第6話 小悪魔の距離感
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、美咲が僕の机の前にやってきた。
お弁当を抱えてニコニコしている。嫌な予感しかしない。
「優斗、今日一緒に食べよ。窓際の席、空いてるし」
「え、なんで俺?」
「なんでって……幼なじみだから?」
軽く言うけど、その笑顔の破壊力は半端ない。周囲の男子がちらっとこっちを見て、ため息まじりの視線を送ってきた。
窓際の机をくっつけ、二人でお弁当を広げる。
美咲の弁当箱には、卵焼きやらウインナーやら色鮮やかに詰められていた。
「おー、なんか彩りすごいな」
「でしょ。昨日、練習したの。可愛く見えるように」
「可愛く……って、誰に見せるためだよ」
「ふふ、もちろん優斗に」
即答されて、箸が止まる。
周りから小さなざわめきが聞こえて、耳まで熱くなった。
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昼食を終えた後、美咲がにやりと笑って身を乗り出してきた。
「ねえ優斗、ちょっと顔近づけて」
「は? なんで」
「いいから」
半信半疑で身を寄せると、彼女の指が僕の頬に触れた。
「……ご飯粒ついてた」
「なっ……! だったら普通に言えよ!」
「だって、こうした方が楽しいじゃん」
わざと悪戯っぽく笑うその顔に、心臓がまた跳ねた。
頬に残る指先の感触が消えない。
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午後の授業が始まる前、教室の隅で美咲が僕を呼び止めた。
「優斗、背中ちょっと曲がってるよ。姿勢!」
「先生かよ……」
「んー、やっぱりだめ。貸して」
そう言って、いきなり僕の肩に手を回し、ぐいっと背中を押す。
胸元が僕の背に当たって、体温が直に伝わってくる。
「ちょっ、美咲っ!」
「ほら、背筋ピーンってして」
「いや、当たって……!」
「え? 何が?」
わざととぼけた声。絶対わかってやってる。
耳まで真っ赤になった僕を見て、美咲は満足そうに笑った。
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放課後。
下駄箱の前で靴を履き替えていると、美咲が隣に立った。
「ねえ優斗、今日ちょっと寄り道しない?」
「寄り道?」
「コンビニ、新作のアイス出たんだって」
結局断れず、一緒に行くことになった。
店を出て並んで歩きながら、アイスを食べる。
美咲が一口かじった拍子に、唇にクリームがついた。
「……ついてるぞ」
「どこ?」
「口の端」
言うやいなや、美咲は自分で拭うふりをして――わざと残した。
にやりと笑って、僕をじっと見る。
「……拭いてくれないの?」
「なっ……!」
「ふふ、やっぱり真っ赤になった」
からかわれていると分かっていても、心臓は言うことを聞いてくれない。
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夕暮れの道を歩く。
赤く染まった空の下、美咲がぽつりと言った。
「ねえ優斗。……昔のこと、ほんとによく覚えてないの?」
「昔って、保育園の?」
「うん。約束のこととか」
足が止まった。
胸の奥がざわつく。
“仲直りの約束”だけじゃない。もっと大事な何かを、確かに交わした気がする。
「……ごめん。断片的には覚えてるんだけど」
「そっか」
美咲は少し寂しそうに笑った。
その笑顔が、なぜか強く胸を締めつける。
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夜。
窓ごしのカーテンがまた少しだけ開いた。
紙に「今日のアイス、美味しかったね」と書くと、すぐに返事が来る。
「また一緒に食べよ」
そして、もう一枚。
「約束、忘れないでね」
その文字を見た瞬間、胸が熱くなった。
――前にも、同じ言葉を言われた気がする。
けれどその時は、守れなかった。
僕は震える手で、紙にこう書いた。
「今度は絶対、忘れない」
美咲は窓ごしにそれを見て、小さく微笑んだ。
その笑顔には、からかいも悪戯もなく、ただ静かな光が宿っていた。
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