第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[中編⑧]
たぶん……ううん、絶対良いパパじゃなかった――byエリム
「突・鋒の新月……魔法を突くと、奥義使用時のエネルギーとして吸収・蓄積される…突・鋒の新月…」
技名とその概要を三回ずつ、脇差の素振りと同時進行で復唱する――図書館の一件で華麗に技を空振りさせてしまった僕は只今、体育と国語に居残りを掛け合わせたみたいな個人レッスンをソウシより受けております。深夜という時間帯と、城の裏手という位置……衛兵さんに見つかったら不審者、人によっちゃ亡霊扱いされちゃう現場だな。
「……ZZZZ…」
「ってこれ見よがしに真隣で寝袋に入んなよ僕だって眠いのに!」
「大声出すな、しょっ引かれんぞ」
「うぐっ」
「ついでにその突き技、対魔法用だから。仮にあん時使えてても猫の手は止められなかったぞ」
「マジかよ」
「言わずもがな俺のレベルなら――」
「だったら言うなて」
もう聞き飽きた、なんて冗談でも言ったら罰当たりだよな……僕に背を向ける形でこれ見よがしに鼾をかく相棒を横目に、素振りを続ける。嫌々、とまではいかずとも多少は面倒に感じてた深夜レッスン。眠いのも本当だけど、
――それがシュウタロウ達の答えなの
――斬られたのよ、生贄として首をスパーッンてね
「……ソウシ、まだ起きてる?」
多分ベッドに横になっても、生理現象として意識が飛ぶだけで眠れなかったろうな。考えること、見極めることが多すぎて最早バースデーソングどころじゃないよ。まぁ放り出すつもりはないけど……というか深入りが過ぎて放置できる逃げ道とかとっくに潰れてるんだよね。
「寝てる」
「どの口が」
「コレ寝言」
「さいですか……どれを正解にしたらいいか、僕が決めていいんだよな?」
「覚悟があんならな」
「覚、悟」
「この先誰に間違いだって言われても`コレが僕らの正解だ`って前を向き続ける覚悟のことだ」
「……うん」
あるよ、と続けた僕の声はさぞかし震えてたんだろうな。「僕らって言ってんだろうが」って割と本気で怒られた。寝袋に入ってなかったら人差し指か鞘で鼻をブタにされてたと思う、って僕も相当ブタ鼻に毒されてるな……クスッと漏れた安息の音に、もぞもぞと寝返る音が混じる。チラッと見やれば、不貞腐れたみたいに瞼をギュッと閉じたソウシの寝顔が……んな寝たふりに拘らなくてもいいのに。
「今さら正解について迷い探る必要はねぇだろ、お前はすでに断言してんだから」
「…………」
――マリッちさんもイリグさんも連れて行かせない。でもこれ以上二人がエレジルフ王子を狙うなら、僕は全力で彼を守るよ
「それとも、救世主として考えが変わったか?」
「やめろよその呼び方。今のところ一方的に掻き乱してるだけだし」
そう、大口こそ散々に叩きまくってきたけど……その実僕はただ皆の過去を聞き出してその都度感想をぶつけてるだけだ。救世主なんて嘘でも名乗れない、出来の悪いカウンセラーでさえ烏滸がましいよ。
(僕の正解は変わってない、けど……)
今度は、道筋が分からなくなった。エレジルフ王子としての英斗くんに一族の復讐を抱くマリッちさんに、英斗くんのバディとして裏切りに近い仕打ちを受けたリインさん……その燃えるような、或いは凍えるような激情の中心にいる罪人。
――笑ってほしくなかったから
日暮英斗。彼もまた彼なりに何かを考え、ほんの僅かだけど`笑顔`に対して疑念を抱き始めてる。この揺らぎこそ英斗くんが変われる最後のチャンスだと、僕も懸けてるわけだけど……何となく。本当に、何となく。英斗くんが`笑顔`を振り切るには、他でもないマリッちさんとリインさんに背中を蹴っ飛ばして手を引いてもらう必要がある気がするんだ。
(……無理じゃね?)
相関図で表したら、今のところ二人から彼への負の矢印最大級だよ? 次顔を合わせたら蹴っ飛ばして引っ張り上げるどころか、突き刺して蹴り落としちゃうよ。かと言って英斗くんに自力で`笑顔`を振り切ってもらうのは、たぶん正しくない……それこそ上辺だけの変化になってしまう気がすると、僕は脇差を鞘に戻しながら夜空を仰いだ。一見透き通っている藍色の天幕だけど、よく見れば薄雲の皺が寄っている。
「まるで、因縁の紐だよ」
赤と黒と灰色寄りの白とが入り混じった、陰鬱なミサンガみたいな長い長い紐。どこもかしこも片結びだらけで、しかも全部繋がってるから……どっか解こうとしたらどっかが更に固く絡まっちゃうんだよ。
「全部解いて真っ直ぐにするなんて……本当にできんのかな?」
「順番さえ間違えなけりゃな」
「……!」
「ていうか、案外長ったらしい因縁のほうが解けやすかったりするぞ」
紐の長さを、時の風化による`余裕`と受け取るならな――そう告げるソウシの声はぺったんこになった寝袋じゃなくて、僕の身体から聞こえた。なんか久しぶりだな、この感覚。
(順番……)
「揃いも揃って片結びなのは確かだが、全部が同じ結び方・強度ってわけじゃねぇ――一人、お前が無意識に後回しにしてる結び目があんだろ」
(……!)
――おいそれと両手は差し出せませんね
(イリグ、さ……僕っ軽視してたわけじゃ…!)
「分かってる、てか別に間違ってねぇよ。事実アイツからの矢印が一番薄い」
同時にマユリカの一番の味方でもある、だからこそ最も解きやすい――ソウシはスッと片腕を上げて人差し指を立てると、静かに[ウォーファール]を唱えた。頭上は頭上でもかなり高度な位置に設定したのか、すぐに滝が降ってくる気配はない。
(イリグさんの、過去)
――イー兄ちゃんが出て行っちゃったのだって
「っ、エリムちゃん! そっか`イリグ`だから`イー兄ちゃん`か! そういえば前にマリッちさんが、フーリガンズに来る前は南の浜にいたって……あれ?」
「明日はウミノ(⤴)イエに聞き込みだな。頑張れよ」
「[同化]解けてる……って、え? 僕一人で行くの!?」
一緒に来てくれないのかよと顧みれば、ゴソゴソと盛り上がった寝袋から「俺にも調べることがあんだよ」と気怠げに腕が生えた。その手の中には、見覚えがある一冊の絵本が……。
「くらやみモフの、まっか道」
マリッちさんに跡形もなく消されたはずの絵本がなんでここにあるのか、それはツッコむだけ野暮というやつだろう。のそりと起き上がったソウシは「同じ過去でも、俺が洗うのはブルギディア王族の過去だ」と僕に絵本を振ってみせる。王族の過去って……英斗くんたちがマリッちさんの一族にやらかした書庫の記録はもう読んだんじゃなかったっけ?
ポツッ。
(ん?)
首を傾げた僕の頬に、雫が一滴落ちてきた。雨かな……いや違う滝の魔法だ! 今更だけどなんでわざわざ魔法使ったんだよソウシのやつ!
「バリアモッ――」
「`むかしむかしある国に なんでもねがいを叶えられる王さまがすむお城がありました`」
「ぇ、と……絵本の始まりの一節?」
「そ。ポイントは`なんでもねがいを叶えられる王さま`って部分だ」
王国の禁句にも等しいアンガットを題材にしてんだ、ただの謳い文句には思えねぇだろ――そう僕に向かって断言する金色の目は、深夜という時間帯も相まっていつも以上に光って見えた。本当に猫みたいだ。
ポツ、ポツポツポツッ。
「っ、ヤベ滝の雨が!」
「終太郎ー、素振りの特訓は続いてんぞー」
「はい? なんで素振りと魔法が……あっ、突・鋒の新月!」
それで魔法使ったのかよ、と呆れと納得の半々で詠唱に成功した僕は、
ザバーーーーッン!
「…………」
「あーらま」
物の見事に濡れ鼠に……脇差、鞘にしまったの忘れてた。
◇◇◇◇
「あ、シュウ兄ちゃんいらっしゃーい」
「っ、うん……」
ほんのりと陽光に温められた南の浜の潮風が、ヴァニラカラーの三つ編みを揺らす――ウミノ(⤴)イエには、珍しく客がいなかった。ミルクアイスが添えられたパチシュワ水―所謂メロンソーダ―を飲みながら店内で一息ついていたのはエリムちゃんだけで、色々ありつつも雇用続行だったはずのダイロさんもソーヤさんも見当たらない。もしや定休日? でも表の看板には《営業中》って……。
「二人ならいないよ、約束の六日が経ったもん」
落ち着きのない視線で僕の疑問に気づいたエリムちゃんが、「明日にはパパとママも一回帰ってくるし」と教えてくれる……そっか、六日。英斗くんとハルデルトさんに会ってからもうそんなに経ってたんだ。
いろいろと怒涛過ぎて、体感的には実際の日数の半分くらいだよ……なんて半ば呆けていた僕は、ああともうんともつかない失礼な返事をしてしまった。すぐにハッとして謝ろうと思ったけど、エリムちゃんのほうはさして気にした様子もなく、「早過ぎるブランチ? それとも有料のお勉強会?」と向かいの椅子を視線で示してくれる。
「……ありがとう」
僕がここに来た理由がそのどちらでもない事は、幼いコバルトグリーンの直感によってきっちり見抜かれてるようだ。なるべく音を立てないように慎重に腰掛けて姿勢を正せば、エリムちゃんの後ろの壁……【リ・エレジルフ】のポスターがまるでダメ押しするみたいに視界に飛び込んでくる。四隅は捲れてるし、心なしか六日前より色褪せてみえた。
「べつに心を読んだとかじゃないよ」
「っ、え?」
「昨日の夜、イー兄ちゃんが来たの」
七年ぶりにこの浜、この店に――シャクシャクとスプーンにつつかれるアイスの音が、耳に痛い。昨日の夜ってことはたぶん、図書館騒動があったその足で来たってことだよね……僕が二人を追わせはしないけど、英斗くんのことも守るって言ったから聞き込みを警戒した? でもそれにしたって先回りが的確すぎる気が、いやいや相手はエリムちゃんの幼馴染(?)だぞ。これくらいの予測お手の物って言われても不思議じゃな……、
「騎士団の勇者様に気をつけて、知ってること全部話せって言われたら話していいから城にだけは行っちゃダメって」
「ぁ……」
そっちだったかと、危うく椅子から転げ落ちそうになった。ていうかそっちのほうが断然自然だよね、自分中心で思考回してたことがなんか恥ずかしいや……と、それはそれとして。
――イリグが元国家専属治癒魔法師だから敬意表明? 今すぐにでも脱走兵として処罰する気でいるくせに
こういうの、有能な探り屋からしたらまんま思う壺なんだろうな……どうしても視線が店の外を警戒してしまう。エリムちゃんは苦笑すると、「シュウ兄ちゃん達のことは聞かされてなかったよ、なんにも」とスプーンの先についたアイスを舐めとった。これは本当に眼中になかったって意味かな、それとも少なくとも耳では聞かされてなかったって意味かな。
「エリムちゃんは、知ってたの? イリグさんが、その……追われてる身だって」
「知らなかったよ」
「っ!」
「あたしが知ってるのは、イー兄ちゃんが勝手に売られて勝手に捨てられたってことだけだもん」
「…………」
追われてる身なんて知らないし、これからも知るつもりはないと断言するエリムちゃんの声には確かな怒りが含まれていた。でも図書館でマリッちさんから爆発的に溢れてた憤怒とは違う、どっちかっていうとリインさんのに近い……静かでゾッとする怒気だった。
「イー兄ちゃんが特異体質者っていうのは知ってる?」
「ぇ、と、とくい?」
「あーうん、やっぱそこからだよね。イー兄ちゃんって――回復系の魔法しか使えないの」
「……!」
そんな縛りがあるのかという驚きと、そういう事だったのかという納得が同時に押し寄せる。思い返せば彼が[ケアリー]と[ナヴィックス]以外の魔法を使ってる場面に出くわしたことがない。
タイミングの問題だと思ってたけど……昨日の図書館騒動がそれを否定している。相方のマリッちさんが二度に渡ってダメージを負った時でさえ、イリグさんは二度とも回復支援しかしてなかった。
「イリグさんが呪文唱えなくても魔法が使えたのって、体質だったからなんだ」
「三割くらいはね。でも残りの七割は兄ちゃんの努力だよ、じゃなきゃ異名なんか付かないもん」
でもその努力が彼にとっては仇になったのだと、エリムちゃんは悔しそうに言う。まだ、イリグさんが五歳の頃。当時生まれてもいなかったエリムちゃんは後にご両親から教えてもらったそうだけど、唯一の肉親―所謂片親というやつ―だったお父さんが漁で負った怪我を無詠唱で完治させたことが、特異体質発覚のきっかけだったそうだ。
「あんまりちゃんとは覚えてないんだけど、たぶん……ううん、絶対良いパパじゃなかった」
「……もしかして、お父さんがイリグさんに城勤めを薦めたの?」
「薦めたなんてもんじゃないあんなの強制連行だよ」
まだ三歳だったエリムちゃんの脳裏に、負のイメージごと焼きついてしまうほど鮮明だったらしい――輪をかけて若かったハルデルトさんを筆頭に、浜にやって来た騎士団に見世物にするみたいに囲まれて、イエスとしか返事ができなかったイリグさんの辛そうな顔は。




