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八度目の処刑日に、私は微笑む ~七回殺された記憶を全部抱えて、女子高生だった私は今日、断罪パーティーで殿下に「お返し」を差し上げます~  作者: 楠木 悠衣


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第4話「異世界のハンバーグは、命の味がする」

案内されたお部屋は、一言で言って「お姫様の部屋」だった。


天蓋付きのベッドは、うちの自室(四畳半・ロフトベッド付き)がまるごと二個は入りそうなサイズだし、床に敷かれた絨毯は、踏んだ瞬間につま先が沈み込んで一瞬パニックになるレベルでふかふか。

 壁にはお高そうな絵画、窓辺には繊細なレースのカーテン。


「あの……私、ここに泊まるんですか? 物置小屋とかじゃなくて?」

「何を仰いますか、聖女様! ここは我がグライゼン侯爵邸の、最高級の客室でございます!」


鼻息荒く答えてくれたのは、私のお世話係に任命されたという若いメイドのミーナさん。

 なんだかさっきから、私のことを「お労しや……」みたいな、捨てられた子猫を見るような目で見つめてくる。

 いや、私、そこまでボロボロの格好はしてないはず。学校の制服だし、ローファーだし、ちょっと自転車のペダルを踏み外した拍子にトリップしちゃっただけだし。


「旦那様が女性を、それもこんなに愛らし……コホン、尊いお方を連れ帰られるなんて、屋敷の者一同、涙を流して喜んでおります!」

「いや、愛らしいとか尊いとか、そういうのは本当に違うので……」


私の「ふつう」を舐めないでほしい。

 クラスでの私の立ち位置は、炭酸飲料の炭酸が抜けた後の甘い水、みたいなポジションなのだ。あってもなくても誰も気づかない。それなのに、この世界に来てからの持ち上げられっぷりが恐怖でしかない。


ミーナさんに手際よくお風呂に連行され(薔薇の花びらが浮いていた。漫画か)、用意されたこれまた見たこともない最高級のシルクのワンピースに着替えさせられた頃には、すっかり外は暗くなっていた。


ちょうどお腹がグーと鳴った、その瞬間。


トントン、と遠慮がちな、でもどこか切迫したノックの音が響いた。


「ことね。入ってもいいだろうか」


エアハルトさんの声だ。

 どうぞ、と言う前に扉がすっと開く。


「……っ」


入ってきたエアハルトさんは、私の姿を見た瞬間、彫刻のように凝固した。

 灰色の瞳が限界まで見開かれ、息をするのも忘れたように私を見つめている。

 ……え、何? やっぱり似合ってない? ふつうの女子高生が無理して高級ブランドを着たときの、あの「着られてる感」がすごいことになってる?


「……素晴らしいな。天上の妖精でも、今の君の美しさには敵わない」

「はい、お世辞ありがとうございます!」


秒で流した。この人の言葉をいちいち真に受けていたら、私の心臓がいくつあっても足りない。


「それより……その、すごくいい匂いがするんですけど」


エアハルトさんの後ろから、ワゴンを押した料理長さんが、まるで爆弾を運ぶテロリストのような決死の面持ちで入ってきたのだ。

 ワゴンの上には、銀色のドーム型の蓋(クロッシュって言うんだっけ)が被せられた皿が乗っている。


「ことね、君が望んでいた料理……『ハンバーグ』だ。料理長が総力を挙げて再現した」


エアハルトさんが大真面目に言う。

 料理長さんが、震える手で蓋を持ち上げた。


じゅわぁぁぁ……。


心地いい音と一緒に、立ち上る肉汁の香ばしい湯気。

 現れたのは、ふっくらと丸く焼き上げられた、完璧なビジュアルのハンバーグだった。デミグラスソースっぽい濃厚なソースがたっぷりとかかっていて、付け合わせの野菜までピカピカに輝いている。


「おおお……!」


思わず歓声をあげてしまった。

 私の反応を見た料理長さんが、「おお、神よ……!」と胸の前で十字を切っている。大袈裟だな!


「さあ、冷めないうちに食べてくれ。口に合うといいのだが」


エアハルトさんに促され、私はテーブルの席についた。

 彼はなぜか対面ではなく、またしても私の斜め後ろという「いつでもバックアップできます」みたいな位置にスタンバイしている。視線が痛い。


でも、お腹の虫は限界だった。

 ナイフを入れると、肉汁が溢れ出てくる。フォークでひとくち分を切り分け、口に運んだ。


「……!」


モグモグ、と咀嚼する。

 お肉の旨味がぎゅっと詰まっていて、ソースのコクが絶妙。玉ねぎの甘みもしっかりある。

 お父さんが作る、ちょっと焦げ目のついたケチャップ味のハンバーグとは全然違う。これは、銀座の老舗洋食店とかで一皿五千円くらいするやつだ。


「おいしい……! すごいです、これ、完璧にハンバーグです!」

「本当か……っ!」


料理長さんがその場に崩れ落ち、男泣きを始めた。

 どうしよう、異世界の料理人のプライドをめちゃくちゃな方向で追い詰めてしまった気がする。


「よかった。君が笑顔になってくれて、本当に……」


ふと横を見ると、エアハルトさんが見たこともないような、優しく、どこか切ない微笑みを浮かべていた。

 氷の侯爵、なんてあだ名が嘘みたいに、その表情はあたたかい。


(……あ、ずるい)


そんな顔、反則だ。

 ただでさえ顔が良いのに、そんなふうに優しく笑われたら、胸の奥がまたちりちりと音を立ててしまう。


「……エアハルトさんは、食べないんですか?」


照れ隠しにそう聞くと、彼は少し驚いたように瞬きをした後、嬉しそうに目を細めた。


「君が私を気遣ってくれるのか? ああ、嬉しい。だが、私は君が食べている姿を見ているだけで、十分に満たされる」

「……そうですか。じゃあ、遠慮なく全部食べます」


やっぱりこの人、ちょっと距離感と愛の重さがおかしい。


高級ハンバーグのおかげで少し元気は出たけれど、私の「家に帰りたい」という決意は揺るがない。

 絶対に帰る方法を見つけてみせる。

 そう心に誓いながら、私は二口目のハンバーグを口に放り込むのだった。

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