第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[中編①]
Good Justice.――by???
「……てことがあったんだけど」
「そりゃお前、ほかに何の魔法も付与してなかったからだろ」
アラームのスイッチ入ってねぇ目覚まし時計はただの時計だろと欠伸を一つこぼすと、ソウシはアイコンタクトを寄越してきたハルデルトさんのところ、もっと言うと彼の傍にいる英斗くんのテーブルへと歩いていく。またワインのおかわりか。
前菜を食べ終えてスープが運ばれてきた時もメインディッシュがきた時もおかわりしてたけど、グラスの中身ぜんぜん減ってなかったよね? 前のグラスの酒ってどうしてるんだろ……やっぱ捨ててるのかな、どれも高そうだったのに。
(まぁ、ワインに限った話じゃないけど)
絢爛豪華の権化みたいな会場に並べられたビュッフェ形式のご馳走もまた、一定の時間ごとに出来立てと交換されていた。結構な大皿にドッサリ盛られてても、実際に人の口に入るのは五分の一にも満たない量なのに、何度も何度も……毎晩こんな調子で飲み食いしてるのかと思うと頭が痛くなってくる。
改めて会場内を見回した僕は、貴族同士の愛想笑いと腹の探り合いが織り成す空気の隙間に合わせるように嘆息した。こういう場に集まる大人って酒で気が緩んでるように見せて、バッチバチにライバルの弱み探知用のアンテナ張ってるから吐息一つにも用心しないと……ってソウシが言ってたから。
「此度の前夜祭もまた盛大なことで」
「料理には東海の幸を多く使用しているようですね。良好な関係が窺えますわ」
「ではやはり、マーメイドとの縁談を考えておられるという噂は本当ですの?」
「となると問題は後継者ですね、東海のカルタドラ様は王子であられますから」
(…………)
嫌でも耳に入ってくる周囲の会話に、僕は再び頭痛を覚えた。誰も英斗くんのこと祝ってないし、そもそも会話そのものが成立してるようで一方通行だ。相手の言葉に相槌を打っているようでその実自分が興味ある話題にすり替えてる。これが貴族っていうか大人の由緒ある話術なの? 話したがりの子供でももう少し相手の話聞くよ?
「大人らしい大人が希少種なのは、現世も異世界も同じってことだな」
「ぁ、おかえり」
ソムリエの仕事を終えてきた相棒を手を上げて出迎えれば「おー」と振り返され、また同じように揃って壁に凭れる。僕は一応それっぽく見えるように両手を前で組んでるけど、ソウシはヤンチャの代名詞みたく頭の後ろに両腕もってった上に足まで組んでる……それでもお決まりの陰口も厭味ったらしい視線も飛んでこない。各々が各々の話に夢中だからってのもあるだろうけど、プラスで多分ソウシが影の濃度調整的なのをやってんだろうな。
「クッキー、美味ぇって褒めてたぞ」
「っ、どうせワインと同じで一口齧っただけだろ」
「いや完食してたぜ」
「完っ……え?」
嘘だろと目を見張る僕に、ソウシは「メインの肉とデザートのクッキーだけは食ったってよ」と繰り返して玉座のほうへ顎をしゃくる。僕も首を伸ばしてみたけど、そんな離れてないといっても皿の上の有無を裸眼で判断する分には普通に遠かった。でもそっか……肉料理だけじゃなくて、僕のも食べたんだ。ま、まぁ味気ない高級料理よりジャンクフードが食べたいみたいなこと言ってたから、庶民の素朴な味がお気に召しただけだろうけど!?
「また随分と捻くれた照れだな、らしくねぇ」
「っ……だ、だって…」
あんな過去聞いた後じゃ誰だってこうなるよ、たぶん。彼もまた被害者だってもう分かってるし嫌ってるとかじゃないけど、敢えてぐいぐい近づくのも難しいっていうか、深入りするの躊躇しちゃうっていうか……だって英斗くん、生まれ変わった今でもきっと笑顔に殺し殺されたって自覚してない。じゃなきゃ軟体王子なんて呼ばれてないよ。
(仮に御近付きになれても、笑顔の数には勝てないって思うと怖いし……怖い?)
――アタシはアンタなんて知らないから
――怖くて出来なかったの
(もしかして英斗くんへの愛憎は……恐怖の裏返し?)
今の僕みたいに、リインさんも彼にとって笑顔が絶対の呪いであることを目の当たりにするのが怖いから、ああして全身で拒んでるのかな。
――ほら、リンの相棒の
――終わりよ、話は終わり
もしくはもう、目の当たりにしてしまったが故って線も……と考え込んでた僕の腕をソウシが肘でドスッと突く。うごっ、このじんわりくる麻痺感は関節の隙間に異物がめり込んだ時のアレだ!
何すんだよと横目に睨みつければ、「こういう場じゃ熟考よりも情報収集に神経使うもんだ」ってわりと真面目に助言された。上流階級の者が集う社交界は冷戦の場、陰口や媚売りの裏には城下町では入手できない情報が潜んでるって。
「たとえば、この誕生祭に乗じて王子の暗殺を企ててる賊がいるらしいとか」
「ハハハッまたそんなベタベタなー」
「…………」
「……え、マジで?」
冗談だろと笑い飛ばしがてら逸らした視線をバッと戻せば、ソウシは真面目な目つきのまま「国王直々の言葉だからな」って親指で玉座のほうを示す。一際目立つ真ん中の椅子に座ってるのはもちろん主役の英斗くんだけど、傍らにはハルデルトさんの他にもう一人――現国王のエドガレア様がどっかりと足を組んで腰掛けていた。国王直々の言葉ってことは、さっきワインのおかわりを頼まれた時に三人が話してたのを聞いたってことだよね……そんな物騒な話題を口にしてるようには見えないけど。
「…………」
ていうか、と僕は改めて国王様を盗み見る。そして思った――若すぎやしませんかと。だって国王ってことは英斗くんのお父さんでしょ? んでもって英斗くんは見た感じ僕よりちょい上くらいでしょ……なのに国王様、ビスケットカラーの艶さらなマッシュウルフに陶器肌ってどう見ても二十代前半の風貌なんだよ。若作りなんてレベルじゃないだろアレはっ、いや魔法蔓延る異世界ならありなのか!?
「相変わらず、御美しい兄弟ですわね」
「魔浸の心労で数年前に亡くなられた先代様も、なかなかにダンディな御方でしたものね」
「眼福ですわぁ❤」
……とか想像してたら貴族婦人のほうから予想外の回答が飛んできた。そっかぁ親子じゃなくて兄弟か。マシンはよく分からないけど、亡くなったお父さんに代わってお兄さんが王の仕事をしてたんだと分かれば色々と納得だ……って紛らわしいし話も逸れたわ! どういうことだよ暗殺って! 軟体でも媚売りでもやる時はやるからクーデターとかは起きないんじゃなかったのかよ!
「それに王様、ていうかお兄様が暗殺のこと話してたって……」
半ば独り言ちながら壁に沿って移動し、天井まで伸びた窓からそっと外を覗う。まず最初に視界に入ったのは王都を彩る屋台の灯りたちで、チカチカと瞬くそれらからは思い思いに食べ歩き飲み交わす人々の温もりまで伝わってくるようだ。
その次がすぐ下の庭や正門付近に点々と灯る、[ファイエス]を応用した外灯や電飾たち。ただの灯りと見せかけて城の要所要所は照らしてるみたいだけど……普通に死角っぽい箇所はあるし、警備兵の数も屋台集いのほうに駆り出されてるせいで言わずもがなだ。
「なんか、警戒体制のけの字もなくない?」
「だな。俺も最初は賊を炙り出すために敢えて手薄にしてんのかと思ったけど」
いつの間にか隣に並んでと同じように窓の外を見やったソウシも、「こりゃ単純に何もしてねぇな」と目を眇めている。こいつが言うならマジのマジだよ、王子の命が狙われてんのに通常より警備手薄ってどゆことよ!? いくら勇者のハルデルトさんが傍にいるからって……あ、そっかハルデルトさんの存在ゆえか。
それならまぁ分からなくも、って納得しかけたら「流されんな」ってソウシが通りすがりのメイド長から献上された何かを纏めて口に突っ込んできた。今日はやたらと頬をパンパンにされるなー。サクサクでちょっと塩気があってフワッと濃厚……チーズが練り込まれたカナッペかな、異世界での名前知らんけど。
「ほいひぃ」
「良かったけど良くはねぇぞ」
「……?」
「標的の王子が上の空だからな」
「…………」
モグモグと咀嚼する口はそのままに改めて玉座の英斗くんを見やれば、確かに背後霊でも覆い被さってるような沈痛さが窺えた。ハルデルトさんが控えめにその肩を叩いて、少し離れた所からチラチラと英斗くんのことを見ていた令嬢たちのことを知らせても、曖昧に頷くだけで視線を向けようともしない。シンプルに暗殺の件が不安なのかと思ったけど、ソウシが言うにはその話になる前からすでに身が入ってなかったらしい。
(となると、原因は……)
――この街から出てけ失せろじゃなきゃ死ねっ
マリッちさんにぶつけられた、あの剥き出しの殺意だろうか。リインさんに拒まれた時もショックは受けてたけど、そのあとハルデルトさんと普通に話してたから驚きのほうが勝ってただけかもしれない……拒絶と殺気は似てるようで全く違うから。
(それに、あの肉料理ぜんぶ食べたなら気づいたよね……リインさんが作ったって)
だったら芋蔓式に、彼女が今この城にいることも分かったはずだ。誕生祭での出し物を頼まれてる僕らと違って、リインさんは料理提供を除く城への干渉を一切拒否してるからこの夜会にも不参加だった。
拒否したところで謁見の間で盛大に紹介とかされたらどの道バレちゃうのにって思ってたけど、そもそも僕らは知る人ぞ知るイレギュラー勢ってだけで、国王や貴族からしてみれば普通に下っ端の括りに入るわけで……そんな豪勢なお披露目があるはずもなかった。
(夜会が終わったら、質問攻めにされるかな)
それとも自分の足で厨房に突っ込んじゃうかな。ナージュさんの店に突撃してきた前科があるし、という僕の予想は斜め上をいく形で当たった。ガッと玉座の両肘掛けに手をついて立ち上がった英斗くんが、「失礼っ」と退場しようとしたのだ――いや今!? 今行こうとする!? 猪突猛進にも程があるだろ!
「ちょ、英斗くん待……っ!?」
貴族たちの騒めきガン無視で出入り口の扉まで直行しようとした英斗くんの、その横顔。オレンジ色に照らされた蟀谷の辺りが、異様に目を引いた。シャンデリアの蝋燭? だったら天井から照らされるわけだから頭頂部が光るはずだよね? あんなレーザーポインターみたいな光り、方……。
「インヴァード・プローション!」
パリンッ、パシュ!
駆け出しながら窓と英斗くんを一直線に結ぶ空間一帯に、動作速度と視覚情報が反比例するストレートグレイの文字盤を出す。と、窓の破損音と同時に熱を帯びた弾丸みたいな光がビタッと出現静止した――狙撃魔法の[インビタードショット]だ。やっぱりあのオレンジの光はセットで使われる補助魔法の[ウィークポインター]だったんだって危なっ!
「お見事です、シュウタロウ様」
キョトンと非常口のピクトさんみたいなポーズで固まってる英斗くんの前に、ハルデルトさんが躍り出た。その手に握られた勇者の証でもある抜き身のレイピアが、魔力の弾丸を撫でた刹那。弾は蒸発するように消え、
「ひっ!」
……たわけではなく、パッカーッンと枝分かれしながら背後の英斗くんを挟む形で両開きの扉を燃やした。抜刀一閃と一緒に[バリアモンド]を掛けておいたらしく、火の手が彼に迫ることはなかったけど……英斗くんはデジャヴを感じるくらい盛大に腰を抜かしていた。まぁ時間魔法の効果範囲外にいた彼にしてみれば、窓割れた・勇者飛び出た・ドア燃えたのハプニング三拍子が一度にきた感覚だからね。
「な、なに攻撃?」
「モンスターの奇襲か!?」
「警備兵を呼んでくれっ」
「うぎっ、ちょ……!」
英斗くんのもとに駆け寄ろうとした矢先、ワッと息を吹き返したように怯え出す貴族たちに揉みくちゃにされた。な、なんで僕のほう来んの勇者様あっち! いや標的にされてる王子が傍にいるんじゃ本能的に近寄れないかもだけどそれにしたってなぜ僕!? 押し寄せる呼気の圧からどうにか逃れつつ、撃ち破られた窓の向こうに意識を向ける。
[パルライシス]を唱えても蛍光イエローの光は見えないから、今すぐに二発目が撃ち込まれることはないと思う。でもとりあえず夜会はお開きにして、英斗くんには窓のない安全な場所に移ってもらわないと……ワザとじゃないのかってくらい白々しく涙目で取り囲んでくる貴族たちを宥めつつ、ハルデルトさんにそう提案しようとした矢先――拍手の音が聞こえた。
「Good Justice. 素晴らしい余興だったね」
(え……)
ソウシ、じゃないよなこの声は。でもなんかトーンとか英語発音時のネイティブ感の既視感が凄い、と仰ぎ見た先にいたのは優雅に手を叩くエドガレア国王だった。




