第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[中編②]
ん、-13点――byソウシ
傾けていた首を起こした際にふわりと揺れた前髪とその隙間から見えた糸目の双眸、薄く開眼したブラックのそれに睨まれた気がした。すぐに隠れちゃったし、口元は微笑んでたから気のせいかもしれないけど……ていうか怖いから心底そうであってほしいけど。
「余興とはどういう意味ですか、国王サマ?」
「っ!」
意図してか否か、さっきの国王の拍手の音と対になるような音だと思った――本物のソウシが鳴らす靴音は。コツコツと響くそれは僕を取り囲んでた貴族たちを当たり前のように後退させ、相棒を僕の隣まで運んでくる。
ソムリエの役と影の薄さを脱ぎ捨てた相棒の視線は、国王だけを見据えていた。また一瞬、今度は唇の弧が消えたように見えたけど……「意味もなにも言葉まんまだけど?」と返して肘掛けに頬杖をつくエドガレア国王は、やっぱり微笑んでいた。
「甘味をより引き立てるには、一摘みの塩が必要だからね」
「つまりは心此処にあらずだった弟へ擬似暗殺劇で活を入れたかったと?」
「クスッ。せっかく大勢が誕生を祝ってくれてるのに、主役が上の空ではあまりに失礼だ」
常に命の危機がある希少な立場だってことも教えられるしねと国王が指を鳴らした刹那、割れた窓ガラスの前にグリーンの十字架が出現。そのまま蕾が開花するみたいにバッと左右にズレると、あっという間に窓を元通りにしてしまった。
(ぇ、[ケアリー]って生物だけじゃなくて物体も回復させちゃうの?)
『アレは合成魔法だ』
今国王が使ったのは[オルタアリーション]――回復魔法の[ケアリー]と性質変化魔法の[オルタフリーション]の合成魔法だとソウシがスキルでこっそり教えてくれる。この異世界においてその魔法を扱える者は限られていて、且つ呪文を唱えず指先一つで使用できるとなれば【先代勇者の生まれ変わり】と謳われるほどの実力者だそうだ。
『あくまでもこの異世界の話な? 俺レベルのステータスなら余裕だから』
『いちいちマウント取らなくても分かってるから』
お前なら合成だろうが何だろうが朝飯前だってことも、今し方の怯えがそのまま反転したみたいに貴族たちがワッと盛り上がってる理由も……余興、か。
「では、仕切り直しといきましょう」
「陛下、お戯れも程々に」
本当に余興、なのかな。自らの手でグラスにワインを注ぐも、注いだ傍からハルデルトさんの冷却変化の合成魔法[コールフリーション]で結晶の山に変えられて「おやまぁ」と貴族たちの笑いを取る国王を前に、疑問が湧くのを止められない。だって[ウィークポインター]が浮き出てたのは蟀谷のど真ん中、当たったら致命傷どころか即死する部位だったから……この人は、
「あ、そうそう。ハルデルトに加勢してくれた彼と流れを繋いでくれた隣の彼は、件の園で名を挙げた冒険者バディでね」
此度はエレジルフのバースデーソングを歌ってもらおうと城に招いたんだと、高らかに告げるこの人は――国王の偽物なんじゃないかって。
◇◇◇◇
「ってそんな王道展開くるわけよね!?」
うんうん無い無いってかこれ以上おっかない設定ぶち込まないで僕の脳みそキャパオーバーしちゃうからっ――時と所変わって、深夜のデザート専門厨房。僕は明日の朝食につけるデザートのカップケーキを準備しながら、自分で立ててしまった厄介フラグをへし折ろうとノンブレスで喋っていた。喋り倒していた……吊り下げ式ランプの仄かな灯りのもと、調理台に寝っ転がって黙々と角砂糖のタワーを積み上げているソウシに向かって。
「あの、アレだよ慌てふためく貴族を落ち着かせるための演技だよ! あのままパニックが起きたらそれこそ暗殺者の思うツボだもんね!?」
「へーじゃあ仮に真の外部犯がいたとして陛下様々は襲撃があった会場でナイトパーティー続行したあげく終宴後の警備強化も曖昧に見送ったと?」
……黙々の反動かな、ペラッペラに一息で反論し倒された。涼しい表情のまま最後の一個を天辺に積んだソウシは無駄に長い足を振り上げて静かに調理台から下りると、ボウルから生地を流し入れたばかりのカップにフードカバーを被せてた僕の腕を掴んで、
「いくぞ」
厨房を飛び出した。ぇ、行くってどこに? 今深夜なんですけど、廊下のランプも非常用のそれを除いて全部消えてる丑三つ時なんですけど。僕カップケーキの準備終えたら普通に寝ようと思ってたんですけど。
お前が向かってる先、明らかに使用人たちの寝泊り棟じゃないよね? どんどん離れてってるってかそっち英斗くんたち王族の寝室! ま、まさか国王の部屋突撃する気!? 善は急げって言うけど急ぎ過ぎだって!
「ていうか、偽物かもしれないって所詮は`かもしれない`の域出ないじゃん!」
武力行使に移るには証拠不十分だろと綱引きの要領で腰を落とせば、意外とあっさりソウシの歩みは止まった。おや、素直だこと……やっぱ深夜テンションで火がついてただけだったのかな?
「だから、その`かもしれない`域を確実に脱する証拠を炙り出すんだよ」
ジャラッと束になった鍵を当たり前のように懐から取り出したソウシは、当然のように一本を選んで鍵穴に差し込み、ドアノブを囲むように浮き出た魔法陣の暗証ロックも掴んだままの僕の手をパパパッと操作して我が物顔で解除してしまった……立ち止まったのは、単純にここが目的地だったからだ。
「お前、その鍵束と鍵の詳細とロックの外し方……」
「気が触れたら教えてやるよ、逆ハニトラ」
「いや教える気ないだろ`魔が差す`より頻度低いじゃん」
まぁ俺もその教えは全力で遠慮するけど、と嘆息しつつソウシと一緒にそっと部屋に入る。やたら広いわりにどことなく余所行き感が滲むこのインテリアは、応接室かな……あと僕、こんなに夜目が利いたっけ? ぁ、ソウシのおかげか。
「終太郎、コレ見てみろよ」
「ぇ、コレって……んげっ」
ソウシがひょいと親指で示した壁。その一面に等感覚不均等に掲げられた大小様々な肖像画を前に、寸止めされたゲップみたいな声が漏れた。夜の音楽室に飾られてる作曲家の写真とか洋館で見かけるフランス形とか、この肖像画とか……あるはずがない息遣いが漂ってくる無機物の顔面って、なんでこうもジワジワ恐怖を掻き立ててくんだろ!?
「夜中になんつーもん見せんだよトイレ行けなくなんだろ!」
「連れションくらい付き合ってやるよ」
「嘘吐けっナージュさんの店で起こしても起きてくんなかったじゃん!」
あん時めっちゃ勇気出して水流したんだからな、と言い切って初めて小声ながらすんごい恥ずかしエピソードを垂れ流してたことに気づいた馬鹿かよ僕は!?
「安心しろ、俺のネタメモリーにそっとしまっとくから」
「そこは嘘でも聞かなかったことにしてくれよ!」
「ハイハイ分かったから、顔隠してるその手どかしてもう一回壁見ろ」
今の羞恥心で恐怖心上書きされただろと続けられたソウシの声は軽いようで真剣で、変な方向に高揚してた僕の意識を一瞬で鎮めてしまった。言われた通り顔から手を外して壁一面に点々と広がる肖像たちを見やっても、もう怖いとは感じなかった。
(城に飾られてるなら、この人たちは歴代の王様だよね?)
名札や説明書きはないし色の褪せ具合で正確な年代が分かるほど美術に詳しくもないけど、英斗くんのが真ん中にあるってことは中心に向かうほど新しくなってるのかな? でも、じゃあなんで――エドガレア国王の肖像画がないんだろう? 初見の恐怖を軽々と凌駕する薄気味悪さにソウシを振り返れば、「コレが証拠だ」と頷かれた。
「いや、ぇ……ちょ、え!?」
入れ替わりとかじゃなくて存在そのものが偽物ってこと? そんなの有りっていうか出来るもんなの!? 夜会に出てた貴族たちだけならまだしもエリムちゃんも国王の存在疑ってなかったし、集団催眠の域越えてるって! これも異世界【死刑】ならではのとんでも魔法だから成せる技なのかと、納得したいのか逃避したいのか分かんないままソウシを振り返ると、
タッ、タタタタッ。
……なんか聞こえてきた。何か言いかけたソウシと一緒に口を閉じて扉のほうを見やれば、やっぱり向こうから聞こえてくる。静かに、それでいて急いで迫ってるようなってコレ足音だ! 誰かが駆け足でこっちに向かってきてるんだ!
「もしかしてあのメイド長、逢瀬の誘いだと勘違いしてソウシに開錠法教えたんじゃ!?」
「んなヘマしねーよ、三流ホストじゃあるめぇし」
昼ドラ思考に片足を突っ込みかけた僕の頭にチョップを見舞ったソウシは、なぜか足音や気配を殺しもせずに堂々と扉に近づくと……そのまま豪快に開け放ったっておぃいいぃ! 警備兵だったらどうすんだよ!
「ひゃわどこすっこいっ!?」
……奇妙な鳴き声とともに廊下のど真ん中で腰を抜かしたのは、英斗くんだった。頭にはナイトキャップ、腕には上質な枕を抱えてて眠れない幼子オーラが凄い。いやいや英斗くんよ、そりゃ命狙われたばっかだし周りの貴族はあんなだし心細いのは分かるよ? 分かるけどさ!
「なぜに単独行動っハルデルトさんは!?」
「っ、なんだ終太郎くんとソウシくんか……」
ビビらせないでよと心底安堵したように腰を上げた英斗くんは、「ハルは外回りの時間だから」と僕の質問に答えてくれた。交代で護衛を任された騎士たちの目は、髪色と同じバイオレットのマフラーを巻きつけたクッションをベッドに押し込むことで誤魔化したらしい……単独なうえに独断の脱走だった。
「ていうか、こんな時間に外回り?」
「勇者のお勤めだよ」
王子の守護が優先される聖騎士であると同時に勇者でもあるハルデルトさんは、世界そのものを守る役目があるから一日に数度は城の外を見回るよう国王と誓約しているらしい。外回りの最中は姿形を変えてるため、ハルデルトさんの不在を狙っての襲撃は敵側にとっても賭け。一度失敗したなら尚更ノータイムで畳み掛けてはこないだろうと英斗くんは言うけど……襲撃の直後でもルーティンを崩さないって、それ自体が普通におかしいことだよ?
(それにあの襲撃は国王が……いや、今はまだ…)
チラッと覗ったソウシにも暴露するような素振りは見られないし、まだ話す時じゃないんだろうと僕も緩く首を振った。それに気になることは他にもある、例えば――単独断脱走の理由とか。もしこれで`眠れなくて国王様んとこ向かってました`とか返されたら、どんな顔すればいいんだろう。
「その、リンと話がしたくて」
……マジでどんな顔したらいいんだろ。そりゃ遅かれ早かれ会いにいくだろうなとは思ってたし、ハルデルトさんの目があったら易々と会わせてもらえないからって抜け出した理由も想像がつくけども……さすがに深夜はマズいだろ、リインさん一応女の子だし。
「再会早々逆鱗鷲掴みにした矢先に夜這いかよ。いっそあん時脳天ぶち抜かれてたほうが良かったんじゃね?」
いやお前は視線言葉ともに直球すぎ。
「違うから! ドアの隙間にコレ挟もうと思っただけだから!」
夜這いという単語に蒼褪めた英斗くんがバッと枕の裏から取り出した`コレ`は、一通の手紙だった。ハルデルトさんが僕らに寄越した鳩魔法のような装飾が一切ない赤い蝋で封がされただけのシンプルなそれは、なぜか僕の目にはとても好印象に映った。
「リンに避けられてることくらい分かってるし……よくよく考えたらおれ自身、会って何話したいのか真っ白で」
だからとりあえず料理の感想とお礼を書いてみた、と枕をギュッと抱く姿は健気そのものだったけど、
「ほーん、どれ」
爪という生身のペーパーナイフで封を切ったソウシが当然の顔で便箋を引っ張り出すや否や、「あぁああぁおれのラブレター……!」ってその枕をぶん投げてきた。ソウシは一瞥もしないまま避けたけど。ていうかお礼の手紙とか一歩引いた感じで言いながらしっかりラブレターのつもりで書いてたんだね、英斗くん。
「ん、-13点」
「マイナッ……」
「えっ僕より低いの!?」
数字については適当且つ反転させただけだろうから特に何もツッコまないでおくとして、初っ端からマイナス点とは……僕でも初回は31点だったのに。
「ソウシお前、辛口が過ぎないか?」
「んじゃ見てみろよ」
「見て?」
読めの間違いだろと便箋を受け取った僕だけど、文面に目を通すより先。紙面を見た次の瞬間には「ぁ、うん」とソウシ同様にハイライトを失くした。句点に代わって、そこらかしこに咲いているニコニコの顔文字たち……こんなのリインさんに見せたら開封一秒でシュレッダーにかけられちゃうよ。本来なら質素な文章に書き手の感情を込めるために使われる記号だけど、今の二人にとっては呪印でしかないんだから。




