第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[中編⑦]
リインさんの`心`を殺して贄にした最悪のバッドエンドだ!――by終太郎
「……驚いた。王都の穴っつう穴に検問張ることも覚悟してたんだけどな」
「`出入り口`でいいじゃん何故に`穴`呼ばわり!?」
「俺と終太郎の二人で」
「王都中の境界地点メリーゴーランドしろってか!?」
もはや検問という体のフルマラソンだろうが、という僕の虚しいツッコミがピリピリした厨房の空気に掻き消されていく。そう、厨房だ。僕のデザート専門じゃなくて、リインさんがいるミートディッシュ専門厨房――出て行ったとばかり思ってたリインさんは、城に残ってくれていた。とっくに湯気の消えた紅茶のカップからチラッと僕らに視線を移すも、またすぐに落としてスプーンで掻き混ぜる。底のほうには、溶け残った砂糖が薄い丘を作っていた。
「日暮英斗は」
「聞いてないしどうでもいいんだけど」
「勇者に連行、じゃねぇや保護されて部屋に軟禁されてる」
「……勇者に」
「公務のスケジュール繰り上げで、捌かねぇと駄目な書類は増し増し。晩飯のデザートも抜きになったから、俺も終太郎もこうして時間持て余してんだよ」
「……あんたエセとはいえソムリエなんでしょ? デザート関係ないじゃない」
「俺は夕飯のメニューさえ分かりゃ五秒で決めれるから」
「なにそれ有能だからずっと暇ぶっこいてますって嫌味!?」
顔を上げたリインさんはお馴染みのノりツッコミをかましてくれたけど、ハッと我に返ると取り繕うみたいにスプーンをカチャカチャ動かした。べつに無理してあの空気維持しなくてもいいのに、僕らも喋りにくいだけだし……って密かに嘆息したらすんごい睨まれたよ。おっかないけど、その辺りのアンテナは健在みたいでなんか安心したわ。
「王子様を守った俺らはお咎め無し」
「…………」
「って三人揃って我が物顔で城に戻れてんだから、言うまでもないか」
「……アタシはそんなつもりないって言ってんでしょ」
いい加減しつこい、城に戻ってきたのも無断で出てったら後でエリムちゃんに迷惑かけると思ったから、この紅茶を飲んだら暇を貰うつもりだから――雰囲気はブレても、英斗くんに対する言動だけは一貫して崩そうとしない。
僕はなけなしの覚悟を振り絞ってスツールに腰掛けると、昨日と同じように調理台を挟んでリインさんと向かい合った。吐息みたいな微笑と小さな耳鳴りを残したソウシはひとり、釜戸のほうへ離れていく。あいつがお茶淹れるのって、何気に初じゃない?
「英斗くんと何があったんですか?」
「この流れでアタシが話すと思ってるの」
「話さないと前にも後ろにも進めないでしょ」
僕もあなたも、彼も――自然と口から零れた最後の呟きが決め手になったらしい。リインさんの指が、視線が、スプーンの持ち手から放れた。
「……都合のいい笑顔に振り回される必要はない」
「…………」
「それを教えなきゃって思ったの、経歴書読んだ時に」
たまたま担当になったのではなく、自分から志願して英斗くんの担当になったのだとリインさんは言う。審判の待合室に来た英斗くんは僕らと違って記憶も意思も持ってなかったから、あの懺悔室擬きの受付で自我を復活させられて、異世界転生という名の更生生活について聞かされた時は「……すごい入り組んだ設定の夢だね」と突っ伏して二度寝しようとしたらしい。極めて王道かつ健康的な反応だと呟いたら、ジト目で見られた。はいはいイレギュラーど真ん中で誠にすいませんでした。
「両親の事故死と親戚の`作り笑い`って引き金がないならワンチャン、なんて事もなくてね」
始まりは魔獣の群れに襲われていた子供の、その次は盗っ人に財布をスられた男女の、さらに次は浮浪児にパンを横取りされそうになっていた裕福な家の跡取り息子の、さらにその次は「店員がこぼした水のせいで冷えて凍死しそうだ~」と悪意丸出しで嘘泣きしながら喚き立てた領主の……英斗くんが見返りとして求める`笑顔`は、案の定どんどん歪んでいったそうだ。
「正直、ちょっとナメてた。アタシからすれば一目瞭然でも、あいつにはマジで分かんないのよ。何度も、何回も何十回何百回も教えたわ。ソレは正しい笑顔じゃないって……思い返せば`正しい笑顔`なんて言葉自体、安っぽくて嫌になるけどね」
リインさんの複雑な思いを表すみたいに、紅茶の表面に波紋が広がる。下心がある笑みと、心からの笑み。口にすれば全然違うって分かるけど、いざ顔だけ見て判別しろって言われると確かに難しい……どっちにも`心`って字がつく分、余計に。それでもリインさんはあの手この手、言動を駆使して英斗くんに違いを伝えようとした。なにより彼女は……簡単に自分を削る英斗くんの癖をどうにかしたかったと言う。
「アタシが糞みたいな生き方してたことはもう知ってるでしょ」
「知りません」
「……は? まさか忘れたっての!?」
海馬がボケボケにも程があると調理台をバシバシ叩くリインさんに、僕は動じることなく言い返す。「僕が知ってるのは`リインさんの生き方を利用した糞人間がいる`って話だから」、と。一拍挟んで「ホントそういうとこ」って溜息を吐かれた。
「話を戻すけど、アタシは心無い笑顔の圧も周囲の期待に過剰に合わせて自分が削られてく感覚も知ってるわけ。だから止めたかった……結果はご存知の通りだけど」
「……止められなかったのに、英斗くんは異世界を最後まで生き抜けたんですか?」
自分でも意地の悪い言い方だと思うけど、他に思いつかなくてそのまま聞いた。それこそが核心のなかの核心だったみたいで、中途半端に開かれてた細い指がギュウッと白く圧迫されていく。
「[実体化]を止めたの」
「……!」
「アタシ達のこの身体はあくまでもスキルだから、`ただのステータス`として死なない程度に補助することもできるわけ」
会話も意思も完全ブッチしちゃえば意外と寿命まで短かった、ステータスとしてある種の仕事放棄だから転職への踏ん切りもついて好都合だったとリインさんが吐き捨てる。日暮英斗は変わらなかった、だから見切りをつけた……事実がそうだったとしても、そんなペラペラな経緯じゃないことは彼女の乾いた声が言外に訴えていた。
「彼は……日暮英斗はあなたに何をしたんですか」
「斬られた」
「……はい?」
「斬られたのよ、生贄として首をスパーッンてね」
「…………」
言語は間違いなく日本語のはずなのに、まるで意味が分からない。英斗くんがリインさんを、自分のステータスを? 斬った? 生贄? 詳しく聞きたいけど安易に尋ね返していい内容にも思えなくて口ごもる僕に、リインさんは「異世界でも日照りによる不作問題は健在でね、当時滞在してた村の人たちに助けてって頼まれたのよ」と調理台に頬杖をついて続きを語っていく。
「けど現世の日本と違って流石は異世界、原因は雨雲を主食にしてる鳥のモンスターの群れだったの。もちろん余裕で退治したわ。けど、村人は納得しなかった」
「納得……モンスターを倒したって信じなかったってこと?」
「瞬殺で死体も持ち帰らなかったから、それもあるでしょうね。でもそもそも論、村全体が肉体を壊しても本当の意味でモンスターの怒りを鎮めないと救済されないって信じ込んでたのよ」
魔獣を始めとするモンスターは土地神の手足。所謂土着信仰ってやつだと教師みたく説明するリインさんの声が、遠い。
「……だから、生贄だ?」
そして自分の声が低く震えていくのを感じる。村人の言う`助けて`っていうのはつまり、モンスターの討伐じゃなくて、最初から`生贄になって助けてくれ`ってそういうこと?
――神の信託は絶対っ、絶対なのよ!
――嗚呼神よ……なぜこのような忌子を彼女の腹に…!
だから嫌いなんだ、宗教ってやつは。
「そんな村、滅んじゃえばいいのに」
「その顔はやめときなさい。ソウシの奴が見たら泣くわよ」
「だって……」
「まぁ言ってることは間違ってないし……アタシも少し、信仰心ってものを甘く見すぎてた。のちのち雨が降れば嫌でも納得するだろって、一晩経ったら村を出てくつもりだったの」
でも翌朝目が覚めたら変に身体が軽くなってて、なぜか視界いっぱいに泣いて崇め奉ってる村人たちがいて、ザーザーと雨粒の音が煩くて、目線が低いのに異様に高くて。そこまで分析してようやくリインさんは――自分が生首状態で祭壇に供えられていることに気づいたそうだ。
「村長を筆頭に村人はもう歓喜感涙の大喜びよ」
……うそだ…、
「なにせアタシの首を捧げた瞬間に雨が降り出して、同時にアタシの首消えたんだから」
嘘、うそだよウソだ嘘だろ嘘だと言ってよ誰かっ……だって、
「まぁアタシが[実体化]を解いたからで、土地神様に召されたとかじゃ全然ないんだけど」
だっておかしいよそんな事があっていいはずがっ!
「誰も死んでないって一点においては、別に褒めてもいいんだけどね」
ステータスの身体は、あくまでもスキルで実体化させた肉体。ゆえに斬りつけた切断面から血飛沫が上がることも苦痛に蝕まれることもない。なにより現世から使い古されてきた`無垢な娘の死`という犠牲が出なかったのだから、と語るリインさんの口調は淡々としてるけど……僕には、必死に他人事を装ってるようにしか聞こえない。まだ、まだ我慢しなきゃって……話してくれって頼んだのは僕のほうなんだからって耐えようとしたけど、
「あの村からしてみれば、これ以上ないハッピーエンド――」
「違うっ」
ハッピーエンド、その単語が使われることだけはどうしても耐えられなかった。違う違う違うっ、こんなのハッピーエンドなんかじゃない! 死んでないから? 血も痛みもないからいいって? バディに傷つけられてその事実を泣いて喜ばれてもっ、ステータスだったからいいって言うの!?
「いいわけないだろそれは立派な殺人で犠牲だ! リインさんの`心`を殺して贄にした最悪のバッドエンドだ!」
……この会話、ソウシにはどう聞こえてるんだろう。沸騰する脳みその片隅でそんなことを考えながら僕は床に座り込んだ。立ち上がった拍子に倒れたスツールを元に戻す気力は、なかった。
「で、日暮英斗はどうしたんだ」
やっぱり笑顔こそ正義だってお前の首の隣で胸張ってたのか――せっかく弱まってきた怒りの焚き火に、乾燥しきった薪をくべるようなこと言わないでくれよ。ほとんど食器の音を立てずに三人分のカップを並べてポットの茶を注いだソウシは、土足のまま調理台に胡座をかいて自分の分を飲み始めた。執事なのかチンピラなのかどっちなんだよ。
「……変な顔してたわ」
「変な?」
「そ、変な……小学生の頃とか生活の授業で体験しなかった? 鉢に種植えて水やって、実際教科書の写真通りの花が咲いたのに、なんか色や形が違って見えたりとか」
「忘れたよ、んな遥か太古の記憶」
(あ……)
低いのに切ない、聞いてるほうの胸がギュッてなるみたいな声。そうだコイツも確か現世のこと覚えてて……とハッとして顔を上げたけど、調理台の上で茶を啜ってたのはいつも通りのソウシだった。多分、きっと。
「……とにかくそういう、ガキみたいな顔してたの」
若干逸れた空気を戻すように、リインさんが「まぁアタシの覚え違いかもしれないけど」と続ける。あの時、あの瞬間。救済されたと信じて疑わなかった、良くも悪くも盲目な村人たちに下心や悪意は一切感じられなかった。
つまり英斗くんの目に映っていたのは、皮肉にも自分が散々に説いてきた`心からの笑顔`ということ……ソウシが言ったように、本当は「笑顔が正義」だと首だけの自分に笑いかけていたのかもしれない。それを思い出すと殺意を抑え切れなくなるから改竄してるだけかもしれない、と。
「それ以降はただの数値として殆ど寝て過ごして、アイツが寿命を迎えると同時にバディ解消。アタシは窓口に転職……さっき言った通りよ」
今度こそ、本当の本当にお終い――言いながらリインさんは、まだ湯気が立っているほうのカップに備え付けの角砂糖を三つほど放り込んだ。でもって口をつけた瞬間、
「ぉぶほっ!」
目を剥いて噴き出したって何で!?
「リ、リインさん!? ちょ、火傷!?」
「ゴホッ……違っ、これ紅茶じゃな…」
「ぇ、紅茶じゃないの?」
「あーこれホットの麦茶」
「紛らわしいってか麦茶あんのかよこの異世界!」
そりゃ砂糖イズミスマッチだわ先に言えよ! ツッコミの勢いが過ぎて白目を剥く僕をよそに、リインさんは口直しにと最初に自分で用意したほうのカップを傾ける……あれ? 待ってそっちはそっちで確か!
「甘っっっず!」
ですよね冷え切った紅茶に砂糖の丘コンボですもんね!? こりゃダメージ軽減どころか倍増だと、僕は手つかずだった自分の分のカップを差し出そうとしたけど、
「空なんですけど!?」
「お代わりの代わりに貰った。終太郎ぜんぜん飲まねぇんだもん」
「ポットから注げよってこっちも空じゃん!」
人数分ちょっきしの湯加減って逆に凄いわ! ていうかお前人が心配してた時にサラッとお茶掻っ攫っとったんかい! あぁもう淹れ直してくるよと奥へ走っていった僕は、
「俺らが吹っかけたことだから多少は大目に見るが――アイツの優しさに甘えすぎんなよ」
全部ソウシが計算してやってたことだって、知らない。聴覚の[共有]がさり気なく解かれていたことにも、気づけなかった。
「……甘えてなんか――」
「いるだろ。わざと無感情に語ってアイツの気持ち掻き立てやがって」
「……アンタのほうこそ」
「は? 俺?」
「幾ら数値がカンストしてるからって、王子のことあの子に任せすぎなんじゃないの?」
「…………」
「あのハルデルトとかいう勇者、信用しすぎない方がいい。あの子は無意識だけどそのことに気づいてる――だから率先して守ろうとしてんでしょ」




