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第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[中編⑨]

ぁ、甘いおいしい! こんなのはじめて食べた!――by???

「イー兄ちゃんみたいな特異体質者って……こんな言い方したくないけど、スゴく貴重な人材なの。特に騎士みたいな、戦うのが仕事みたいな人たちにとっては」


 魔法の詠唱は幼子たちの間でこそカッコイイってイメージが強いらしいけど、冒険者みたいに実際に扱う大人たちからすれば意外と厄介な法則らしい……って、え? 僕も魔法の詠唱カッコイイと思ってたんだけど。でもって冒険者でもあるんですけど! 百歩譲って十六歳の僕が大人か子供かは人によって変わるとして、幼子では絶対にないんですけど!?


「当たり前だけど、詠唱って声に出すでしょ?」

「う、うん」

「言葉が分からないモンスター相手ならそれでもいいけど、悪い人だったら自分がどんな魔法で攻撃するか筒抜けになっちゃうわけ」

「……うん」


 なんか心なしかエリムちゃんの口調がいつかの勉強会の時と同じ、子供に教える時の大人のそれになってるような……詠唱をカッコイイと思ってるの、バレた?


「だから騎士とか、いろんな街の保安官は常にイー兄ちゃんみたいな人を捜してる……捜しやすいように、お金をかけてる」

「……金?」

「推薦金、っていうのは名ばかりの賞金。大人ひとり半年、切り詰めたら一年くらい働かなくても暮らせるくらいの」

「…………」


 エリムちゃんの言う通りだ。これは薦めたなんて生易しいものじゃない――イリグさんは実の父親に、大金欲しさに売られたんだ。その父親も、イリグさんが騎士団に連れてかれてからちょうど一年後。賞金を使い切ると同時に海の事故で亡くなったらしい……因果応報だよ。


「それから昨日の夜まで、イー兄ちゃんを見たことはなかった……シュウ兄ちゃんの傍にいたんだね」

「っ、ごめん僕なにも知らなくて……」

「あー違う違うそうじゃなくてっ……恨まれてたら、変わってたらって怖かったから」


 でもイー兄ちゃんはイー兄ちゃんのままだった、シュウ兄ちゃん達のポヤポヤに感化されたのかな――安心したような声音とは裏腹に、コバルトグリーンの瞳は後悔でいっぱいだった。見ていたのに、嫌がってるって幼いなりに分かってたのにって。


「っ……」


 違うよって言いたくて、でも言葉にするのは違う気がして……結局僕ができたのはテーブルに放り出されていた小さな手を握ることだけだった。震えてこそいなかったけど、緊張で強張ってる気はした……強い子だなぁ。


「ところでシュウ兄ちゃん」

「ん?」

「あたしが食べてるコレとは別に、あの二人の知恵を夜通し絞り出して考えた新作メニューがあるんだけど」


 試食してってくれるよね、もちろん有料で――僕の手を握り返しながら、反対の手の親指と人差し指でチャリーンとお金のジェスチャーを送ってくる女の子は確かに強いけど、


「あの、エリムちゃん……散々に聞いておいて今更だけど、こんなに喋っちゃって平気なの?」

「平気って?」

「その、イリグさんの口止めのこと……」

「イー兄ちゃん、口止めなんてしてないよ」

「へ?」

「最初に言ったじゃん、知ってること全部話せって言われたら()()()()()って」


 それよりも優しかった。


(……とはいえ、空きっ腹にベビーカステラはキツい…)


 いや、エリーク―エリムオリジナルケイク(仮)の略―だったな。痩せた財布代わりの巾着とは裏腹に糖分に驚いてドーッンと重たくなってる胃を摩りながら、ウミノ(⤴)イエを後にして暫く。朝方よりずっと暖まってきた海辺を散歩しながら、ふと僕は彼女に聞き忘れた事があると気づいた。


 エリムちゃんは「イリグは勝手に売られて捨てられた」と言っていた。「売られて」の部分は教えてもらったけど……どうやって彼が「捨てられた」って分かったんだろ? 昨日イリグさんが忠告に来るまで、会ってなかったはずなのに。


「やっぱり、風の噂で聞いたのかな?」

「当たらずとも遠からずだよ」

「ハァ、人の口って怖……え…」


 限りなく広がり流れ続ける空気がその瞬間、僕の周りだけ確かにズンッと重くなった。おずおずと振り返った先にいたのは、分かってたけどイリグさんその人だった。遥か後方に建つ小さな店に条件反射で視線を向ければ、イリグさんが僕に歩み寄る振りをして自分の身体で隠してしまう。話を聞いたこと、バレてるよね……もしかしたらその内容すらも。


「今でこそ落ち着いてるけど、【魔浸の残骸】が流行ってた当時脱走兵自体は珍しくなかったんだよ」

「ま、しん?」

「理性をゆっくりと喰われてくのは、大袈裟でも何でもなく恐怖だ。でもオレは思うんだ」

「ぁの、イリグさ……」

()()()()()()()()()()()()のは、それ以上の恐怖だって」


 生と死の世界で`中途半端`ほど残酷なものはない、でも外側から見てるだけの人たちには分からないんだ――その言葉に、その声に吐息に眼差しに、果ては雰囲気にまで膨大な感情をのせてイリグさんが僕に語りかける。頭がパンクしそうだった。


「騎士が騎士団を脱走した場合、汚点の比率は脱走者よりも脱走を許した騎士団に強く傾く。だから貼り紙を出して民に知らせるようなことはしないで内々で片付ける、オレに対してそうだったように」

「っ……」


 イリグさんが今までフーリガンズで普通に暮らせていた理由は、なんとなく分かった。でも内々だったなら尚更エリムちゃんには知る由がないんじゃ……と、パニクりつつも必死に思考を回す僕を鼻で笑うみたいに足元で波が鳴る。その音で初めて、自分がかなり海のほうに踏み込んでいたことに気づいた。いやこれ、むしろ追いやられてない?


「オレにはマユリカみたいな怒りはない、けど焦りはある」

「焦り……」

「これ以上、掻き乱さないでくれ」


 今度こそ、ただ普通に暮らしたいだけなんだ――いっそ静粛にすら聞こえる悲鳴が、余韻を残さず海水に呑まれる。これは比喩じゃなくてガチだ。僕は、海に向かって背面ダイブしていた。突き飛ばされたか、無意識に危機を感じて自分から逃げたか……前者にしておこう。


「べばぶりーどぉぼぼぼ……ふぅ…」


 ちょっと水が入ったせいで鼻がツーンとするけど、なんとか[エアフリード]を唱えられた。すぐに浮上しても良かったんだけど、なんとなく今は波の流れに身を任せることにした。


 仰向けに大の字になって見上げた先。少しずつ遠のいていく海面の向こうにイリグさんらしき人影はないし、ドンパチの振動みたいなのも伝わってこない。敵襲があったとかじゃなさそうだ。


(あー、気のせいだろうけど頭が冷える冷える……)


 `なんとなく`ってさっきの言葉は撤回、僕の脳が文字通り本能で冷却を求めてたんだ。イリグさんから怒涛の勢いでもたらされた言の葉たちは、それくらい高温度濃密だった。正直ちょっと気を抜いたら端からこぼれ落ちていきそうなくらいだけど、


――ただ普通に暮らしたいだけなんだ


 あの言葉、願いだけはどれだけ呆けても忘れられそうにないな。


「あら、貴方」

「へ?」

「一人のようだけど、何してるの」


 後ろ、いやこの場合だと下になるのか? ちょっとばかし格好つけて下ろしたばかりの瞼を一秒と待たずにかっ開いて振り返った先にいたのは、


「まさか魚生の九割を寝て過ごしてるZZZ(ズィーズ)の模倣なんて言わないわよね?」

「いや表記法がまんま鼾すぎる、ってジュリーさん!?」


 買い物袋もとい海藻袋を抱えた南海【ジュリナージ】の現女王こと、ナージュさんの母君ジュリーさんだった。


    ◇◇◇◇


「たのもーたのもー。お茶と菓子で休憩でもいかがですか王子様?」

「うん、掛け声と呼び名から悪意を感じるのはおれの思い込みじゃないよね?」


 ……とか言いつつも「ありがと」って書類を裏返して羽ペンを置くあたり、マジで疲労が溜まってんだろうなコイツ。伸ばした肩はバキボキ鳴ってるし眼球は乾いてるし、なにより口元に張りついてる微笑が外行きを通り越して空っぽだ。


 いっそ好都合なまでに……っとヤバいヤバい、こういう悪役顔は()()()とっとかねぇと。気を取り直した俺は「では失礼して」と執事風の嫌がらせを続行しつつ、書類の山で重量オーバー寸前のデスクの上にカップと菓子を盛った小皿を追加していく。


「……菓子ってコレ?」

「そ、菓子だ」

「……紅茶にセットで付いてくる調味料じゃなくて?」

「気をつけろよそれ。聞く相手によっちゃ嫌悪感爆上がりすっぞ」


 軽口を装いつつも結構本気で忠告した。角砂糖の偉大さを甘く見すぎてるこの発言は王子転生故じゃなく、日暮英斗としての純粋な本音だと思ったからだ。


――ぁ、甘いおいしい! こんなのはじめて食べた!


 十人中十人がボチャボチャ無遠慮にカップにぶち込む砂糖の塊を、大事に大事に齧って心の底から笑うヤツだっているんだぞ……なんて俺の本気に勘づいたわけじゃねぇだろうけど、疲労のあまり低下していた気遣い等の理性を標準値まで戻すことはできたらしい。「ごめ……気をつける」と謝る声にはちゃんと心が込められてた。



 ポイッ、ガリ!



「……甘い」

「確かに」

 そればっかりは同意するとデスクに軽く体重をかけた俺も、一個つまんで口に放り込む。ん、普通に甘ぇ。飴玉よろしく舌の上で転がしながら日暮英斗を見下ろせば、子供みたいな両手持ちでカップを傾けていた。


 ちなみに入ってんのは紅茶じゃなくてコーヒー、異世界(こっち)だとブラックティーか。普段のコイツの口には絶対合わねぇだろう大人の飲み物を、今は割と美味そうに飲んでやがる。これぞ作法`抹茶と和菓子`だ。苦い飲み物は甘い食い物と揃って初めて旨みが引き立つんだよ。


「ま、俺はブラック単体も好きだけど」

「……?」

「あー今のは気にすんな――お前に気にしてほしいのはこっちだからな」


 トッと問題の絵本をデスクの上に立てかけてやれば、あどけなかった顔がコーヒーの苦味を思い出したみたいにスンとなりやがった……字面だけだと前後の文噛み合ってねぇなこれ。まぁ文字通り苦虫を噛み潰したような顔したら、可能性というライフが俺の中から一つ消えるだけだけど。


「バースデーソングの参考までに聞かせてくれ、ブルギディア王族の力ってやつを」

「……そんなもの――」

「あるだろ? じゃなきゃとっくに勇者様に国乗っ取られてらぁ」

「……ハルはそういうの好きじゃないと思うけど」


 べつに()勇者に限った話じゃねぇ、ってのはその顔を見た感じ言うまでもないな。ダメ押しで角砂糖の小皿をそそっと遠ざければ、「暗黙の了解、なんだけどなぁ」と上目遣いでお伺いを立ててきやがって……環境に歪められたモラルを引きずってるだけで、地頭が悪ぃわけじゃねぇんだよなコイツ。


「文書や録音に残ってるわけじゃねぇんだ、口外の証拠も然りだよ」


 お望み通り安心材料を投下してやったら「この世界の担当なら知ってると思うけど」ってノー空白で喋り出しやがった。うん、たぶん俺ソレ知らねぇわ。または()()()()()、言わねぇけど。


「来月の頭にあるおれの、ていうか王族の誕生祭恒例の【贈り星】」


 案の定の初耳ワードだわ。「へぇ?」っつう俺の返事をどう解釈したのか、日暮英斗は早々に【贈り星】について話し始めた。誕生祭の盛り上がりは、前座として一ヶ月間行われる屋台祭りを一日に圧縮、そこへ無礼講をトッピングしたようなドンちゃん騒ぎになるらしいけど、【贈り星】はそのラストを飾るトップ品目だとか。宝くじの当選確率でも爆上がりすんのか?


「おれたち王族から民へ、時間をかけて祝ってくれた感謝を`願い事`で返すんだ」


 ……俺のジョークあながち間違いでもなくね?


「その時使うのが、ブルギディア王族の秘法[ドゥ・ウィクターヴ]――何でも叶えることができる最強の魔法さ」

「……それで`なんでもねがいを叶えられる王さま`か」


 そんな万事如意(ばんじにょい)の魔法あったっけおい!? 捻りも糞もねぇなと余裕ぶってみせつつ俺は結構慌ててた。()()を思えばあんま良くねぇって分かってんだけど、できるだけ心置きなく冒険したくて要所要所に[メモリデリート]かけてたんだよ。で、そんなかに王族のゴタゴタもある程度含まれてたのは覚えてたんだけどよ!


(名実ともに`カンストステータス`の俺が`最強魔法`忘れるってどうよ!?)


 なに考えてたんだ記憶消去前の俺っ、と掌で目元を覆うこと暫し。気づいた日暮英斗に「どうしたの、血糖値でも急上昇した?」と問われる頃には「ご心配せずとも常時平均値だよ、続きをどーぞ」と言い返せる程度にはなんとか回復した。


「……誕生祭の締めに主役が城の天辺に立って、城下に集まった民の代表者の願い事を聞いて叶えるんだ。選び方は、一ヶ月間の前座パーティーにどれくらい貢献できたか」

「とか言って、裏から都合のいい傀儡選んでんじゃねーの?」

「ないよ」

「……What?」

「そもそも、今まで貴族とか貴族の息が掛かった商人とかが選ばれたことないし」


 あくまでもおれが生まれてからの範囲でだけど皆どこにでもいる一般人だった、と丁寧に付け足したところで日暮英斗が一度口を閉じる。俺もそれに合わせてコーヒーで唇を湿らせつつ、今まで【贈り星】で叶えられたであろう`願い`について考える。


 「なんでも」って謳い文句だったけど、小さな不満が尽きない政治制度が今日まで通常運転貫いてるところを鑑みるに、「王様になって国が欲しい」とか「王族滅んでほしい」とか国の中枢を揺るがすような願いは即却下。場合によっちゃ反逆認定で斬り捨て御免だろうな。


(無難なところだと金銭援助、あとは無病息災家内安全安産祈願に恋愛成就ってどこの神社だよ)

「三回」

「あ?」

「王と女王とその子供とで年に三回……今は女王いないから二回か。とにかく二・三回の誕生日にだけ王族が使える限定魔法。みんなそう思ってる」

「……実際は違うと?」


 ま、そうじゃなきゃ御貴族様が大人しく一般人に願い事を譲るはずねぇわな。黒い水面をカップごと揺らしながら横目で促せば、「マユの、一族がイーヴィアに冒された時も」とまた話し始めた。文字数に比例して角砂糖も一緒に積み上げられていく。


「秘法で解決するって案が、貴族たちの間で持ち上がった。騎士が表の矛ならアンガットは裏の盾、王族としても失いたくない存在だったから」

「…………」

「おれが、反対した」

「…………」

「百人の貴族より、一人の王族の言葉。ハルも兄貴も悪くない。悪いのは、おれただ一人」


 おれがアンガットを殺して、マユを独りぼっちにしたんだ――コーヒーの湯気に晒されて脆くなったんだろうな。俺に負けず劣らずの出来だった砂城がお釈迦になりやがった。

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