第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[中編⑥]
僕は全力で彼を守るよ――by終太郎
「だけって……」
「歴史上完全抹消したアンガットに生き残りがいたことを、アンタ方は許さないだろう?」
こんな物まで始末するほど念入りなんだからな、と足元に落ちていた見開きの絵本を視線で示すイリグさん。それで絵本に気づいたマリッちさんが憎々しげに掌を翳せば、あの黒弾がゲリラ豪雨みたく指先から降り注いだ。
至近距離だったこともあって絵本は瞬く間に、それこそ塵も残さず消えてしまう。残ったのは不格好に抉られた床とそこから立ち上る焦げ臭さと、憤怒に満ちたマリッちさんの吐息だけだった。
「……ねぇシュウボーイ」
「ぁ、はいっ」
「アンタがフォローしようとした勇者様と王子様はアタイの仲間を、友達を、家族を皆殺しにしたのよ」
自分の足で立ったばかりの幼子も父親の名前を舌足らずながら呼べるようになった子供も、まだ母親の胎内にいる赤子も一人残さず、とそこでマリッちさんは口を閉じる。でも感情をひた隠しにしたガラス玉みたいな目は、僕を見つめたままだ。
(ぼ、くは)
問われてる。お前は味方なのか敵なのか、と。脳と眼球が嫌な熱に侵される気がした。何が正解なんだろどうするのが正しいんだろどう答えるのが最善なんだろ分からない間違えたくない傷つけたくない怖いソウシっ……。
『端から間違ってるぞ』
「っ!」
『どれが正解なのかじゃねぇ、正解をどれにしたいかだ』
「……そっか」
そうだよな、やっぱお前凄ぇよ――そう呟いた声は、直前の反応も合わさって周りにはさぞかし不気味に映ったんだろうな。片眉を上げるマリッちさんや首を傾げる英斗くんに「ごめん気にしないで」と言うと、僕は一歩前に踏み出した。
僕を味方だと思った前者のガラス玉が薄らと瞬き、僕を敵だと思った後者の眼が陰る。対峙する両陣の真ん中まで進み出た僕はマリッちさん達に顔を、英斗くんたちに背中を向けて――おもむろに両手を広げた。
「シュ、ゥ……」
「終太郎くん……君は…」
僕だってあの絵本を読んだ時バカげてるって、ふざけるなって思った。十三年前の記録って話だから、当時マリッちさんは十歳かそこらの女の子……あんな糞みたいな美談の渦中にいて王族や勇者が憎くないはずがない。ハルデルトさん達に向けた怒りは正しいし、止める理由も資格も僕にはこれっぽっちもないけど、
――笑ってほしくなかったから
「マリッちさんもイリグさんも連れて行かせない。でもこれ以上二人がエレジルフ王子を狙うなら、僕は全力で彼を守るよ」
それが僕の正解だ、と最後は吐息にのせるようにして口を閉じる。良くも悪くも想像を裏切った僕の回答に両陣が呆気にとられるなか、ソウシだけが満足そうに笑って隣に来てくれた。僕の正解をより正確に体現するみたいに、ハルデルトさんの視界から後ろの二人を隠してくれた。
「そう、それがシュウタロウ達の答えなの」
「…………」
一切の興味が削げ落ちたマリッちさんの声に、愛称の消えた他人行儀な呼び名に、少なくとも彼女のなかじゃ僕の答えは正解じゃなかったんだと思い知る……そりゃそうだ。自分の一族を皆殺しにした仇を目の前で`全力で守る`とか宣言されたんだから。これぞ正しく、前にも後ろにも進めない状態。ちょっと意味は違うけど立ち位置的にはドンピシャもドンピシャ……なんて考えた次の瞬間、
「勝手に一緒くたにしないでよ」
後頭部に、それはそれは綺麗な飛び蹴りが炸裂しました。わー痛いなー、いや痛くないけど。ヒュイーンと狂った時計の長針よろしく傾いた矢先、「ほい」と伸ばされたソウシの片足に支えられた僕の身体は、きっとそれはそれは絶妙な角度の踏切板となっていたんだろう。体操選手みたいな回転技に合わせて天井を突き破り、グラデーションが掛かった藍色の空をバックに着地したリインさんは10点満点だったから。
「いや無得点だろ。どさくさに紛れて公共施設破壊してんだぞ」
「ぁ、それもそんぶっ……!」
あっさり流されんなとばかりに、崩れた天井の瓦礫が一つ頭に落ちてくる。ソウシの足が相変わらず鉄棒みたいにしっかりしてるから倒れはしないけど、その分腹への圧迫感が……僕絶対に鉄棒苦手、いやもう大嫌いだったろうなこの感覚は。
「さっきは成り行きと条件反射で守るみたいになったけど」
「べつに俺ら何も聞いてねぇけど」
「……アタシはそこの王子サマに味方した覚えないから」
「だから聞いてねぇって。なんならお前がいることも忘れてたくらいだし」
「~~~~っ、だぁああぁあもうアンタこそ何なのよ人が`なんかこのキャラ回想文でいろいろ語ってたわりに直接的な対峙場面激薄じゃん、いまいち感情のらねー`って陰口を回避しようと登場してやったってのに!」
「おーおーおー仮に書籍化されたら丸々カット待った無しのダダ漏れセリフだな――んで?」
本音は、といろいろな意味で唖然呆然騒然失神寸前の干し布団になってた僕に代わってソウシが流れを戻してくれる。ソウシの勢いに押されるがまま前のめりになってたリインさんは、ボケが割り込んでる間もずっと彼女を見上げてた英斗くんを一瞥して腰を伸ばした。地平線に沈みかけの太陽が、再び彼女の表情を逆光で覆う。
「……前言撤回。バカはアンタじゃなくてアタシだった」
「リ、ン?」
「一瞬でも`変わった`と思ったアタシがバカだったって言ってんの」
リインさんがこの図書館に現れた本当の理由は、厨房での僕と英斗くんの会話を盗み聞いてたからだった。手紙を書き直すための参考書がなんで恋愛小説なのか疑問はあったけど、壁越しに聞こえた英斗くんの声音が何となくこれまでと違う気がしたから……それが間違いだったと、足裏で八つ当たられた天井から砂塵が降ってくる。
「アンタは何も変わっちゃいない。どうせ今回も上っ面の笑顔を選んだんでしょ」
「……違う」
「ケモ耳の子の一族を死なせたんでしょ。安全な高みの見物大好物の御貴族様が笑えるように」
「違うよリン」
「なにが違うって違うならなんでアンタはその子に憎まれてるの」
(リインさん……)
ノンブレスで継ぎ足される責めの言葉は彼女の苛立ちと、求めている答えを切実に物語っている。たぶん英斗くんが一言謝れば、解決の有無に関係なくリインさんは溜飲を下げるんだろうけど……英斗くんは「確かにあの人たちは笑ってたけど」とあくまでも否定の姿勢で彼女を見上げ続けている。
「おれは、あの人たちの笑顔を見たかったわけじゃない。むしろ笑ってほしくなかったから、だから――」
「どうでもいいんだよっ」
殺した、と続くかもしれなかった呟きが悲鳴と爆発的に膨らんだ圧に掻き消される。銀色を帯びたそれは瞬時に鋭さを増して英斗くんの首元に迫っ……いやアカカカカッアカンて! 僕は咄嗟にお馴染みの[バリアモンド]を使おうとしたけど、
――アレは結界魔法をすり抜ける術だ
(ってコレじゃ駄目じゃん!)
すかさず腰の脇差にチェンジ帯刀しといて良かったぁ! イテアさんとの戦いでも大活躍だった、相手の攻撃を吸収するあの突き技を――と不格好ながら鋒を向けたはいいけど、
「突……あ…」
ここでかよってタイミングで技名ド忘れしちゃったんですよ僕は! 幸い「これから定期的に暗記テストだな」と嘆息したソウシのレベルアップのおかげで、ノーマル状態でも十文字に受け止められたけど!
「誰が笑ってるとか変わってないとかどうでもいいんだ!」
マリッちさんの叫びが、第二波ならぬ第二刃となって再び英斗くんに牙を剥く。さっきは風を操る系の術だと思ったけど、この空中を走る猫爪の軌跡にそのまま殺傷力を与えたみたいな縦横無尽のしなやかさは、彼女の五指にはまってる爪輪から放たれた長くて柔らかい刃物だった。
「三度目はありません――ご覚悟を」
一切の容赦が消えた低い声音とともに、空中にもう一筋白銀が走った。指十本分の爪刃は不均等に罅割れて飛散、マリッちさんの目が舌打ちと一緒に眇められる。さらに粉砕の衝撃による突風で逆走した刃の破片が彼女に迫るも、すかさず再生された新しい爪刃が叩き落とした。さすがは獣の爪の成長速度……なのに、
「ぐっ……」
「マリッちさん!」
次の瞬間にはその全身から霧吹きみたく血が噴き出した。けど彼女が背中を軽く丸めて唸ったのは、一瞬のこと。淡い緑色の発光と一緒にすぐ傍らに佇むハルデルトさんを睨みつけると、指先から例の煙を放った。数は多く見えたけど、傷そのものは浅かったのかな?
「三度目というのは、なにも慈悲の数だけではありませんよ」
心なしか初見より薄い気がした煙を前にハルデルトさんは一歩も引かず、レイピアを一閃して殆どを吹き飛ばしてしまった。細身の一振りからは考えられない風圧に、マリッちさんも巻き添えをくらって後退したように見えたけど、
「刃」
くるっと宙返りして四肢を軸に本棚の上に下り立ったその姿は、意図的だったと分かる。館内を這うように瞬いた爪刃は壁と天井を斬り捨て……ん?
ゴゴゴゴゴゴゴッ!
「ちょっ、待って待って待って……!」
ナチュラルに器物全壊とか笑えないってば! 轟音と一緒に土砂降ってくる砂塵の雨にツッコみつつ後ろへ走れば――短剣で礫を払う英斗くんの姿があった。短剣ってもしかしてアディさんとレイさんの処女作の、じゃなくて!
「英斗くん今は剣じゃなくて魔ほっ、魔法使っ……」
「へ?」
「って僕がやったほうが速いやバリアモンド!」
まったくこの結界魔法の使用頻度の高さよ! ソウシがレベルMAXにしてくれてることを信じて英斗くんのほうに効力を全振りした刹那、ドスンッと重い衝撃が背中にのしかかる。崩れた天井の一部かと思ったそれは、
「それくらい勇者様に任せりゃいいのによ」
僕の過保護さ(?)に呆れたソウシの尻だった。椅子っていうか座布団にされる頻度も中々だよなぁ、とうつ伏せ状態で苦笑する僕に向けられた溜息は、瓦礫の雨を綺麗に竜巻く。視界が土色に塗り潰されるなか、僕らの周囲だけぽっかりと空気が保たれてるのは変な感じだった。
「……今更だけど、お前がいたら魔法の存在意義なくなるな」
図書館が崩れ切って土色の雨が小降りになった頃。そう呟いたら`重い`って感覚が増し増しになって喉から「ぐへぇ!」って変な声が出た。そこへザザッと、砂や瓦礫の擦れる音が混じる。僕らの[バリアモンド]に守られてた英斗くんは勿論ハルデルトさんも無事で、英斗くんと目が合うと安堵の息を吐いていた。
「ったく、とんずらこきやがったな」
「…………」
マリッちさんとイリグさんが居ないことは、何となく分かってた。図書館を壊したのは逃げるための目眩しと時間稼ぎだろうから……ソウシが言ってるのは、リインさんのことだった。
「あーーーーーっ我らの図書館がーーー!」
ハルデルトさんに言われるがまま、騒音轟音斬撃音が鳴り響いても`待て`の姿勢を崩さなかった館長の悲鳴が、王都の宵の口に吸い込まれていった。




