第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[中編④]
むかしむかしある国に なんでもねがいを叶えられる王さまがすむお城がありました――by???
パチリ、パチリとゆっくり目を瞬く。
「……[インヴァード・プローション]?」
「効力は似てるけど、そもそも魔法じゃねぇ」
ソウシの口振りが面倒臭そうなのは、裁さんが説明することを増やすだけ増やして退散したからだろうな。
「さっきアイツが言ってた[擬似矯正]のスキル。あれの強化系だよ、時間の停止および巻き戻しが可能っつう」
「反則チートじゃん!」
「回数制限はあっけどな……チッ」
「本当にめっちゃ舌打つじゃん。んな悔しがらなくたって、お前も負けず劣らずの最強ステータスだろ?」
「そうだけどそうじゃねーんだよ。あのスキルそのものが天廻から昇格の推薦受けてる証拠で、地廻の俺からすれば当てつけもいいとこ――」
「ストップ!」
ビッと両腕でバッテンを作れば、もともと皺が寄っていたソウシの眉間にさらに青筋が立つ。うん分かるよ、気に入らない相手のこと愚痴ってる最中に話遮られたらムカつきに拍車が掛かるって分かるけどね!? 僕はバッテン印を解いた勢いのままに、裁さんによって二時間遡ったらしい振子時計を指差す。
「明日っ、明日ちゃんと聞くから今日はもう寝よ!?」
原理はともかくせっかく時間巻き戻してくれたんだからっと駄々っ子みたく力説すれば、ソウシの皺と血管も渋々ながら引っ込んでくれる。分かってくれたかとホッとした刹那、とろんと瞼が重くなった気がした。
この時間僕はソウシと駄弁りながらカップケーキを作ってたはずで、その時はこんな眠くなかったのに……変だなぁと欠伸まじりに目を擦れば、「巻き戻ったのは周囲の時間だけで、体感時間はそのままだからな」と背中を軽く叩かれる。ソウシは部屋に戻ろうって促してくれたんだろうけど、
「……んー、ん…」
ポンポンってゆったりした温もりは眠気を加速させ、踏み出した膝をガクンと折ってしまった。また床と額でゴッツンコかぁと半ば諦めた矢先、まず鼻がグニッと柔硬い何かに受け止められた。
ついで力が抜け切った両の膝裏を抱えられ、身体ごとぐっと持ち上げられる……おんぶ、冒険者試験を終えた夜もされたなぁ。あの時は羞恥と疑問とド羞恥で泣いて愚図ったからだけど。
「仕事中とかに時計見て、`もうこんな時間か`とか`まだ三十分しか経ってねぇ`とか思うだろ? あんな感じで起きた事やった事は変わらねぇんだ」
へー……じゃあ、得する人と損する人が出てくんね…。
「天廻の奴らならゴッソリ巻き戻すことも出来んだけどな、ってこの話は明日だっけ?」
ん、ぜんぜん頭に入ってこない……でもよかった。
「よかった?」
英斗くんの暗殺未遂……やったのが裁さんなら、夜会で彼が言った通りアレは余興だったんだ。常世人が異世界人、それも難易度【死刑】の王族なんて世界に影響しか及ぼさない人を殺そうとするはずないもん。
「…………」
そう、だろ?
「……そうだな」
そうだと、いいな――お腹の辺りから全身に広がってく体温とは裏腹に、完全に意識に幕が下りる前に聞こえた呟きは凍えきっていた。
◇◇◇◇
「実は常世人には三廻層っつうヒエラルキーがあってな」
「へー」
「まず俺やリインみてぇな、死人を直接導く窓口やステータスの地廻」
「ソウシ下っ端だったんだ」
誰に対しても偉そうだし実力もカンストしてるのに、とペラペラ捲っていた借り物の本を棚に戻しながら付け足すと、隣で同じようにページを流していたソウシが「言い方」と油断してた両手に五倍の冊数をどっさり乗せてきた。
確かに現状の立ち位置は地廻だけど、それは体裁を気にする上層部の思考が四捨五入の切り捨てに傾いてるからで、繰り上げれば地廻を監督する空廻をすっ飛ばして最高責任者天廻にだって届く実力者だと力んでさらに数冊上乗せしてくる。
(胸張って言うなら自分の分くらい自分で持ってくれ……よ、っと)
僕の鼻辺りまでタワー積みになった、厚みがバラバラな本をそっと近くの共用テーブルに置くと、静まり返った夕日色の館内を見回す。ソウシともう一人と、それから僕は今王都の大図書館――ブルギディアライブラに来ていた。僕らを除いて無人なのは閑古鳥が鳴いてるからじゃなくて、今日が休館日だからだ。
――図書館に、連れてってもらえないかな?
事の始まりはメイド長の朝礼をやり過ごし、朝用のデザートが昼用にズレたことで出来た時間をうたた寝に費やしていた厨房にて。ガコッと独りでに全開になった棚の引き戸の向こうから、粉物の袋を掻き分けて英斗くんの顔が覗いたのだ。
ホラー顔負けの登場に眠気が吹っ飛んだ僕は、もちろん戸を閉めた。条件反射で閉めた、つもりだったけど既のところで手を差し込まれて阻止された。ヤッバ思いっきり挟んじゃったと焦る僕をよそに、
――ちょ待っ、閉めないで……
再び戸を開いて上半身を覗かせた英斗くんはケロリとしていたし、手も赤くなってなかった。あとで分かったことだけど、この時英斗くんはただ手を差し込んだんじゃなくて、ちゃんと側面との間に隙間を作って戸を受け止めてたんだ。
――昨日は、いろいろと迷惑かけてごめん
――ぁ、いやそれは別にいいっていうかこちらこそっていうか……でもなんで急に図書館?
――手紙、書き直そうと思って
――……そっか
まだどう直せばいいか全然真っ白だけどと力なく目を伏せる英斗くんに、全部じゃなくてもちゃんと届いてて良かったとホッとしたのも束の間。
――それで、とりあえず恋愛小説読もうと思って
――……うぅん!?
凄い変化球飛んできたよなぜに恋愛小説!? 問題なのは顔文字のほうで、文章のほうは別に悪くなかったんだけどな……と頭を抱える僕には気づいてないのか、
――俗物だから下世話だからって、城の書庫にそっち系の本は置いてないんだよ
深刻な娯楽不足だと英斗くんの愚痴もとい状況説明は続く。幸い今日は休館日で、もともと国王の命のもとに外回り中のハルデルトさんが何冊か本を回収する予定を組んでいたらしい。公務で立ち寄るんなら別に僕らに頼まなくても彼に付いてくついでに小説を借りればいいのに、っていうのは脱走した昨日の今日じゃ机上の空論なんだろうな。
(……のわりには、緊急避難用としか思えない抜け道を使って僕に会いに来てるけど)
シンプルながら見てる側の背筋まで伸びるような衣服は、彼がバリバリ城内で公務中だったことを表してるし……でも大図書館には正直興味がある。あるけど「探検と詮索を混同するな」と警告してきたハルデルトさんの横顔がちらついて、つい返事を渋ってしまう。どうしよ、英斗くんをあんまり長居させるわけにもいかないし早く決めないと……と視線をオロオロさせていた僕は、
――面白そうじゃん
ガコンッと音を立ててひっくり返った床板に文字通りひっくり返された。「おぶっ」と前転に失敗した幼児さながらに―実際は二転三転くらいしてたけど―壁際で逆さまになったまま、これまた床下と通じていたらしい抜け道から出てきたソウシを見やる。僕のジト目なんてどこ吹く風なんだろう相棒様は、「脱獄法の当てはあんだろうな?」と喜々として英斗くんに尋ねている。いや脱獄って人聞き悪すぎだろ。
――まぁ……っていうか抜け道の存在知ってる時点でソウシくんも予想ついてるはずじゃ…
――俺が把握してんのはワインセラーからこの厨房に繋がってんのと、あっちとそっちとこっちに通じてるのだけだからな
――城外除く全部じゃん!
なんでだよ後半こそあど言葉のオンパレードだったよ!? それでもソウシの言葉だから出鱈目に思えないってのが悔しいところだけどっ、とジト目で見つめること暫し。猫のような双眸が「どうした、バナナの皮でも踏んだか?」と思い出したように僕のほうを向く。お前僕をひっくり返した自覚なかったんかい。
――ハルが図書館に来るのは夕方だから、そのちょっと前に向かえば司書にも怪しまれないと思うけど
――んじゃ頃合いをみて同じルートで来てくれ。日が落ちても来なかったら、とっ捕まったって事でいいよな?
――いいけどそのフラグみたいな言い方はやめてほしいな……昨日もハルのこと、酷く怒らせちゃったし
声だけを聞いたなら苦笑まじりだと思えてしまう英斗くんの言葉は、真顔で紡がれていた。一見チグハグなその表情に本人はペタペタと頬を触って戸惑ってるけど……やっぱり僕の目にはずっと自然に映る。まるで彼の代わりみたいに苦笑いを浮かべれば、初めて鏡を前にした子供みたいな目とかち合った。
――だ、大丈夫? もしかして終太郎くん、打ち所悪かった?
……そういえばそんな必要もないのに、不完全でんぐり返りしたままだったね僕。そんなこんなでハルデルトさんセンサーが反応した英斗くんは、人の視線に射抜かれた鼠の如く棚の向こうに引っ込み、ソウシも「んじゃ、ディナー用の菓子先に作っとけよ」と言いおくなりさっさと床下に潜ってしまって、
――こちらに居られますかソウ様……って貴方! なにを遊んでいるのですか!
ポッと頬を赤らめながら入ってきたくせに、目当ての誰かさんがいないと気づくや否や真っ赤に取り繕ったメイド長に見つかった僕だけが怒られましたとさ。
「以上、今に至るまでの回想終わり……って改めて思い返しても理不尽がすぎるだろ僕の処遇」
「そこんとこが終太郎が終太郎たる所以だろ?」
危機察知能力に関してはプリンスマイルの狙撃に気づけたくらいだから安心していい、と本のタワーを抱えて隣に並んだソウシは、館内を満たす夕日の重みを跳ね返すくらいの爽やかさを纏ってる……んだけどさ!
「やっぱお前メイド長の登場分かってて沈黙エスケープしたな!?」
イイ感じのこと言って着地点ズラそうって魂胆丸見えなんだよ! 腹癒せのようなノりで一番上に積んであった本を掴んでブンブン上下させれば、「本の神様に噛み付かれんぞ」と年上よろしくその本を取り上げられる。僕はといえば悪戯が過ぎて叱られた子供みたいに体温が下がって、「ぁ、ごめ……」とついでに視線も下がった。
「けど、やっぱお前はイイ勘してるぜ」
「ぇ、勘?」
「あ、やっぱ今のナシで。あのクソ糸目と台詞かぶるからナシ!」
「いや今そういうのいいから、`イイ勘`について詳しく」
デフォ化しかけたソウシにデコパチを見舞って引き戻せば、今しがた僕の手から抜き取られた本が答えだとばかりに掲げられた。小説本より薄く一回りサイズが大きいそれは、絵本だった。表紙には《くらやみモフのまっか道》と書かれている……え? 絵本だよねコレ? タイトルだけでもうブラッディな物語感満載なんだけど。
「だから回収されんだろうよ」
「回収……ああそっか」
英斗くんの目当てが恋愛小説だったから忘れてたけど、そもそも今日ハルデルトさんが回収する予定なのは絵本とか児童書だっけ。もちろん彼が来る前に退散するつもりだけど、万が一見つかった時言い訳できるように回収本を先回りして集めとこうって英斗くんに提案されて……うん。作戦にノっといて言うのもアレだけど、せこいなぁ僕ら。
(でも、この本が`イイ勘`の答えっていうのはどういう……)
「人の口に戸は立てられねぇっつっても、流石に【アンガット】まんまは伝わってなかったみたいだな」
「っ!」
昨晩も聞いた、モスグリーンの獣を連想させる単語が出てきた。ぼんやりと表紙を見つめていた目をバッとソウシに向ければ、一切の茶化しが消えた双眸とかち合う。`まんま伝わってない`ってことはタイトルのどれかを言い換えてるってことで、この場合だと`くらやみモフ`だよな。じゃあ`まっか道`っていうのは……僕はおそるおそる絵本を受け取ると、手探りで引いた椅子に座ってそっと表紙を開いた。
✝✝✝✝
むかしむかしある国に なんでもねがいを叶えられる
王さまがすむお城がありました
お城には王さまのかぞくや そのお世話をするしよう人たち
そして彼らを守りたたかう き士がすんでおり
ときおりき族という まちの人たちと王さまをつなげてくれる
ちょっとえらい人たちが行き来していました
お国をよくしよう もっと豊かにしよう 民が安心してくらせるように守ろう
王さまやき族たちはひび そんな国をめざしていました
けど 国にいろんな民がすんでいるように
お城にもいろんな考えがめぐっています
その考えはけっして きれいなものばかりではありませんでした
もっとらくをして生きよう 自分たちだけ豊かに よわい人からはうばうだけ
だから ちがう考えをもつ王さまも そのかぞくもいらない
王さまのみかたをするふりをして
王さまたちをねらううらぎり者が出てきたのです
き士はくる日もくる日も ぜんりょくで王さまたちを守りましたが
ずる賢いうらぎり者はなかなかすきをみせず その脅いは王さま
特にそのかぞくたちを日に日に疲へいさせていきました そこで王さまは
くらやみに生きるケモノ人を かげのしょけい人として城にひき入れました
すばしっこく尖ったツメやキバをもち 邪あくなニオイにびんかんなケモノ人
みた目はモフモフとあかるく 殺いをかくすのがとてもじょうずなケモノ人
ゆだんしたうらぎり者たちは あっという間につかまり
まっかな道へバツをうけに行かされました
王さまとそのかぞくはおおいによろこび ケモノ人を`くらやみモフ`として
ひそかにお城に住まわせました まさかそのケモノ人が
ふじの病をわずらっているともしらずに
てきとみかたがグチャグチャになってしまうその病は うらぎり者以上の脅い
民たちにこの病がひろまってはいけないと き族たちに言われた王さまは
「くらやみモフたちに せめて安らかな眠りを」
病をわずらったケモノ人を ひとりのこさずまっ白な天へいざないました
かぞくを ともを あいする者を きずつけず
いたみもなく眠れたケモノ人たちは
いまも天から 王さまたちをみまもっています




