第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[中編⑩]
たかが三十年されど三十年よ――byジュリー
「呆れた、頭を冷やすためだけに海に飛び込むなんて」
「ぁ、あははは……」
あなた達が強いのはもう知ってるけどだからといって云々、とこれでもかと溜息を吐きまくるジュリーさんに僕は苦笑いしか返せない。心配っていうほどじゃないかもだけど……彼女なりに気にかけてくれてるのは連れて来てもらったこの場所と、今手にしてる温かい法螺貝が証明してくれてるから。
(珊瑚礁、じゃなくてサクラゴ礁の休憩所か)
ゆらりくらりと僕らを囲む桃色のカーテンを見回し、お尻の下でぷよぷよ揺蕩ってる同色のデカい座布団―じゃ絶対にないけど他に形容しようがない―の感触を楽しみながら、ジュリーさんに分けてもらった法螺貝の缶コーヒーに口をつける。あ、微糖だ。
「ぁの……ありがとうございます分けてくださって」
「いいわよ、私もちょっと買い過ぎちゃったし」
小腹が空いたらしいジュリーさんは公務の隙間時間を使って、この法螺貝コーヒーやお魚ビスケット等の菓子を買って帰る途中だったそうだけど……僕にお裾分けして自分の分も呷ってなおパンパンな海藻袋を横目に、思わず「ちょっと?」と漏らしてしまう。ただの買い溜めっていうより、気になった商品を詰めれるだけ詰め込んできた気がしてならないんだよなぁ。プルタブ―と思しき栓―の開け方も知らなかったし……それに。
「護衛のマーメイドさん、一人もいないんですか?」
「当たり前でしょ? 連れて来たら買った物筒抜けになっちゃうじゃない」
一海の女王がポケットマネーで嗜好品を大量購入したなんてバレたくないから敢えて単独で動いたのに、とジュリーさんは無駄にデカい二枚貝を開くと、現世で言うところのスルメイカみたいな干物を物珍しそうに掴んでから豪快に齧りついた……いや`みたいな`じゃなくてまんまスルメイカだわ。声に出したら「ウマイカよ」って訂正されたけど。駄洒落の三重掛けみたいなネーミングだな。
(にしても、ジュリーさんが一人で買い物か)
なまじ初登場時が衛兵マーメイドで両脇をガッチガチに固めてのそれだったから、今一つ腑に落ちないというか……あっ。
「もしかして、ナージュさんの自由奔放さが羨ましくなった?」
「んなわけないでしょう」
「いやでもそれが一番自然、って声に出てました!?」
「えぇ最初に塞いでおくべきだった、わ!」
「ほむっ」
なんとなくウマイカで塞がれることは予想してたけど、まさか丸々突っ込まれるとは……でも名前に`ウマイ`って入ってるだけあって中々に美味い。絶対お酒に合う味だ。モゴモゴとその味を噛み締めていると、
「本当に、羨ましくなんかないんだから」
隣から拗ねたような声が……学習の成果としてウマイカに集中したまま聞き耳だけを立てていれば、更にグビッと微糖コーヒーを煽る音が重なる。はてさて、ウマイカはカフェインと合わせてもウマイカのままだろうかって自分で考えてて寒! すかさず法螺貝を傾けてコーヒーで胃を温めた……うむ。なんとも感想の言いにくい可もなく不可もなくなマリアージュ。
「ただちょっと、ほんのちょっとだけ自由を謳歌するあの子の生き方を体験してみるのもありかと思っただけよ」
もう`実りがない王`なんて呼ばれたくないもの――早口で声量を抑えて紡がれた言葉に、一瞬味が分からなくなる。
――1+1が`王`になるってもんよ
「ソウシが言ってたナゾナゾ……」
「まさか先代勇者の言葉を引っ張り出してくるとは思わなかったわ。心臓に悪い」
「……はぇ?」
先代、勇者? え? あの言葉オリジナルじゃなくて勇者名言の引用だったの!? 初耳という単語をそのまま貼り出した僕の顔面に、「まさか知らないで使ったの!?」とジュリーさんも吃驚仰天する。一拍後、二人揃って溜息と一緒に空を仰いだ……ってここ海中じゃん。もっと言えばサクラゴ礁の中じゃん空ねぇよ。
「勇者の言葉って時と場合によっちゃ私たち王族のそれよりも重いのに、自覚なしって……命知らずだわ」
「ご尤もです」
「……話しといたほうが良さそうね。っていっても三十年以上前のこと、しかも王女として隔離された空間で聞いたことなんだけど」
「いえ是非ともお願いしたいです」
軽く開いた両膝に握り拳を添えて頭を垂れれば、今日一番の長くて重い溜息が水中に溶けていった。それで気持ちを切り替えたのか、「終戦間近、亡くなる前に勇者が言ったんですって」と教えてくれる声は教科書を読み上げる先生のそれみたいだった……言ってる内容普通に凄いけど。
「先代勇者って、戦いが終わる前に亡くなられたんですか?」
あれ、でも戦いはブルギディアが勝ってルジェスティーマが滅んでるよね? 勇者不在で勝ったのかな……いやそんな事ある? エリムちゃんに聞いた情報だけでもモン菌に冒された人たちの過激具合相当だったよ? たとえ戦いの終わりが見え始めてたとしても筆頭、それも心の支えになってる英雄が戦いの途中でいなくなったら士気だって下がるだろうし。
「質問攻めにされるのは分かってたけど、こんな序盤でされるとは思わなかった」
「ぁ、さっそく面目ないです……」
「まぁいいわ。あなたが考えてる通り、勇者なしでブルギディアが勝つのはまず無理だったはずよ。勝てたのは――勇者に次いで魔王も亡くなったから」
勇者が命を賭して魔王国のモン菌を滅し、心身ともに強く冒されていた魔王はその反動で突然死。双方の頭が相討ちとなったわけだが、ルジェスティーマと違ってブルギディアの王族は健在。勇者の意志を継いだ王族が騎士団を総動員して魔王国を攻め滅ぼした、というのが世間一般に伝わる【勇魔大戦】の顛末らしい。
「なんか、嘘臭いですね」
「せめて出来すぎてるって言いなさい。陸で騎士に聞かれたら耳たぶ斬られるわよ」
「なんでだろ斬り捨て御免より怖いです」
僕の地味な危機感と疑問は、ジュリーさんの「より現実味があるからでしょ」という一言であっさり片付いてしまった。ズズッと敢えて音を立ててコーヒーを飲む姿に、話は一段落したみたいだと僕も法螺貝を傾ける。
(先代の勇者って、どんな人だったんだろ)
やっぱハルデルトさんみたいなデキる剣士オーラ全開だったのかな? でもソウシと同じ言葉を使ったなら感性はアイツ寄り……だとしたら騎士団の人たち大変だっただろうな。自分がサポートするからって絶対の安心感を免罪符に無茶ぶりのオンパレード、容易に想像できちゃう自分に頭痛がしてくる。けどそんな人に戦場で「`=`の有無が孤独な王と実りある王を左右する」とか言われたら、めちゃくちゃ心強いだろうな……ん?
「ジュリーさんがソウシにああ言われて怯んだのは」
「驚いただけで怯んでないわよ」
「ジュリーさんが女王様だったから、ですよね?」
律儀に訂正してくれた彼女には申し訳ないけど、コレ声に出してないと絶対整理できないタイプだから続行させてもらう。あのナゾナゾで心を打たれるのは戦場で戦う兵士じゃない、国を代表する王だ……ぁ、いや王族に対して忠誠心の高い兵士なら感銘を受けることもあるかもしれないけど。それでも兵士の士気を鼓舞するための勇者の言葉としては、若干ズレてると思う。
「ひょっとすると先代勇者の言葉は、兵じゃなくて王に向けられてたんじゃないですか?」
「…………」
「さば、じゃなくてエドガレア国王に……もしかしたら魔王、じゃないニージェス王にも」
「…………」
「だとしたら勇者の意志はルジェスティーマ王国滅亡による終戦じゃなくて、両国の和平――」
「お止めなさい」
音という音を一掃するように響いた、唯一無二の女王の命令。優雅に揺れていた桃色のカーテンは途端に色を無くし、怯えたように引っ込んでしまった。ぷよぷよだった座布団も石化したみたいに硬く……いや`みたい`じゃなくてガチの石になってた。穏やかじゃない感情を感知したサクラゴ礁は、石に擬態して身を守るらしい。
「あまり、王絡みの推測を口に出さないほうがいいわ」
水は空気よりも音をよく伝えるから――そう締め括って、ジュリーさんは空になった法螺貝をポーンと放り投げた。いや海の女王がこれ見よがしにポイ捨てとかダメだろ! 僕はすぐさま前のめりに手を伸ばしたけど、
シュババババババッ。
「ふぁ!?」
キャッチ直前になんか親指サイズのクラゲ―名がオヤユビクラゲとまんまだった事は後々知った―が大群で押し寄せてきたって怖っ! 慌てて身体ごと引っ込めて縮こまれば、ジュリーさんが「休憩所にゴミ箱は付き物でしょ?」と言って僕の分の法螺貝コーヒーも抜き取り、クラゲ大群のほうへ放ってしまう。コーヒー、ちゃんと全部飲み切ったっけ……どっちにしろ、僕らの休憩時間はここまでのようだ。
「重ねて言うけど、たかが三十年されど三十年よ」
「き、肝に銘じますっ」
「…………」
「ジュリーさん?」
「って女性に年齢を想起させるようなこと言わせないでよ!」
「それは知らんがな!」
あまりの理不尽さに思わず関西弁でツッコんじゃったよ! オヤユビクラゲの大群も吃驚して退散しちゃったよ! それでも法螺貝コーヒー×2は跡形もなく処理してるんだから超有能だよあの子らっ、と腰を上げた時。
「あの、あともう一つだけ!」
僕の思考に直感が降ってきた。この流れでかって自分でも思うけど、直感なんだからどうか許してほしいです。海藻袋を抱え直しながらも視線を寄越してくれる南海の女王陛下に、「先代勇者の、名前なんですけど」とおずおず尋ねる。
間髪入れずに「本当に歴史に無関心だったのね」と呆れられた。いや関心がないことはないんですけど、何分この世界に来てまだ半年も経ってないんで……とか言えるはずもないので、「勉強、頑張ります」と嘘にならない程度に頭を下げておいた。
「先代勇者、その名は`ハルデルト`よ」
「へぇ、ハルデルトさんと同じ……同じ? ぇ、同名なの!? まさか人魚同様勇者の名前も受け継がれるシステム!?」
「そんなパクリを四海が許すわけないでしょ偶然よ。現に先々代は違う名前だったし」
「そう、ですか。ぁ、ありがとうございます長々と! あとコーヒーとイカも!」
「どういたしまして……あ、同名で一つ思い出したわ」
「へ?」
「現勇者様が使ってるレイピアの名前が――魔王と同じ`弐慈壊守`なのよ」
こっちは自分で名付けたんですって、とジュリーさんは僕の反応を待たずに泳ぎ去っていく。タイミングを逃したらまた質問に捕まると思ったんだろうけど、その心配はないですよ。
――弐慈壊守からは逃れられない
「思い出したよ`ニージェス`って響きなんか最近耳にしたなぁとは思ってたけどつい昨日じゃん……しかも魔王とか呼ばれてた人の名前が勇者の剣のそれってどゆことよ?」
あまりにも複雑かつデカ過ぎる謎の置き土産に、僕は脳みそのブレーカーを落っことしてしまってたから。イリグさんとの会話でパンクしかけた頭を冷やすための水中休憩だったのに、逆に追い討ちかけちゃって……このあと漏れなくソウシに説明できんのかな僕!?




