第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[前編⑦]
英斗は、アタシが担当した最後の要更生者よ――byリイン
今にも逃げ出しそうな視線をぐっとリインさんに固定した刹那、パープルの瞳が「は?」と丸くなった。その目はもちろん、声も普段の平熱を取り戻していて……「同情するな」ってさらに凍えた声が飛んでくること覚悟で言った僕としては、反応に困る反応だった。
「ぁ、の」
「驚いた、周囲の反応を愉しむなって正論ぶちかますと思ったのに」
「……あー、そういう」
納得がいくと同時に、そんな全く心に響かないテンプレートを言うタイプの`良い子`だと思われてたのかと若干ムッとした。教科書と一緒にしないでくださいと語気を強めて布巾を取りに行く僕の背中を、「悪かったわよ」とリインさんの苦笑が軽く叩いてくる。
「でもアタシ、死ぬこと自体はそんな辛くなかったわよ?」
「っ、まだそうやって! 飛下り自殺は胃に穴が開くほどストレスが掛かるって知ってんですからね!?」
「アタシ飛下りしてないけど」
「えっ、ぁ……じゃあ包丁でグッサリ?」
「拳でゴッツンよ」
自分で自分の頭部を殴りつけて即死レベルの脳挫傷を起こした――護身という建前のもと、ストレス発散の手段としてボクシングを習い極めていたのが役に立ったとリインさんは座ったままジャブを始めたけど、僕は理解が追いつかなさ過ぎてせっかく持ってきた布巾も落としてしまった。気づいたリインさんがジャブを中断して拾って、ついでに台も綺麗に拭いてくれたけど、
「自分で自分を殴り殺すって、可能なんですか?」
「さぁ、十人に一人くらいはできるんじゃない? 実際にアタシ死ねたし」
それよりも彼女の死に方が気になって仕方ない……ぶっちゃけコレ、シリアスとギャグのどっちで受け止めればいいの? いや実際に目の当たりにしたら凄惨極まりないんだろうけど、リインさんの言い方があまりにも清々しくて実感も現実味も湧かないんだよ。
「……あの」
「なによ」
「常世人になる時、性転換とか出来たりします?」
「へぇ死因ゴッツンの体験希望? 安くしとくわよ」
「ノー希望ごめんなさいっ」
ソウシのステータスを信じてないわけじゃないけど、なんかこの流れで拳くらったら頭蓋骨陥没の確定演出がくる気がするんだよ! リズミカルに拳を握るリインさんに向かって慌てて頭を下げまくれば、用済みになった布巾が投げつけられた。お茶を拭いた面が顔面を向いてないのは、せめてもの情けかな?
「っ、ていうかお茶……せっかく淹れてくれたのに、ごめんなさい」
「きっかけはアタシが作ったようなものだし、アンタが謝ることないわ」
「は、はい」
「……それでも気が引けるってなら、おかわりはアンタが淹れて」
この先はもっと面倒な長話になるんだから、とティーセットを差し出してくるリインさん。いよいよだと緊張の面持ちでセットを受け取り、釜戸のほうへ向かう。布巾は軽く水洗いしてから、汚れたエプロンとかを一時的に溜め込んどく籠に入れておいた。
「アタシが【禁錮】のステータスになった経緯は省いていいわよね? どうせシチュエーションが違うだけで殴ってレベルアップしての繰り返しなんだから」
「ぁ、はい!」
……って反射で返事しちゃったけど、もう話始まっちゃう感じ? まだお湯も沸いてないんだけど!?
「あー、でもステータスになった動機だけ言っとくわ」
「ぇ、でもそれは死に際の激情がって……」
「それは常世人になった動機。アタシがステータスを選んだのは――」
「ぇ、選んだのは……?」
「ムカつく罪人を合法的に甚振れるから」
「ぬぉびぶぼぇ!?」
危っぶな! 薬缶倒しかけたしカップ落としかけたし変な声出たしっ……でもそうだった。定期的に忘れるけど、要更生者って基本的には現世で重犯罪を犯した人たちが選ばれるんだった。でもステータスって確か護衛係で拷問官じゃないよね? あと要更生者傷つけたら消滅するみたいなことも聞いたし……ぁ、結構危ないモンスターと対峙させて間接的に甚振ったとか?
「へー、アンタ拷問官の才あんじゃない?」
「ソウシにも似たようなこと言われたけど全然嬉しくないから!」
僕の全力否定に応えるみたいにヒューッと噴いた薬缶を釜戸から下ろし、茶葉を投入済みのポットにゆっくりと湯を注ぐ……これで合ってんのかな? 毎度お馴染みになりつつある勢い承諾でお茶のおかわり作ってるけど、よくよく考えたら僕、ティーパックをお湯に浸すインスタントティーくらいしかちゃんとしたやり方分かんないんだよね!?
(漫画だと失敗策は`渋い苦い`って表現されてるから、あんま長いこと浸さないほうがいいよね? 一分、は流石に短すぎるか)
じゃあカップ麺に倣って三分で、とポットに[カウントマジック]を掛けた。魔法が不得手な人用の砂時計もあるけど、せっかくの異世界だし魔法使いたいよね――と、`00:03:00`からスタートして徐々に減っていく数字をのほほんと見守っていたその時、
「英斗は、アタシが担当した最後の要更生者よ」
空気が、変わった。でも普段みたいな凍えた殺気が駆け抜けるんじゃなくて、もっとこう……切なさが掻き立てられる細雪が降り始めたような、そんな変化だ。なんとなく振り向かないほうがいいと察した僕は無言のまま、余った薬缶の湯を使ってカップを温める。
「要更生者は死人と違って、文字通り更生の必要ありと見なされた人だから意思が必要になる。本来は窓口が覚醒させて、担当になるステータスと一緒に説明してから異世界に送る仕組みなの」
記憶がなければ犯罪者も大人しいもので、大半は窓口から掻い摘んで聞かされる経歴に「嘘でしょ?」とか「犯罪者ってマジかよ……」って感じに驚愕するらしいけど、稀に「人を罪人呼ばわりするな!」とか「巫山戯んな!」って本能的に突っかかってくる根っからの罪人もいるらしい。そういう人の輪っかは僕も待合室で見た、血の滴るような赤だそうだ。
「三つ子の魂百までもって言葉あるでしょ。あれガチだから、百どころか死して尚だから」
黒輪っかはともかく、赤輪っかの罪人はリインさん曰く性悪説がヒトの形になったもの……息をするように人の物を盗んでは陥れ、果てには命を奪う。一貫して無自覚な者もいれば「これこそ自分の本質」と開き直る者もおり、ステータスが止めても素直に引き下がるふりをして裏で悪事を続行する要更生者もいたらしい。
「`俺のステータスのくせに`」
「っ!」
「英斗の前、いやその前の要更生者だったかな。再三に渡るアタシの警告を無視して放火した罰として巨大モンスターと戦わせたら……そう言われたの」
溜まりに溜まりまくった身勝手さへの怒りが爆発したわ、とリインさんは笑い話みたく言うけど――僕は知ってる。
――僕のステータスのくせにっ、なんで意地悪すんだよ!
同じ言葉をステータスに浴びせたから知ってる、リインさんがどれだけ傷つき悲しんだか。合法的に甚振りたいとか言ってたけど、きっとそれだけじゃなかったはずだ……そうじゃなきゃ警告なんてしないもん。いつでも動けるように見守ったりなんか、絶対しない。
(……振り返るな)
きっとリインさんは顔を見られたくないだろうから、と深呼吸でぐっと堪える……それでも唇は「ごめんなさい」って動いちゃったけど。
「……で。ステータスから窓口への転職を真剣に考え始めた頃にやって来たのが、英斗」
性悪説の権化である赤輪っかのほか、綺麗でも汚れ過ぎてもない一般人が灰色輪っかで、やむなく罪を犯した罪人が黒輪っか――英斗くんは黒だったそうだ。
「マジの事なかれ主義者の話、覚えてる?」
「……英斗くんのことだったんですね」
「そ。経歴には`刺殺`って書かれてたけど、あいつの死因は`笑顔`よ」
それも作り笑いじゃない、心からの`笑顔`に殺されたのだとリインさんは言う。この時僕は正直……リインさんが言った`心から`って部分をスルーして、詐欺師とかが常時浮かべてて真っ当な殺意を誘発する笑顔を勝手に想像したんだけど、
「無理に貼り付けた笑顔に、仕事の手段として表情筋の一部になった営業スマイル。それに狡猾な下心が乗っかった愛想笑い。あとは悪意の滲むクソみたいな嗤い顔と王道の笑顔。べつに意識なんかしなくても、だいたいの雰囲気で区別つくでしょ? けど英斗は区別がつかない――つかなくなったの」
本物の凶器となった笑顔の脅威は、そんな微温いもんじゃなかったようだ。
――ニコニコ、笑顔と慈愛こそが正義なの
それが彼の両親の座右の銘だったらしい。生命のなかで唯一人だけが持つ喜怒哀楽の源こそ、笑顔。喜びや楽しさが溢れてる時はもちろん、悲しみに暮れ怒りが湧いている時でさえ、その裏側には`笑ってほしい`という願いが込められているという教えと一緒に育てられてきた英斗くんは、文字通り笑顔と慈愛の絶えない優しい子に育った……けど、
「八歳の時に、あいつの両親が流行病に罹って病死したの」
笑顔はそのままに、温もりだけが幼い英斗くんの傍から消えた。その後は葬式の手配だの資産相続だの、身元引受だので親戚が勝手に騒いで――その時に向けられた冷たい`愛想笑い`が、たぶん最初に彼の歯車を狂わせたとリインさんは言う。
「`ご両親が残したお金はぜんぶ貰うけど貴方は施設で暮らしてね`なんて言われたら、知識がない子供でも違和感くらい覚えるでしょ?」
「えっ、英斗くん了承したんですか!?」
「親戚一同、笑ってたからね」
ニヤニヤと、それはもう火葬場の従業員がドン引くほどの気色悪さを隠そうともせずに……でも`笑顔と慈愛は正義`だから、笑ってるからコレは正しいんだ。お父さんもお母さんも「一人になっても笑顔は忘れちゃ駄目だ」って言ってたし、と親戚を見上げる英斗くんもまた笑ってたそうだ……は?
周りの大人バカすぎない? 家族の遺体が焼かれてる真横で、八歳の子供が一人で笑えるわけないじゃん! それに……あんま亡くなってる人のこと悪く言いたくないけど、ご両親もご両親だよ。笑顔は確かに大事だし英斗くんのことを思って言ったんだって分かるけど、呪いになったら意味ないじゃん。
「本来ストッパーであるべき大人がそんなんで同年代の子供が止まれるはずもないから、施設でも学校でも笑顔の奴隷よ」
宿題を押し付けられてもおやつを横取りされても暴言を吐かれても、そこに笑顔があれば英斗くんにとっては正義になる。
「たとえ犯罪でも、ね」
「……へ?」
「人間の欲って底無しのくせに飽き性だから、一つ要求が通ったら次は同等かそれ以上の要求しかしないの」
小中で日常に関する我儘の大半を通した奴らが次に目をつけるのは、自ずと非日常のそれ。高校ではテストの答案用紙の盗み撮りや、コンビニでの万引きが日常茶飯事になってたって……なにそれ。調子にのって要求するほうが絶対的に悪いけど、英斗くんもおかしいよ。相手が笑ってるからって受け入れていいことじゃないよ!
「さ、さすがに誰か止めたでしょ!? ずっと誰にもバレないなんて有り得ないし!」
「教師にも店員にもバレバレよ。もとがお人好しの性格だから、本来盗みとか向いてないもの」
何度も警察に突き出されては謝って施設の大人からも厳重に注意されて、その瞬間の英斗くんが心から反省してることは誰の目から見ても明らかだったのに……彼の罪は重なる一方だった。もう一度「盗んできて?」と笑う顔が視界に入るだけで、そっちが正解になってしまうから。
英斗くんの心も倫理観も、とっくに壊れてたんだ。高校卒業が迫った頃になってようやくその異常性に気づいた無能な大人たちは、彼を精神病院に入れる準備を進めてたみたいだけど……その前に決定的な事件が起きたとリインさんは言う。
「クラスのカースト上位者が、卒業式当日に面白可笑しく悪目立ちしろって笑いかけたのよ」
「悪、目立ち」
「卒業証書を破くとか校長を殴るとか、そんな低レベルの`悪目立ち`を想定してたなら……驚いたでしょうね」
自分の喉、壇上で掻き切ったんだから――英斗くんが最期に犯した罪。本人の与り知らぬところで積もり積もった笑顔への報復のようにも思えるそれは、自殺だった。僕は限りなく溜息に近しい深呼吸をすると、手の甲を思いっきり抓る。もう胸糞悪いなんてもんじゃないよ。
ここが自分の厨房だったら、目の前の食器を薙ぎ倒してただろうけど……堪えなきゃ。ただでさえリインさんのお茶駄目にしちゃってるし、なにより聞いて想像してるだけの僕より……言葉で掘り起こしてる彼女のほうが、ずっと酷い気分のはずなんだから。
「終わりよ」
「ぁ、はいありがっ……え?」
「だから話は終わり。歌詞作りだか菓子作りだか知らないけど、こんだけ話したんだからそれに見合う出来にしなさいよ」
あと暫く一人になりたいから帰ってと苛立ったように髪をほどくリインさんは、僕の想像以上に限界が近いみたいだった。`ありがとう`も`ごめんなさい`もなんか違う気がして、結局無言で頭を下げて足早に厨房を出ることしかできなかった。当たり前にステータス時代の二人の話も聞くつもりでいた自分が、無神経で情けなかった。
「……歌詞、どうしよ」
自分の厨房に戻ってきた僕は、泥に沈む感覚で調理台に突っ伏す。なんか今回は歌詞のための情報を集めたら集めた分だけ、歌の完成から遠ざかってる気がするよ。
(……でも)
――生きるのが下手だったの
――自分の喉、壇上で掻き切ったんだから
(なんかリインさんと英斗くんって、似てる気がするんだよな)
アディさんとレイさんが鏡合わせなら二人は背中合わせっていうか、とそれっぽい感じにちょっと纏まりかけた瞬間、
「不味っ☠✖■☢●※▼☣……!」
リインさんの呻き声と食器の割れる音が重なって聞こえた、と同時に僕は思い出した。彼女の昔話を聞き始める前におかわりのお茶を用意してたこと、あまりに壮絶な話の内容に良くも悪くも夢中ですっかりお茶を淹れる手が止まってたこと……茶葉がポットに浸しっ放しだったこと。
「終太郎テメェっ」
でも変だなー、
「よぉくもやってくれたわね!?」
三分経ったら分かるように制限時間の魔法かけたはずなんだけどなぁ――ドスドス近づいてくる足音とバキゴキ鳴らされる拳の音を逃避すべく、僕は不発に終わった魔法について無駄に真剣に考えた。




