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運動会の記憶と、胸のざわめき



 週明けの昼休み。校庭のベンチでパンをかじっていると、隣に腰を下ろしてきた美咲が、ストローをくわえたまま言った。


「ねえ優斗、覚えてる? 保育園の運動会」

「運動会? ……いきなりすぎんだろ」

「ほら、二人三脚のやつ。一緒に組んで、盛大に転んだじゃん」


 頭の奥で、砂ぼこりと笑い声が蘇る。

 そうだ。足をひもで結ばれて、走るどころか最初の一歩で倒れ込み、二人して大泣きしたのだ。保育士さんに抱えられてゴールした、屈辱の思い出。


「あー……あったな。俺、膝すりむいて泣いたんだっけ」

「違うよ。泣いてたのは私の方。優斗は『お前のせいだ』って怒ってさ」

「え、俺そんなこと言った?」

「うん。で、私が拗ねて、口きかなくなった」


 からからと笑う美咲。

 けど、その笑顔の裏に少しだけ棘があるように感じて、胸がざわつく。


「でもさ」

「うん?」

「そのあと、優斗が……『じゃあ大人になったら絶対仲直りしような』って言ったんだよ」


 パンの味が一瞬で消える。

 そんな言葉、僕は本当に言っただろうか。

 いや、言ったのかもしれない。確かに、泣き顔の美咲を前にして、何か必死に声をかけた記憶がある。


「……よく覚えてんな」

「だって私、その時すっごく安心したんだもん」


 美咲はさらりと言うけど、耳まで赤い。

 僕はわざとパンをかじりながら、何も言えなくなっていた。



 午後の授業が終わり、帰り道。

 春風が吹き抜ける住宅街を歩きながら、美咲が急に足を止める。


「ねえ優斗。今でも、仲直りの約束って……有効かな?」

「は?」

「いや、なんでもない。……忘れて」


 そう言って笑う。

 でもその笑顔が、なぜか僕には泣き顔に重なって見えた。



 夜。

 窓ごしのやりとりが始まる。今日は僕から。


 「今日のパン、メロンパンにした」


 少し待って、美咲から紙が出る。


 「私はあんパン。運動会の話、思い出した?」


 僕は笑って、「思い出した。痛かった」と返す。

 すると、また紙が現れる。


 「でも楽しかった。だって優斗と一緒だったから」


 ……心臓が跳ねる。

 ふざけ半分に書いたのかもしれない。でも、彼女の字はどこか震えて見えた。


 その瞬間、 déjà-vu。

 ――前世でも、同じように「仲直り」を誓った気がする。

 けれど、その約束は果たせなかった。

 その痛みが、なぜか今も胸に刺さっている。


 僕は震える手で、紙にこう書いた。


 「今度は、ちゃんと守るよ」


 自分でも、なぜそんな言葉を書いたのか分からなかった。

 けれど、美咲が窓ごしに紙を見て、ふっと笑って小さくうなずいた時――胸の奥が、熱くて切なくてどうしようもなかった。

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