってしまう。
「私的には、受けてくれるとありがたいんだけど……? ほら、私は魔族のことあんまり良く分かってないし」
その言葉を聞いて、顔を上げる。彼女はようやく聞くきになった? と言って依頼書を渡してきた。
「依頼場所は隣街。裏賭博場。魔物との戦いで見せ物になってる魔族を助けて……だそうよ」
「……ルディが了承したの?」
「えぇ。彼は言ってたわよ、“魔族への認識を根本から改めないといけない”って」
これまでのルディは、まだ心の中で魔族は悪であってほしいと思っていたそうだ。しかし、木葉に会って彼はその考えが逃げだと思い直したらしい。
リリヤスはそんな彼の考えを了承して、一緒に動くことにしたそうだ。
「とにもかくにも、私は本当に何も知らないの。少しでも事情を知ってるコノハさんが来てくれないと、とても困るのよ」
「……でも、それってルディでもできますよね?」
「……なんかわからないけどその言い方腹立つわね」
リリヤスが木葉の手を引っ張って、無理矢理体を起こす。へニャリとまた倒れ込みそうになったところを睨まれた。
やる気なくため息をつくと、そのままベッドの縁に座る。踵同士を考えるように軽く打ち付ける。
「ルディから任せたって完全に投げられたの」
その言葉を聞いて、肩を落とす。
木葉はゆっくりと立ち上がると、替えの服に袖を通し始める。
「わかった、行く」
その答えを聞いて、リリヤスはほっと胸をなで下ろしていた。
「良かった。ほんっと、どうしようかと思ってたわよ。魔族の善悪なんて分からないもの」
「善悪なんてないよ」
「……え?」
彼女の返しに、真剣な瞳を木葉は落とした。
「魔族に善悪なんてない。人間と一緒。悪い人もいれば良い人もいる。ただ、生活してるだけ」
「……なるほどね」
その言葉を聞いたリリヤスは納得したように小さく頷く。
「だったら、その賭博場は見過ごせないわね」
「……どうして?」
「だって、人間を商品として扱ってるんだもの。完全に違法よ」
それだけ言うと彼女は羊皮紙に何かを書き込み始める。それを木葉に押しつけた。
「ルディリック勇者パーティーの剣士──リリヤス・ドーベルガーが宣言する」
その言葉を彼女が放った直後、羊皮紙が輝き始める。
「ヤリズイコノハを、治安局非常勤捜査官に任命する」
その羊皮紙は腕に巻き付いて、彼女の服装が青色の治安局の衣装へと変わった。
「ま、これくらいの職権乱用は許されるでしょ。どうせ上は現場なんて見てないし」
そう言ったリリヤスは手をヒラヒラさせながら苦笑する。




