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第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[前編⑥]

アタシ、生きるのが下手だったの――byリイン

 ……ドォオオォオン!



「ひょわえっ」


 さっきの特大振動で終いじゃなかったのかよもう嫌怖いっ――メイド長から照れ隠しのようなとばっちりの鉄拳をくらった僕は、言いつけ通り厨房でディナー用のデザートについて考えていた。まぁどんだけ頭捻っても……基本的なプレーン味の焼き菓子しか無理なんだけどね? ていうかそれさえも一歩間違えば余裕でアウトだから、ティータイムのホットケーキが及第点貰えたのマジもんの奇跡だから!


「そもそも十代の男子がホイホイとお菓子作れるわけなかろうが!」


 異世界(こっち)じゃ酒場に居候してる冒険者で現世(あっち)でも実家(?)は宗教家っ、どっちにしろパティシエのパの字も掠ってないんだよ僕は……ハァ、とりあえずディナーに出すのはクッキーにするか。同じ皿に一口サイズのフルーツでも添えとけばそれっぽく見えるだろ、と一つ目の問題を半ば強引に片付けた僕は――再び厨房をこっそり抜け出した。


 向かう先はもちろん、震源地である隣の厨房だ。ていうか今更だけど、リインさんはこんだけ暴れててもお咎め無し? 女性同士だと文句言うのが怖いから? それともソウシと同じで見た目が好みだからとか……いやタイプ違うか。ソウシは美形だけど、リインさん気は強くても顔は可愛い系だし。


(じゃあやっぱ怖い方、かな?)


 壁伝いに抜き足差し足からの忍び足で距離を詰めると、床と耳が平行になるような形でそっと厨房のなかを覗いてみる……この体勢、意外と出来るもんなんだ。漫画とかだと本当に真横から首が出てるみたいに見えるから、「マジであそこだけ九十度重力反転してんじゃね?」とか思ってたけど。


(……えぇ!?)


 僕、場所間違えた? だってあれだけの音をさせてたのに、厨房めっちゃ綺麗なんだもん。下手しなくても僕んとこよりピカピカじゃない? しかもほんのりと良い香りもするし……そっと膝を伸ばして目線を上げれば、調理台に並べられた食材が見えた。丁寧に切り分けられた厚めの肉は、たぶん下拵えも終わってる。隣の器に盛られた微塵切りの野菜は、緑と白しかないけど現世でいうところのミックスベジタブルかな?


(破損無しの準備バッチリとくれば、怒ろうにも怒れないよね……)

「なに」

「っ!」


 シャッと聞こえた音に、刃物の腹で耳たぶを撫でられたような寒気を感じた……感じただけで、実際は迫ってすらなかったんだけど。件の包丁は調理台の向こう側、丸いスツールに腰掛けたリインさんの手の中で丁寧に研がれていたから。


「出てきなさいよ、アタシの気が変わらないうちに」


 研いだ傍から、ダンッと力いっぱい調理台に突き立てられたけど……僕は気休め程度に深呼吸して、「失礼します」と一声かけてから厨房内に踏み込んだ。角のほうに重ねて置いてあったスツールを一脚借りると、調理台を挟む形でリインさんの向かいに座る。その際にもう一度見やった壇上の食材たちはやっぱり美味しそうで、その手前に直立不動で立ってる包丁には一筋の罅も入ってない……刃先がめり込んでる台は蜘蛛の巣状に割れてるのに。


「ぁ、あのリインさ――」

「同情しない、余計な介入しない」

「へ?」

「まずこの二つを約束して」


 じゃなきゃ何も話さないし今すぐにでも出てくから――刃物の腹と重なって見えた可憐な横顔は、本気だった。前者はともかく後者はだいぶ抽象的でセーフラインが今一つだけど、僕は「約束します」と控えめに小指を立てた。真剣に、ノリと勢いで立てた。


「なんか嘘臭い気もするけど、まぁいいわ」


 腹の中で煮立たせとくのも限界だったし、黙秘を貫いた分だけ面倒が降りかかると現状が物語ってるから――ぉ、押し通せた! 「マジかよっ」という感激と「適当に返事して申し訳ない」という罪悪感で背筋が妙に伸びる僕をよそに、リインさんは立ち上がってお湯を沸かし始めた。お茶、淹れてくれるのかな……エリムちゃんと働いてる時も密かに思ってたけど、リインさんのポニーテールとエプロン姿似合うなぁ。


「アタシ、生きるのが下手だったの」

「ぃ、生き……へ?」

「`頼んだら引き受けてくれるから`とか`先回りして気を遣ってくれて便利だから`とか、そんな理由でしか人が寄り付かない都合のいい道具箱だったのよ」

「……嘘でしょ?」


 あのリインさんが? 確かに貧乏くじ引かされることは多いけど、嫌なことは嫌だってどんな状況でも反射で叫ぶようなリインさんが? 僕は「ごめんなさい想像できないです」と一発くらう覚悟で正直に言ったけど、


「そう見えてたなら及第点かなー」


 リインさんは何故かお気に召したみたいで、ティーカップにブラウンティーを注ぐ手つきも僕に差し出してくれる手つきも凄く優しかった。その優しさはお茶そのものにも浸透してたようで、一口「いただきます」と飲んだ傍から肩に入っていた余分な力が甘く解されていく。だから、気づけたのかもしれない……今リインさん、`生きるの`って言った。


「現世のこと、覚えてるんですか?」


 声を震わせた動揺は腕を通して手にも伝播し、触れたままのカップに残ったティーが小さく揺れる。リインさんのほうは「覚えてなきゃ常世人になんかならないわよ」と平然としていて、ブラウンティーの波も僕のそれと違って手首の傾きに合わせた優雅なものだ。


「死んでも同じ人生を繰り返したくないとか、人間そのものに絶望したとか……逆に生まれ変わって尚ぶっ殺したい奴がいるとか」

「えっ!?」

「記憶を抱えたまま審判の待合室にくるのは、死に際にそういう激情を抱えた奴が大半」


 大人しく窓口の説明を聞いてから意思を訴える者もいれば、意識が戻るなり掴みかかってくる者もいたとリインさんは嘆息する……そっか。ソウシが前に言ってた`生まれ変わりを拒否する死人`って、死ぬ直前まで味わったしんどい思いを死してなお引き継いだ人達なんだ。リインさんも英斗くんも、多分ソウシも。


(……ていうか僕も?)

「言っとくけどアンタはただのエラーよ、記憶ないくせに意思だけハッキリしてんだから」


 思い出せないだけで僕にも悲劇のメモリーが、なんて不謹慎な妄想は声にのせる間もなくリインさんにバッサリ否定された。僕の担当になったこと、まだ根に持ってんだろうな……そりゃそうか。あそこで(エラー)に会ってなかったら監視員としてこの異世界に出張することも、英斗くんと再会することもなかったんだもんな。


「べつに、今はそれほど悪くないと思ってる」

「……?」

「監視員のこと。窓口は基本座ってるだけだから身体鈍るし」


 合法的に思いっきり身体を動かせるのは有難いとそっぽを向きながら、リインさんは僕の前にコトッと小皿を置いた。クッキー、いやビスケットかな? でも「ぉ、お菓子までありがとうございますっ」とつまんでみるとケーキみたいにふっくらしてて、なんだか懐かしい感じがする焼き菓子だった。


「美味しいです……!」

「そりゃどーも」

「もしかしなくても手作りですよね? これだったら僕じゃなくて、リインさんがデザート担当すれば良かったのに」

「…………」

「……英斗くんの好物、だったんですか?」


 モソモソとふっくらビスケットを頬張りながら上目遣いで問えば「どんどん勘の良さがアイツに似てきてるわね」って睨まれたけど、突き立てられたままの包丁が飛んでくる気配はない。彼の話からするとゴッソリ気力を削られるから後回しだと言って、リインさんは自分のカップを傾けて喉を潤した。


「子供ってさ、誰に教わったわけでもないのに`人の役に立って周りに合わせたら好かれる`って思い込んでるでしょ――アタシもそうだったの」


 家では共働きの両親が少しでも楽をできるようにと家事洗濯を率先して熟し、学校では怪我をした人や忘れ物をした人のために絆創膏や宿題のコピー等を準備し、地区の大掃除や学級委員の仕事といった大多数がやりたがらない事も引き受けて、`良い子`になろうとしたとリインさんは言う。自分が()()()()()()()と分かっていたから()()()()()()()()()()()()()()()と……バンッと、僕はお茶やお菓子に影響が出ない程度に台を叩いた。


「リインさんは口が悪いだけの良い子でしょ!?」

「それしか能がないみたいに言うな!」

「んぐっ」


 包丁もポットの熱湯も飛んでこなかった代わりに、残りのビスケットを全部口に詰め込まれた。うぅ、頬っぺがパンパンだ……もっとちゃんと味わいたかったのにと満足に口も閉じれないまませめてゆっくり咀嚼するも、リインさんには「自業自得よ」と鼻を鳴らされてしまう。


「でも、アンタみたいなのが本物なのよね」

「おんほほ?」

「アタシみたいな計算じゃない、天然の良い子ってこと」

「…………」


 だからリインさんは良い子だって、未だビスケットでパンパンな口の代わりにジト目を向ける。でも返ってきたのはやたら優しい眼差しで、なのに「順番通りに数式を解けば絶対に答えが出る、数式が多ければ多いほど答えも多く出る……なんて紙の上と人の感情を一緒に考えてたんだから、当然よね」と呟く声は自嘲じみてて、せっかくのビスケットの味も飲み込む頃には分からなくなっていた。


「小学校、中学年くらいだったかな? 体育の時間に転んだ友達に`絆創膏ちょうだい`って言われたんだけど、生憎切らしちゃっててさ」

「……文句言われたんですか?」

「まぁ文句っちゃ文句ね」


 切らしたなら、保健室で補充してくればいいじゃん――友達、だと思ってたクラスメイトは何でもないことのようにリインさんに言い放ったらしい。クラスメイトにとって彼女から何か貰うことは自販機から飲み物が出てくるのと同じくらい当たり前で、でも自販機じゃないからお金を投入する必要はないしお礼も必要ない……は?


 なんだその一方的な搾取はと静かにキレる僕に、「人にとって`当たり前`は感謝するものでも愛するものでもない、文字通り当然のことなの」と嘆息するリインさんはやっぱり静かだった。情緒が平坦、諦め切ってるとも言える……なんで? そんな理不尽、リインさんなら末代まで呪うくらい根に持ちそうなのに。


「ビスケットもう無いし、ぶち込むなら熱湯かなー」

「ねっ!? ご、ごめんなさいそれだけはご勘弁を……!」

「さすがに冗談よ。言い方はともかく、ショックが引かなかったのは本当だしね」


 自分で蒔いた種とはいえ、親にも`当たり前`って受け取られたんだから――体調不良で普段やっている掃除を任せていいかと言ったリインさんに、母親も父親も口では「分かった」と返したみたいだけど、その目は「なに言ってんの貴方の仕事でしょ?」と冷め切ってたらしい。嘘だろ、と僕は愕然とした。役に立って愛されたいって積み重ねられた娘の努力を、他でもない家族が当然の二文字で受け入れちゃったの?


「受け入れちゃったの、アタシもね」

「……?」

「そこで`テメェら人の厚意をよくも`って自立できたら良かったんだけど……怖くて出来なかったの」


 使えない奴と見放されるのが怖くて、これまで通り自販機でやっていく道を選んだとリインさんは零す。そんな、自分が情けないみたいに言わなくても……怖いと思って当たり前じゃんか。さっきは根に持つとか分かったふうな口叩いたけど、やっぱり十歳にも満たない女の子が一人で立ち向かえる問題じゃないよ。


「親はともかく、クラスメイトはクラスが離れるか卒業して学校が別々になればリセット出来るって期待した時期もあったけど……人の口って残酷よね」


 彼女に頼めば何でもやってくれる、無償の何でも自販機――絆創膏の子を始めとするクラスメイト達がいつの間にか広めていた噂のせいで、リインさんはクラスが変わっても学年が上がっても損な役回りから降りられなかったと言う。


 それこそ卒業して中学や高校に進学しても、偶然か否かしつこく同じ進学先を選んできた級友という呪いのせいで以下同文……そんなことが、あるのか? 信じられないっていうか同じ人間として最悪な気分だ。身勝手な学生の時点でそんなだったなら、もっと狡猾な大人が蔓延る社会人の時は輪をかけて酷かったはずだ。


――記憶を抱えたまま審判の待合室にくるのは、死に際にそういう激情を抱えた奴が大半


 リインさんには記憶がある。つまり寿命が尽きるその瞬間までずっと、それこそ旦那さんや子供にも自販機扱いされてきたってこと?


「そ、そんなのって!」

「ま、大学入ったら流石に我慢できなくなって終止符打ったけど」

「そんなのってなっ……い?」


 ぇ、大学で終止符? じゃあ結婚した後は大丈夫だったのか……ってそりゃそうか。自分の妻であり母である女性を自販機と同列に扱う旦那も子供もいないよね?


「人生っていう糞みたいな楽譜に、終止符をね」

「……人生?」

「そ、大学の文化祭の開幕と同時にね」


 祭りを楽しむ気満々の生徒と教員、それから呑気にやって来た両親の目の前で自殺してやったのよ――どうして、その可能性に気づかなかったんだろう。寿命を全うしたなんて一言も聞いてないのに`リインさんだから`って勝手に長生きしたことにして、怖かったって本人の口から聞いたばっかなのに……どう声をかけていいか分からなくて俯く僕とは対照的に、リインさんは「あの時の呆け面は傑作だったわ」と肩を揺らして嗤っていた。


「最初こそ余興だと勘違いして口笛吹いてた奴も、アタシが本気だって分かると蒼褪めてね」

「……めて…」

「自称級友も両親もペラペラと必死こいて謝り始めて、おかしいと思わない? 謝るってつまり`当たり前`じゃなくて、`悪いこと`って分かっててアタシに自販機やらせてたってことでしょ?」

「……て、よ…」

「まぁそんな薄っぺらい謝罪で心変わりするには、自販機歴が長すぎたんだけど」

「やめてよもうっ」


 バンッと再び、今度はカップが倒れるくらい思いっきり叩く。残ってたお茶も当然零れたけど、拭うどころか気にかける余裕もなかった。


「……本当に、終太郎クンは良い子ね」


 音もなく広がっていく茶色い染みを見やりながら、リインさんが吐き捨てる。ゾッとするほどの冷たい声。口元の()みがそのままなこともあって凄い威圧感だけど……怯むなと掌に爪を食い込ませて、僕はリインさんと目を合わせた。


「つらい気持ちを、笑顔で殺さないで!」


 これだけは、絶対に言わないと駄目だから。

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