第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[後編①]
`欠片でも信じたい`なんて生温い正義こそ、絶対に許されへん`悪`や――by???
アタイが初めてアイツに会ったのは、七歳の時。アイツは乳臭い赤ん坊だった。お母様……アタイらの女王陛下はアイツの出産とほぼ同時に亡くなったから、お包みと一緒に抱えてたのは国王陛下だった。乳母に任せないで自分で抱っこしてたのはお父様として立派だと思うけど、慣れてない感ありありで、アイツ愚図り泣く一歩手前だったっけ。
――妻の忘れ形見、エレジルフだ。我ともども、護衛をよろしく頼むぞ
――はっ! 陛下の至宝、アンガットの名に懸けて必ずやお守り致します
アイツを抱えたまま玉座から命を下す陛下に、短い階下にいた母ちゃんがまず膝をついて頭を垂れる。続いて間隔をあけて後ろに控えてた父ちゃんと、その前後にズラッと整列した一族の仲間たちが同じように敬意と誇りを示した。仁王立ちしたまま陛下の腕の中のアイツを見つめてたのは、アタイだけだった。
――こらマユ!
――……へ?
たぶん、赤ん坊っていう存在が物珍しかったのかな。アタイより小さい子供は一族にもいる。けど暗殺を生業にしてるだけあって、生まれて間もない赤子は一族のなかでも隠すように育てて、物心ついてから外の世界を教えられてたから……当然アタイも。
――君が良ければ、抱いてみるかい?
――へ、陛下そのように恐れ多いことっ……
――うん
――マユ!?
慌てる母ちゃんと父ちゃんをよそに、アタイはつかつかと玉座へ続く階段を上ると、改めてアイツの顔を覗き込んだ。バイオレットの髪は生まれ立てよろしくツンツンしてるけど、伸びたらムカつくくらいサラサラになるわね。うわー目ぇデカいしくりっくり、本当に男かよ。
――うぅ、あっぶ!
――んぎゃっ
いつの間にか顔を近づけ過ぎてたみたいで、小っこい指に鼻ひっ掴まれた。玩具と勘違いしたらしいアイツはキャラキャラ笑ってるけど、アタイとしては冗談じゃないよ痛いっての!
――ぶぅ、あぶっぶぅぶ
――ちょっ、と!
――んきゃっきゃ、ぁぶぶぶぅ
――んぐ……
悔しいけど可愛いなこの生き物! 母ちゃんには唸り声を咎められたけど、陛下には内心っていう下心をバッチリ見抜かれたみたいで、「こう、首元に注意して包み込むようにね」と見様見真似で構えた腕の中にアイツの身体を預けてくれた。小さかった、見た目よりもずっと。それから柔らかくて温かかった、見た目よりもずっとずっと。
――きゃっきゃ、うぶぅぶぶ
――~~~~っ!
気づいたら、壊さない程度の力で抱きしめていた。血の繋がったお父様に抱かれて愚図ってたくせに、赤の他人のアタイにこんな無防備に笑いかけてさぁ……ボソッと「アタイも赤ちゃん欲しい」って呟いたら色んな意味で真っ赤になった母ちゃんに頭叩かれた。
完全不意打ちだったのにアイツ落とさなかったアタイ凄くない? 母ちゃんも父ちゃんに指摘されて気づいたみたいで、蒼褪めて陛下に平謝りしてたよ……結果的にこの時のアタイの守りの姿勢が気に入られて、
――いい? アタイの言葉を真似すんのよ?
――うぅ?
――`マユ`
――ぅーう!
――似てるけどちょい違う、`マユ`!
――ぶぅぶぶ!
――さっきより音外れてんですけど!?
――きゃっきゃぅぶぶ!
――……もう
陛下から直々に子守りを任されることになったんだけど。夜はさすがに陛下に返したけど昼は殆ど付きっきり、早い時は「ごめんなさいねぇ……マユ姉様に会いたいって泣き止まなくて」という乳母の決まり文句が朝のアラーム代わりになっていた。
マユ姉様……アタイの名前も満足に呼べないアイツが声に出せる音の並びじゃない。乳母を始めとする使用人や、頻繁に出入りする少数貴族のマダム達が付けた呼び名だった。事情を知らない新人に何度「陛下の隠し子」って勘違いされたかなー。
――……。
――どしたのエジー、魂すっぽ抜けた?
――……んーん。てか魂抜けたら、おれ死んじゃうくない?
二歳、いや三歳だったかな? アイツはボーッと突っ立ってることが多くなった。これが`空を見上げて`とかだったら黄昏てるマセチビで片付けるとこだけど……アイツが見てたのは`人`だった。もっと言うと人の顔。笑った顔。
その姿をこれっぽっちも微笑ましいと思えなかったのは――笑顔を見つめるアイツ自身がまったくの無表情だったから。思い返せば、この頃から予兆はあったのかもしれないね。表情もそうだけど、人があんだけ教えても覚えなかったくせに諦めた頃に突然「マユ」ってペラペラになって。
――マユって、綺麗に笑うよね
――なにそれ嘘臭いってこと?
――んーん……ただ、綺麗だなぁって
――……変なの
朝と夜が来るたびに母ちゃんには「あの方は王子なのよ」って繰り返されたけど、もうこの頃には遠くて従弟、近くて弟って感じだったからいつも「はぁーい」って適当に聞き流してた。むしろ誰からも畏まられる王子だからこそ、アタイみたいに素で接せられるヤツが傍に必要じゃんって密かに胸を張ってたくらいだ。まだ谷間はなかったけど……だから、
――……リン…
――今度は鈴の鳴き真似?
――……うん
いつからかアイツがただ呆けてるんじゃなくて、此処にはいない誰かを見つめてるんだと分かっても、
――隣のナトリ君、最近家から出してもらえないみたい
――隣の隣のキージョ姐も、いつも優しいのに近頃妙に怒りっぽいって話だ
――嘘だろ? 隣の隣の隣のシーリアも様子が変なんだ、空き瓶を捨て忘れた子供を殴ったって
小さな違和感が無視できない豹変へと成り果てても、
――き、菌だっ魔王の残滓だ!
――あの子、獣を殺すのも躊躇ってたくらいなのに……
――自分は……明日も自分でいられるのだろうか?
――おいアンガット処分の噂が出ているらしいぞ!?
――まさか、あの魔法があるでしょ!?
――そうだ我々がどれだけ王族に尽くしてきたと思ってる!?
――けど……念のために子供たちだけでも逃がしておいた方が…
アイツは`媚売り王`にはならない、アタイらを見捨てないって。
――マユ、ちゃんとご飯食べて眠って……元気に大きくなるのよ?
――父ちゃんも母ちゃんも、お前のこと大好きだからな……生きろ!
本当に、本当に馬鹿だった……馬鹿なアタイに、アイツは突きつけやがったんだ。
――恨むならば、この剣を
容赦なく振るわれる勇者の証で、狂気も理性も呑み込む鮮血で、「生きろ」と言って正義の刃からアタイを守ってくれた母ちゃんと父ちゃんの最期の笑顔で! 自分は多くを救うためなら小さな犠牲を厭わない王族の息子なんだって!
――みんなっ、父ちゃ……母ちゃん…!
アタイは逃げた。生きろって言われたんだって自分に言い聞かせて走った。稽古をサボりがちなアタイにそれでも付き合ってくれた兄貴や姐御を置いて城を飛び出して、一緒に花冠を作ったチビ共の傍を駆け抜けて王都を出て……父ちゃんの広い背中も母ちゃんの温かい胸も何もかも振り切って。ただ只管に、身を切るように森を駆け溺れるように川を渡って逃げた……なのに、
――マユには、ずっと笑っててほしいな
アイツのことだけが頭を離れないっ! 誰よりも忘れたいのに、何よりも遠ざけたいのに……いっそ関係なんてなかったことに、したいのに…!
「憎いんか、彼が」
憎いか否かで答えるなら間違いなく憎い、けど。
「ほんなら罰を与えたらええ、死っちゅう罰を」
死!?
「そない驚くことか? 自分の家族も仲間もみーんな殺しよったんやで? 当然の報復やん」
……当然…?
「悪人を罰するんは当然のことや。どうせ反省なんかせぇへんのやから、自分が教えてやらんともっと被害者が増えるだけやで?」
教える……アタイが…。
「せやで――`欠片でも信じたい`なんて生温い正義こそ、絶対に許されへん`悪`や」
◇◇◇◇
「……という感じでもう情報がトルネってて何が何だか…」
「見ろ、俺作・新シャンパンタワーを!」
「って聞けよめっちゃ頑張って説明したのに!」
まぁゴッソリ省略されて行間も糞もないけどさっ――とお馴染みのツッコミを入れた僕は、地下のワインセラーにてこれまたお馴染みの情報共有会を開いていた。なのに肝心のソウシときたら新シャンパンタワーとやらの試作に夢中でよ! 僕が31点の国語力をフル稼働させて要約した三者三様の物語ちゃんと聞いてくれてたんだろうな!?
「そもそもシャンパンタワーの域超えてるだろソレ!」
なんだっけあの……コインとか水とかと合わせて超絶妙にバランスを取ったグラスタワーみたいな!? アレが五重のピラミッドみたいになってて天辺のグラスに薔薇の花束が生けられてんだよ! 現世だったらギネス認定もんだよ!
「それに締めに酒を注いでこそのシャンパンタワーだろ。こんな際どいバランスで注げるのかよ?」
「無論、バッチシ計算に入れてある」
「流石はカンストステータスって違うわ僕の話だよ!」
正しくはエリムちゃんとイリグさんそれからジュリーさんの話だけど、と付け足した刹那。ソウシから茶化すような空気が失せた、気がした。チンとグラスと酒瓶の口が鳴り合わせ、後者から注がれた星屑たちが踊りながらタワーを下っていく。
確か、スターシャープってお酒だっけ? 通常のシャンパンタワーで見た時も十分に幻想的だったけど、今はタワーがバージョンアップしてることもあって城と化した天の川を目の当たりにしてる心地だ……それだけに、
「女王の話はひとまず後回しでいい」
「え……」
「お前も薄々気づいてるだろ、今回の一件には無関係だって」
「無関係ってお前……」
ソウシの冷めた声音が際立つ。まるで触れてほしくないみたいな言い方。ジュリーさんの話でこいつが反応するとしたらやっぱりあのナゾナゾ、じゃない先代勇者の言葉だよね?
――`=`は等号、互いと互いを繋ぐ思いそのものだ。それが欠けりゃ当然、なにも実らない。だから孤独な`王`ができあがる
……本当に、ソウシが先代勇者の言葉を借りたのかな? ウルが、ナージュさんがそうだったように、僕には逆のほうが――先代勇者がソウシの言葉を借りたって考えた方がしっくりくるよ。あの海で聞いたあいつの言葉には、そう感じるだけの説得力があったんだ。
そんなふうに考えることさえ気に入らないのか、ソウシは「昨日の夜、いやもう一昨日か」と言葉を重ねてきた。今優先すべきはイリグさんのこと。予想外の情報がジュリーさんから入ってきたせいでついそっちが悪目立ちしてるけど、そこは変わらないし変えちゃ駄目だって。
「ってなわけで終太郎、新スキルだ」
「ぇ、このタイミングで!?」
「むしろ絶好の機会そのもの★」
バチコーッンとキメ顔で近くの樽にワインの瓶を置くソウシは、変な言い方をすると元通りだった。手間のかかり具合とは裏腹にあっさりとシャンパンタワーから離れると、
「変身」
嘘臭い微笑全開で僕の額を人差し指で軽く突いてくる。え、異世界にきてまさかの特撮ライダーネタ? ポーズ決めたほうが良かったりすんのベルトないけど!?
「いや良くても流石に恥ずかしいからやらないけど……ところで、僕どうなってんの?」
着てる服はもちろん赤髪も、ひっくり返した両手とか持ち上げた片足だって正真正銘の`僕`だ。とても`変身`したようには見えないぞと僕があからさまに訝しんでも、ソウシは意味深に笑うだけで特に説明はしてくれなかった。そのわりにワインセラーを出る時はやけに慎重に人の目を気にしてたから、変わってはいるんだろうな多分。
「そういえばお前のほうは? 英斗くん達の秘術の秘密」
「……あー」
「……?」
「まぁボチボチ、とだけ言っとく」
「……ソウシ?」
これまたいつになく暈した物言いだなと思ったけど、問い質すより先に稽古場である城の裏手に着いてしまった。っていうか目的地ここなの? 人気がないのはいつも通りだし、ソウシが「さてと」って頷いてるから出鱈目ではないんだろうけど。
「終太郎、今からお前は在りし日のイリグだ」




