第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[前編⑤]
まさか、愛憎?――by終太郎
ぇ、英斗くんの話があったかって? あっただろ、その時その時で意見を変える軟体王子って話して……あ…。
「そうだ、エリムちゃんが話してたのはエレジルフ王子のことだ」
英斗くん自身のことじゃないと僕が続けて呟けば、「そういうことだ」とソウシがヤンキー座りで目線を合わせてきた。王国の歴史や王子の話を聞いたのはあくまでも背景の一部として知っておくためで、バースデーソングの根幹を成すのは彼自身の話だと……そうだよ、`エレジルフ`より`日暮英斗`のほうが本名としてしっくり来るって英斗くん自分で言ってたし。
「でも、それってさ」
「是が非でもリインから聞き出す必要があるな」
「……無理じゃね?」
容赦なく飛んできた包丁と絶壁のような眼差しを思い出しながら、チラッと店のほうを見る。と、神様の情けか嫌がらせかリインさんが表に出て接客をしていた。悪く言えば上から目線、良く言えば姉御肌な対応は意外と女性客に人気のようで、一見面倒臭そうに見える表情のなかにも満更でもない感じが出ていた。
「…………」
「っ……」
僕がジッと見てたのに気づくと、全部削ぎ落とされたけど。それでもお客さんに話しかけられたらパッと彼女なりの接客スマイルで上書きして向き直るんだから、さすが常世の窓口を務めてただけあると思ったけど、
――アンタがあと一人分遅く死んでくれれば良かったのよ!
本能が否定するみたいにリインさんとの窓口での初会話が甦り、「ないな」と僕はお盆の陰でボソッと頭を振った。あれ現世でやったらクレーム一直線だから、ブラックだと上司から減給指導が入るレベルだから。
(となると、リインさんの態度は)
――ほら、リンの相棒の……!
(窓口じゃなくてステータスの時のスキ――)
ブォオオォン!
「ぶほっ」
なんか飛んできたっ、ついでに顔面にめり込んだ! こ、この硬さと目元に感じる曲線……手探りで顔の物を引っこ抜いた僕は「……うん」とジト目になる。店のほうからすっ飛んできた物体は、配膳用のお盆だった。僕じゃなかったら余裕で眼球潰れてるよと丸いソレを盾にしながら店のほうを窺えば、リインさんが凄い剣幕でこっちを睨んでいた。
さっきと違って周りの客が「なんか飛んでったよ!?」ってビビってもフォローは愚か、一瞥すらしない。おっかしいな僕声に出してなかったと思うんだけど……彼女にとって`ステータス時代の自分`っていうのは、僕みたいな他人が心に思い浮かべることすら許せないほどの黒歴史なの?
「ほほ~ん?」
「ひぇ……!」
リインさんに睨まれてる僕、を見ているソウシがなんかニヤニヤし始めた。しかもこれは絶対の絶対マジで良くねぇことを思いついた時の`ニヤニヤ`だ! 案の定「流石じゃじゃ馬、真っ向からじゃ無理でも怒りが突っ切れば自分でボロを出すってか?」とか悪い顔でブツブツ言い出しやがった!
「終太郎、[ピジョンメッセ]でハルデルトに依頼しろ」
「なななななんて……?」
「ヒッヒヒヒ(黒笑)」
俺とお前、それからじゃじゃ馬を誕生祭まで王城で雇えってな――一点の陰りもないギラッギラの太陽を背負って言い放ったソウシは間違いなく、話で聞いただけの魔王よりも魔王らしいゲス顔を晒してたと思う。僕は春風に靡くタンポポ綿毛のような気分で、否定も肯定もしないままただこう思った。
(せめて`馬`単体じゃなくて、`じゃじゃ馬`全体に`リイン`って振り当ててあげなよ)
◇◇◇◇
「ちょっとパティシエ君、デザートはまだ!?」
「は、はい只今っ」
小麦色に焼けた二枚の生地を破かないようにひっくり返して重ねるように皿に盛り付けて、最後にゴギーのミルクから作った特製バターを天辺に飾って……っと、完成だ!
「デザートのホット焼き、できました!」
盛り付けが崩れないように皿を差し出せば、キリッとした面立ちのメイド長がその神経質そうな眼差しで仕上げのコーティングをするみたいに二枚のケーキを見下ろして、
「……王子の予定は分刻みで決まっているのです」
食事の用意が一秒遅れるごとに公務が一分遅れると思ってください、という実に分かりにくいOKサインを出してからワゴンにのせて運んでいった。僕はといえばとりあえず放ったらかしたままのボウルやフライパンを洗って、同じく出しっ放しにしてた粉の袋を棚に片付けて、一息つこうとして、
「……じゃねぇだろぉおおぉ!」
配属先であるデザート専門厨房を超全力ダッシュで飛び出した。だだっ広い通路のど真ん中に敷かれたフカフカ赤絨毯の上を走って、すれ違う使用人に叱られては謝ってまた走って、ピッカピカのゴッテゴテに磨きデコられた階段を駆け上っては下りて、
「説明しろよソウシぃいいぃい!」
相棒が配属された地下のワインセラーに怒鳴り込んだ。なんか扉に《試作中より入室禁止》とか札が掛かってたけど知るか!
「あ? 説明?」
こんにゃろっ「空白込みで三十九行前を読み返せばいいだろ」ってシャンパンタワーの組立てに夢中で僕のほうを見もしねぇ! ていうか読み返しても`俺とお前、それからじゃじゃ馬を誕生祭まで王城で雇えってな`って結果しか書いてないんだよ! 僕が求める説明ってのは!
白いコックコートに黒のコックパンツに腰エプロンっつう見るからにパティシエな格好をして! まんまパティシエとして冒頭から厨房に放り込まれてた経緯だよ! あとお前が赤いワイシャツに黒のソムリエベスト着て文字通りソムリエやってる経緯もな!
「確かにお前に脅されるがままハルデルトさんに鳩で依頼してっ、ビックリするくらいすんなり通ったけど!」
「人手不足だったんだろ? なんせ本番前の前座パーティーだけに一ヶ月も使うらしいし」
前座パーティー、つまりエリムちゃんのご両親たちが駆り出されてる屋台のドンチャン集いに一ヶ月も要するわけで、その統率には王都のギルドやハルデルトさんが募ったボランティアの人たちの他に、城の使用人たちも駆り出されてるらしい。
で、中心たる城内にはハルデルトさんとさっきのメイド長を含めて十人いるかどうかという枯渇ぶり……そりゃ僕らみたいな素人の手でも無いよりはましと考えたくもなるだろうけど!
「なんでよりによって厨房担当!?」
「俺は警備兵が良かったんだけどな」
「いやそれも物騒だけど! じゃなくて掃除係とか雑用係とかさ!」
「それ同じじゃね? なんか臭そうだし」
「喧しいわ!」
とにかくもっと責任が軽い仕事でも良かったんじゃないのかと抗議しまくる僕をよそに、最後のグラスを並べ終えたソウシはひょいと傍らの樽に跳び乗ると、持っていた瓶を傾けて……星空みたいなお酒を天辺から注いだ。
液体がグラスに当たるたびにキラキラ音が鳴って、まるで星屑が踊ってるみたいだ。お酒の鮮度を保つためか、円形のワインセラーは広さのわりに明かりが抑えられててそれがまた絶妙な塩梅で……ってちょっと待て。
「そのお酒、使っていいの?」
「…………」
「…………」
「絶滅危惧酒、ではないはず」
「初めて見たなその字面!?」
てか城の酒って時点でアウトだろっ、と叫んだ僕を咎めるみたいにズォンッと頭上から凄い地鳴りが……いや違うな。
「なんでリインさんまで連れて来ちゃったかな!?」
コレは本題のなかの本題を思い出せって警告だ、たぶん。声を潜めた分だけ身振り手振りで訴えれば、どうにかソウシは僕のほうを向いてくれたけど……その双眸は面倒だって諸に語ってる。三人でって言ったの、他でもないお前のくせに。
「えー……」
「……?」
「二、四、六――」
「いや行数遡っとったんかい! 面倒って説明じゃなくて数えることが!?」
そら面倒だわってか遡っても書いてないから聞いてんだよっ、という僕のツッコミが効いたのか自分でそこに思い至ったのか。ソウシは「あいつがじゃじゃ馬だからだ」と呟いて、シャンパンタワーの端のグラスを指で弾いた。ちょっ危ない崩れっ、はしなかった。それどころかタワー全体が共鳴したみたいに輝き出して……もしかして、振動させたら光るお酒なのかな?
「あのタイプに泣き落としや懐柔は通用しねぇ、頑固さに拍車が掛かるだけだ」
「ぉ、おう」
「だったらいっそ逆鱗ブチ抜いて一切合切暴露させてやろうかと」
「どこの特攻隊だよお前は!?」
言ってることは多分正しいけど相手はリインさんだよ!? 一切合切の暴露より森羅万象の破壊が先じゃね!?
ズォンッ、ズォオオォオンッ。
主に物理的にさ!? 地鳴りの根源は100%厨房が設けられてる階……もっと言うと僕が放り込まれたデザート専門厨房の隣に位置するミートディッシュ専門厨房、さらにもっと言うとリインさんがぶち込まれた場所! んで此処ずーっと階を挟んだ地下なのね? にも関わらずこの真上から轟いてるような音と激振動よ!?
「こんな状態で英斗くんの名前なんか出したら……いや出そうと息を吸ったらっていうかもう頭に思い浮かべた時点で殺されるって!」
浜辺で飛んできたお盆や殺気の比じゃねぇよと二重の意味でガバッと抱えた僕の頭に、
「アレが、澄み渡った完璧な憎悪だったらな」
ソウシのその言葉は妙にすんなりと入ってきた。完璧な憎悪、と復唱しながら顔を上げれば「思い当たる節あんじゃね?」と言わんばかりの視線とかち合う。
――誰よアンタ
――アンタなんて知らないから
――もう黙れカスが
「……まさか、愛憎?」
「ご名答」
実にじゃじゃ馬に相応しい悪感情だ――というソウシの不敵な笑みとセリフは、
「何をやっておいでで?」
バンッと扉を開け放ったメイド長の声に、それはもう綺麗に掻き消された。そういえばデザートは作り終えたけど普通に業務時間内だっけ……ぎこちなく振り返ればおっかなく光ったレンズ越しに目が合ってしまい、内蔵が縮こまった僕は首根っこをガッシリ引っ掴まれる。
「ソムリエ君、あなたも新人だったわね?」
あああああああああああシャンパンタワー丸見えだぁ! ヤバいよ僕の持ち場放棄の比じゃないよコレは!? 最悪即クビっ……、
「定番のシャパーニュじゃなくてスターシャープを選択するとは、なかなかのセンスね。誕生祭本番でもお願いするわ」
「イエッサ~♪」
じゃねーのかよなんでだぁああぁ! いや事実スゴい出来だし怒られるより全然いいけど!
「貴方はさっさと持ち場に戻る! それからディナーのデザートに向けて準備なさい!」
「ひぇええっさぁ……!」
な、なんか僕だけ扱い雑じゃありません!? ワインセラーを強制退室させられた後もズルズルと通路を引きずられるなか、僕は声に出してツッコみたいところをどうにか抑えていた。
実績の有無? ホットケーキ、じゃないホット焼き作ったじゃん! 城内爆走したから? でも誰ともぶつかってないし注意してくれた人には一応謝ったし、調度品も壊してないよ!?
「あのソムリエ君」
「……!」
「ちょっと幼い気もするけどタイプだわ❤」
「いやアンタの趣味かーーーーい!?」
こればっかりは堪え切れなくて最大ボリュームでツッコんだ。で、「お黙りなさい!」って振り返ったメイド長に手刀をぶち込まれた。
✝✝✝✝
「……さぁてと」
リインがどうとか散々喚いてたけど、お前も人のこと言えねぇくらいドンチャンやってるぜ終太郎? せいぜい、あの厳格そうに見えて全然チョロいメイド長様にしごかれてこいや――で、俺が与えた`愛憎`っつうキーワードを上手く活かしてリインにカマ掛けろよ?
「アジュバントスキル[実体化]停止」
俺は俺で、その間好きに探らせてもらうぜ。終太郎にはまだ言ってねぇってかぶっちゃけ聞かれねぇ限り言うつもりねぇけど、[実体化]スキルって解くことできるんだよな。で、解いた時の俺って一言で表すなら万能型透明人間。能力はそのままであらゆる場所に潜入可能、骨の髄まで調べ放題ってわけよ。
(本来ならスパイ映画みたく、終太郎と秘密部屋に忍び込んでウギャーワッハッハする算段だったけど)
配属先があちこち行っても割と怪しまれない警備兵じゃなく、少数なうえに活動範囲も限られてる厨房ってのは誤算だった。スリル満載の隠密潜入はお預けだなと、俺はとりあえず扉をすり抜けてワインセラーの外に出る。
おーこの何とも言えない透明感は、山里までの道中で[クリアウト]を使った時以来か。にしても地下となるとマジで人気ねぇな……そのぶん提示された通路を半歩でも外れると、無数に設置された[フィッシャートラップ]のエアver.に引っ掛かって文字通りまな板の上の魚にされるみてぇだけど。
(資料室、いや城なら書庫か)
時にジグザグに、忘れた頃にまっすぐに。実体がねぇとはいえプロが施した罠だ、空気の揺れとかで感知される可能性も考慮――する必要なんて微塵もねぇんだけどな! 俺カンストステータスだし? ただそれっぽく動いたほうが見栄え、っていうか読み栄えすんだろってだけだ。
(……んー…)
なんか物足りねぇな、と感じてすぐに「栄えねぇし体力消耗が加速するだけだろ!」って終太郎のツッコミを期待してた自分がいることに気づいて――以降は、表情ともども無駄な動きを一切削ぐことにした。加えて束になった紙面独特の匂いに意識を集中させれば、目的地の書庫到着まで一分足らずだ。全くもって効率的でこれっぽっちも面白くねぇ。
(おー無駄に広いっつうか、さっきのワインセラーが四角くなっただけじゃん)
外装はもちろん通路もそこそこ凝ってるっつうのに、一枚扉をくぐった先は似たり寄ったり。終太郎のいる厨房も表の看板外したら、どこがどこの担当だか分かんねぇレベルのそっくりキッチンだからな。
(あーなになに? 城の歴代写真集に王子の成長アルバムに絵本にフルコースレシピ本に……って巫山戯とんのかコラァ!)
どこの民家の本棚だよ! せめて市民図書館程度には一般的な本ぶち込んどけやレシピ本は厨房に置いとくもんだろっ、と持ってた本をそっと激しく棚に戻しながらシャウトする。あぁ? 今透明なんだから本触れねぇだろって? 本に触れる前に再発動させたに決まってんだろ行間読め!
(……ってツッコんだ瞬間にそれっぽいの見つけちまったよ)
オンボロに見せかけて、他のどの本よりも厳重かつ丁寧に施錠魔法[チェーンディアン]の鎖でグルグル巻きにされてる糞ゴッツい本をな。通常の異世界人ならこじ開けるどころか触れることすら出来ねぇだろうけど、
(アジュバントスキル[擬似同化]、発動)
相手は、俺だからな――赤黒い包帯に覆われた両手。俺自身のでも終太郎のでもない青年の手で背表紙に触れた上でそいつの魔力を流し込めば、頑丈そのものだった鎖は自分から外れてくれた。
弾けて消えちまわねぇよう鎖を受け止めて手首に巻きつけ、俺はフッと息を吹きかけて表紙とページを一気に捲る。もちろん当てずっぽうじゃねぇ、ちゃんと一文一文に目ぇ通した上でのスピードだ。
――この街から出てけ失せろじゃなきゃ死ねっ
(十三年前の【暗器狩り】と)
――すまない、止められなかった
(七年前の【魔浸の残骸】……からの【脱走兵保留問題】か)




