第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[中編③]
Excellent, 見た目にしてはエエ勘してるやん――by???
「そんなに、酷かった?」
肝心の一人が無自覚とは厄介極まりない、と思わず吐いてしまった溜息を文面の酷さゆえと勘違いした英斗くんがしおしおと項垂れる。そうじゃない、と言いかけてまだ見るだけで読んでなかったことに気づいた僕は、改めて便箋に視線を落とした。
(……丁寧な文だ)
ひたすらにリインさんの料理が美味しかったこと・また食べたいという思いが綴られている、丁寧で素直で温かい手紙だった。これなら顔文字だけ消せば読んでもらえるかも、しれないけど……僕は「ねぇ英斗くん」と彼を呼んだ。
「どうして顔文字を付けたの?」
「どうしてって、文章だけじゃ笑ってるって伝わらないから」
「…………」
やっぱり、英斗くんの意識は笑顔のほうに強く傾いてる。リインさんへの想いの文が一番なら笑顔は〇番、不動の心臓部って感じかな。その順位が変わらないかぎり、顔文字を消してもきっと読んでもらえるだけで――心は伝わらない。
「笑うって、そんなに大事なことかな」
「……?」
「泣くのは虚しいだけ? 怒るのは間違ってる? 顔に出せない感情だってあるだろ?」
特に、なにか訴えかけたかったわけじゃない。問いかけに対する明確な答えが自分のなかにあるわけでもない。万が一ここで英斗くんに反論されたら黙るしかないけど……便箋を返す間際にそっと盗み見た英斗くんは、真顔だった。虚を突いた、いやこの感じは地雷を掠めたのかな? それとも盛大に踏み抜いたけど表に出す術を知らないだけ? どっちにしろ僕は一度口を閉じる他なくて、
「ま、そのへん踏まえてもっかい書き直せ」
そこから先はソウシが引き継いでくれた。てしっと額を軽く叩かれたことで僅かながら表情を取り戻した英斗くんの手に空っぽの封筒を握らせると、僕を道連れにそれはもう清々しいくらい堂々と応接室を後にしようとしたけど、
「それはそうと、二人はこんな時間に何してるの?」
……スルーするには時間的にも場所的にも無理がありすぎるよね、さすがに。ビタッといつになく怪しさ丸出しで足を止めたソウシに倣いながら、どうしようと地味に焦る。国王もとい君のお兄さんという存在が偽物だって証拠を探してましたとか言えないし、明日の朝食用デザートの準備を言い訳に使うには応接室という場所に関連性がまるでない。
(もういっそ探検で突っ切るか!?)
『話、合わせろよ』
『……へ?』
合わせるような`話`なんてあったっけ、といつもながら唐突に始まったスキル会話で問い返す間もなく、ソウシが「先の襲撃者について調べてたんだよ」と英斗くんを振り返る。え、まさかお前バラすの!?
さっきとは若干違う意味で、だけど輪をかけて僕は冷や汗タラタラだ……その一方で、「誰がやったか分かったの」と尋ねる英斗くんはとても落ち着いていた。やっぱり十数年王族として生きてると慣れるのかな……いやでも狙撃未遂に遭った時普通にビビってたよね?
「まだ仮説だけどな――【アンガット】の生き残りか、未だ行方不明の【国家専属治癒魔法師】だと思うぞ」
「……ソウシ…」
なんで、と気づけば縋るように相棒を呼んでいた。アン何とかも何とかブルギディアンも全然知らない単語なのに――それが誰と誰を指しているのか、嫌でも脳裏に浮かんでしまう。
「書庫、入ったんだ」
「どの世界も、王族の歴史ってのは華々しい見世物と犠牲者の憎悪で紡がれてくもんだからな」
叩かなくてもバンバン埃が出てきたぞと平然と、あるいは挑発するように言い返すソウシの横顔に僕は口パクで「嘘つき」とぶつける。あの二人じゃないって確信してるくせに……話を合わせられるような余裕、最初から僕に与える気なかったくせに! 今は英斗くんもいるし、ここからまた英斗くん・リインさん・マリッちさん・イリグさんが織り成す四角関係の根幹に一歩近づくって分かってるからちゃんと合わせるけど後で覚えてろよっ――と私情を飲み込んだ矢先、
「こんな時間までBirthday Songの打ち合わせかい?」
「っ!」
それが一瞬で掻き消されてしまうほどの違和感に背中を殴られた。数時間前のパーティーでも感じたコレっていうかこの声はと振り返れば、着るか脱ぐかどっちかにしろと言いたくなるような羽織り方をしたナイトガウン姿のエドガレア国王が扉に凭れていた……どーしよ、今この場に二番目に来てほしくない人来ちゃった。ちなみにあと二人、三番目がハルデルトさんで一番はぶっちぎりでリインさんね。
「げっ、兄貴……」
「`げっ`とは失礼だな弟よ? 幾度目になるか分からないハルデルトの忠告を無視して夜更ししてるから、兄自ら忠告しに来てあげたのに」
フワァ~ンというこれまた欠伸をしたいのか髪を掻き上げたいのか分からないエドガレア国王の仕草に合わせて、応接室の壁掛け振子時計が重々しく鳴く。見れば長針と短針はピッタリ三時を示していた……三時? 待って確か使用人の起床時間って漏れなく五時半だったよね?
今すぐ寝たとしても睡眠時間二時間半? 死ぬじゃん僕。睡眠不足と寝坊によるメイド長からの叱責で二回は死ぬじゃんと静かに蒼褪める僕の隣で、英斗くんもまた「やべ、あと三十秒でハルが帰ってくる……」と枕を落とした。
ガシャンッ。
「ひぇっ」
「……王子」
「ひぇえぇっ」
僕はノーモーションで全開になった窓ガラスの音に、英斗くんはその向こうからふわりと下り立ったハルデルトさんの姿にそれぞれ悲鳴を上げる。おいおい来ちゃったよ三番目の人……それに何が三十秒だよ突入まで三秒もかかってないじゃんか! いや余分な二十七秒を短縮するためのウィンドウ突破だったのか!?
「護衛を任せた騎士から、`貴方が抜け出した`と[ピジョンメッセ]が届きましてね」
「っ……」
当然といえばそうだけど、身代わりクッション思っくそ見抜かれてるよ。
「ご、ごめんすぐ戻るつもりだったんだけど」
「……まぁその手紙で、だいたい想像はつきますけどね」
大男が怒りを露に暴力で訴えるより、月よりも冴え冴えとした眼差しの美人が顔にかかった髪を静かに払うほうが何倍もおっかないのってもはや世界七不思議だよね。脱兎の如く僕の背中に隠れた英斗くんの襟首を容赦なくつまみ上げると、ハルデルトさんは僕を見ないまま「朝食のデザートは抜きでお願いします」と声だけを投げる。
「探検と詮索とを、くれぐれも混同せぬように」
「っ!」
……怖っ、すれ違いざまの警告マジ怖いって。なんとなく空気の流れで、扉に寄りかかったままの国王にハルデルトさんが一礼するのが分かったけど、僕が振り返れたのは彼の足音が完全に遠ざかってからだった。
「君たちもそろそろ休まないと、明日に響くよ?」
「ぁ、はい……」
「その前に、なに考えてんのか種明かししてけ――裁」
「ぇ、え?」
今ソウシの奴`サバキ`って、それにまるで顔見知りみたいな口調……冷えた棒を背中に突っ込まれた心地で相棒を顧みれば、わざわざソファの肘掛けに腰掛けて足を組んでいた。その視線は僕を通り越し、サバキと呼ばれたエドガレア国王を鋭く捉えている。
存在しないはずの国王、なのに世界に認知されてる国王、そしてソウシに`サバキ`と呼ばれた国王……今まで頭の中で絡み合ってた思考の糸が、するりと解けた気がした。同時にその糸に引っかかってた不可解なワードが、雨みたいに降ってくる。
――Good Justice. 素晴らしい余興だったね
――Birthday Songの打ち合わせかい?
「流暢な、英語……まさか! 貴方はステータス!?」
異世界人が現世の英語を喋れるはずないもんっ――と答えを叫んだ僕はサバキさん(?)の反応を待つことなく、全力でソウシの傍まで後退った。なんでかって答えが出ただけで理解が追いついてないからだよ! ここソウシの担当異世界なのに何で他のステータスが我が物顔で住人っ、しかも王族なんて唯一無二の存在になりすましてんの!
「Excellent, 見た目にしてはエエ勘してるやん」
「っ!」
「これもソウシの調教の賜物なんかな……っとまずは挨拶やね、墓送終太郎くん?」
ソウシの先輩兼リインの上司、異世界【懲役】のステータス目明裁いいます――口調や雰囲気ともども国王の皮をあっさり脱ぎ捨てた眼前の男は、三日月のような薄目で僕を見据えてきた。
(めあかし、さばき)
僕が言えたことじゃないけど、凄い名前だな……だって目明って、江戸時代に役人に協力して犯罪の捜査とか逮捕を行ったっていうあの`目明し`でしょ? なんか秩序と正義が魂に焼き付けられてるみたいな、圧を感じるんだよ……だからかな? とりあえず挨拶は返さなきゃって思うのに、パーティーで目が合った時よりもずっと闇が深いその双眸が僕そのものを拒んでるように見えるのは。
「てめぇは調教と指導の区別もつかねぇのか」
「……!」
もしかして退室を求められてる感じかとチラッと通路を見やった刹那、「必要ねぇ」と言わんばかりにソウシが声を上げる。それが効いたのかどうか分からないけど、裁さんはパッチリ糸目に戻ってくれた……なんで陰から陽に変わったはずなのに圧が倍増してるんだろ?
「ていうか答えろよ、俺の担当地で何してんだ」
「君の尻拭いや」
「言っとくが部下がちゃんと監視してるか様子見に来た……なんて…?」
たぶん`なんて見え透いた嘘が通ると思うなよ`と続けるつもりだったんだろうソウシの言葉が、裁さんの豆鉄砲に撃ち抜かれた。彼があっさり答えたのもあるだろうけど、これは内容のほうに衝撃を受けてる気がするな……ふむ。
カンストステータスでも取り零しちゃうことってあるんだ。ちょっと気になるなと鳩顔のまま固まってるソウシの肩を揺すれば、我に返ったように「なんだよ尻拭いって!?」と前のめりになった。
「俺なんかしたか!?」
「したでー。まずステータスはレベル上げをする際そこまで目立ったらアカンのに、伝説級なんて称号貰てもたやろ?」
「んなっ……」
(あーそんな設定もあったなー)
図星を突かれて言葉をなくすソウシに気を良くしたのか、裁さんは輪をかけてニッコニコに畳み掛けていく。尻拭いその二、ポケットティッシュを落として本来この異世界に存在しないモンスターを生んだ……そういえばティミックもソウシが原因だったな。そして尻拭いその三。
「この異世界の金の流れ、狂わせてしもたやん?」
これが王族として潜り込む決定打になったと、裁さんは言う。難易度【死刑】の異世界というのは草原に咲く四葉のクローバーみたいなもので、こっちが駄目になったからってホイホイと次を見つけられるわけじゃないらしい。
金流の狂いは経済、延いては異世界に住まう人々の心の安寧を崩しかねず、同時にそれは大規模な戦争への火蓋を切ることを意味する。異世界人同士が起こした問題なら常世が介入する理由はないが、常世人の言動がきっかけなら放っておくわけにはいかない。
「王族を選んだんはただ都合がええから。経済のバランス取るのに、一介の住人やとどうしても限界がきてまうからな」
「で、でも`エドガレア国王`は……」
「存在せぇへん、少なくともこの見た目ではな?」
`エドガレア`というのはエレジルフの父である先代王の名前だと、裁さんの視線がついと壁の肖像画を示す。さっきは彼の額縁がないことに気を取られてちゃんと見れてなかったけど、英斗くんの隣に掲げられた額縁のなかで穏やかに唇を結ぶ姿は、何代か前に現世で千円札に印刷されてた人を彷彿とさせる。あっちは偏屈で通ってるみたいだけどと裁さんのほうに向き直れば、「真の嘘は、練り上げた本心に偽りをひと振りしてこそ成立する」と尤もらしく語った。
「俺という`エドガレア国王`も同じや。ちゃうのは`俺`という肉体と家族構成だけで、名前も政治体制も民からの評価も元々あったもんや」
「……じゃあ前にマッフルさんが言ってた、冒険者への保証が薄まったって話は」
ソウシが金流を狂わせたからじゃなくて、いずれ来たる国王の正当な政治だったわけか。隣海ばかり気にして陸に無頓着な媚売り王ならさもありなんだと独り言ちる僕に、裁さんは「[擬似矯正]っちゅうて、空廻んなかでも更にハイランクなステータスしか使えへんスキルなんやけどな」と自慢げに肩を竦める。詳しい説明は面倒だから後ほど改めて部下からご拝聴を、と尋ねるより先にソウシに丸投げしてきたけど。
「チッ。そらまたえらいご迷惑おかけしましたねー、チッ」
「めっちゃ舌打つやん。嫌味たっぷりな関西弁も合わせて感謝の気持ちまるで伝わってこうへんで?」
「`感謝の気持ち`ってもう自分で言ってんじゃねーか」
調子が狂うとばかりに顔の半分を手で覆ったソウシは、そのままで「俺が乱した分は取り返せそうなのか?」と問いかける。こうして自分たちに正体を明かしたのは任務終了の目処が立ったからじゃないのかって……確かに、と僕も裁さんに向き直った。
[擬似矯正]のスキル解除が異世界人の認識にどう作用するのか分からないけど、表向き要更生者である僕とソウシにはたぶん記憶が残る。事情を知らないままだったら当然、僕らは突然消失したエドガレア国王のことを周囲に聞きまくるだろう。それじゃあ本末転倒だ。
「……せやね、少なくともデカい戦争や飢餓が起こる心配はあらへん。ティミックについても環境破壊招くような凶悪モンスターやなかったし、伝説級っちゅうのも英雄伝だけでソウシの気障ったらしい面が肖像画になっとるわけでもないし」
潮時かもしれんなぁと欠伸をこぼした裁さんは、「てめぇにだけは気障とか言われたくねぇしコレすら褒め言葉になってる臭くてウゼェ」と流れるように紡いだソウシを流れるように無視って踵を返す――と、「置き土産や」と思い出したように指パッチンしていった。
ゴォーンゴォーン、ゴォーン。
「うっ……」
途端に重々しく脳を揺さぶる、鐘の音。でもさっき聞いた振子時計のそれとはぜんぜん違う、もっと密度を感じる音だった。その波長に振り回されるみたいにぐわんぐわんと足元が覚束無くなるなか、横目で見やったソウシは裁さんが出てった扉のほうを向いたまま真っ直ぐ立ってる。固定型の等身大フィギュアかよと細く息を吐けば、「瞑ってたほうがいい」って伸びてきた掌に瞼を下ろされた。確かに視覚的には楽になった気がするけど、
バッターン!
その分平衡感覚をゴッソリ持ってかれましたわ。今の僕は分かれ道で迷った時に頼りたくなる棒切れと同じ体勢だけど、頭が示す方向に進んだら迷子確定だろうなぁ……ゴォーンと、また頭上で時計が鳴く。顔だけで顧みれば、午前三時を表してたはずの長針と短針は`Ⅻ`と`Ⅰ`を指していた。




