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第十二話

「有意義な話はできたかい?」


 教会の外に出ると、子どもたちに服を引っ張られているルディが笑顔を向けてきた。

 木葉は無言で彼に近づいて、鋭いパンチを浴びせる。


「みぞおち!?」


 奇妙な叫び声を上げて彼は蹲った。子どもたちはそんな彼を楽しそうに笑っている。

 少しすると、苦しそうな顔をしながらルディが立ち上がった。


「……いきなり殴りかかるのはひどいなぁ」

「ふん、こっちのセリフ。大体、本気で殴りかかっても、お前なら避けるでしょ?」

「ははは、それもそうだ」


 余裕そうに姿勢を正す彼を見て、木葉は余計に腹を立てた。

 どうしようもない怒りは、彼女の奥底に沈んでいく。その心情を現すように、彼女の毛はゆっくりと逆立っていく。


「まぁまぁ、稲荷寿司ちゃんと奢ってあげるから」


 苦笑気味に言い放ったルディの言葉に、木葉は一瞬満面の笑顔になった。しかしすぐにフンと腕を組んで顔を背ける。


「そ、そんなんで私の機嫌がよくなると思ったら大まちがいだから」

「……少なくとも、尻尾は喜んでるけどね」


 彼女が全力で尻尾を振ってるのを見て、子どもたちが目を輝かせてモフモフだと喜んでいた。そのうちの一人の帽子が落ちた。

 子どもの頭に生えていたのは、魔族の角だ。他の子も同じように隠しているから皆魔族なのだろう。


 そのことを知って、木葉は複雑な気持ちになった。


 ルディが帽子を拾って、子どもに深く被せる。ついでに撫でくりまわしていると、嬉しそうな声を上げた。


「子どもたちには罪はないからね」


 肩をすくめるようにいう彼は、どこか申し訳なさそうな表情だ。


「魔王様にも罪はなかったよ」

「……それはちょっと違うね」


 彼の返しに、ムッとする。


「少なくとも、戦争を続ける以上まったく罪がないってことはないよ」

「それは──」

「でも」


 ルディは木葉の言葉を遮るように続ける。


「死ぬべき人ではなかったのは、確かだね」


 彼に対して何も言えなくなり、開いていた口をゆっくりと閉じた。



※※※※※※※※※※



 あの後、ルディが涙目になるまで稲荷寿司を食べた。少しスッとしたが、胸の中のモヤモヤは消えていない。


 夜、月夜に照らされながら木葉は質素な集合住宅を見上げる。五階建ての二階に、ルディの部屋があるらしい。食べてる途中に彼の口から聞き出した。

 木葉はてっきり勇者は贅沢な豪邸に暮らしていると思っていた。しかし、蓋を空けてみれば一般市民と変わらない暮らしをしている。


 一息で飛び、ルディの部屋の窓枠に足をかける。窓は不用心にも開いていた。


 侵入し、床にゆっくりと足を下ろす。


 彼は机に向かって何か書いていた。ランプの光だけが部屋を照らしている。

 息を殺して、ナイフを掲げる。ゆっくり背中に近づいて彼の首筋を見やる。


「……殺すのかい?」


 声をかけられるとは思っておらず、反射的に肩を跳ね上がる。ナイフを取り落としそうになり、慌てて構え直した。

 ルディは羽ペンを机に置き、ゆっくりと椅子ごと振り返る。


「それで君の気が晴れるなら、どうぞ?」


 彼は受け止めるように手を広げた。


 隙だらけだ。振り下ろせば本当にルディを殺すことができるだろう。

 木葉は視線を彷徨わせ、目をつぶり、尻尾を揺らす。耳を忙しなくピクピク動かしてから、ナイフを振り下ろした。


 木の机に刃先の刺さる音が広がる。柄から手を放すと、ナイフは机に刺さったまま揺れていた。


「責任取ってもらうから!」


 大きな声を出して、ルディを指差した。彼は驚いたように目を見開く。


「何の責任だい?」

「私から憧れを奪った責任! 魔王様を殺した責任!  人間をのさばらせてる責任! 全部全部取ってもらうから!」

「……それはかなり重大な責任だね」


 彼は喉の奥から鳴るような笑みを見せる。その姿に木葉はさらに腹を立てたが、彼女の尻尾は落ち着いていた。


 大きく深呼吸をしてからナイフの柄に手を伸ばす。引き抜いて、懐にしまった。


「私、お前を許したわけじゃないから」

「……僕も許されるつもりはないよ。それほど、許されないことをしたと思ってる」


 その返答に、冷ややかな視線を木葉は返した。


 手を握りしめ、何かを言いかけて止める。大きくため息をついてから、彼の顔を見ないまま言葉を絞り出す。


「手伝わないから」

「……それは残念だ。でも、わかった」


 止められなかったことに一瞬驚いた。彼の顔をもう一度見ると、「どうしたんだい?」とでもいうように首を傾げている。


 頭を振ってから、木葉は踵を返す。彼の視線を背中に受けながら、窓枠に足をかけた。

 何もいうことなくそのまま外へと飛び降りる。石畳へ着地し、自分の止まっている宿屋に向かって走り出した。

 彼女の目に涙が浮かんでいたことは、彼女自身気がついていない。

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