7話 流された先に会う者
頭に何か固いものが当たった。
「いてぇ…………」
僕は上半身を起こして周りを見渡した。
下流の緩やかなカーブに流れ着き、石を積み上げた護岸に引っかかったらしい。
口の中は砂利と血の味でいっぱいだった。
「ぺっ」
川へ吐き捨てる。 口をゆすぎたい。
魚住の顔が浮かんだ。
「……大丈夫だよな」
また後でと言ったなら、僕が生きて戻らないと話にならない。
「橋も見えないし大分遠くまで流されたみたいだ」
そう言って振り向き、息をのんだ。
後方で電車が横倒しになっている。先頭車両は吹き飛ばされ、線路から大きくはみ出していた。
夜間に無人の状態で吹き飛ばされたのか中に人は居なさそうだ。
「逃げるための道を、誰かが意図的に潰しているのか」
そんな推測が、いよいよ現実味を帯びてきた。
「最悪だ」
このまま国に見放されたら救援を待つどころではなくなる。
とにかく、町で衣服と食料を確保する。その後、魚住たちへ合流する。
目標を決めた僕は痛む身体を起こし、町の中心部へ歩き始めた。
静かな住宅街を進むと、アーチ状の看板が見えた。『海イナゲヤ商店街通り』と書かれている。
服屋を探しに通りへ足を踏み入れた直後、鼻につく刺激臭に気づいた。
通りの先では、四角い木材を井の字に積み3m程の巨大な炎を上げパチパチと弾ける音が響いていた。
「道路のど真ん中で?」
異様な光景に足が止まる。
建物の陰から様子をうかがうと、ワゴン車が一台止まり中から袖の無いオレンジのジャケットを羽織った男が3人降りてきた。
全員深いつばのスポーツ帽を被っている。
彼らは背面の荷台の扉を開け、中に詰め込まれた何かを引きずり下ろした。
「死んだ人間……」
死体を荷台から降ろし、炎の中に機械的に放り込んでいる。
処分。残酷だが、葬儀屋や火葬場も動いてないだろうし、あり得ない事ではない。最初はそう思った。
生きた声が響いた。
「か、感染していない!風邪で熱があるだけだ!感染じゃない!」
横たわっていた人間がジタバタと動くが弱々しい。
ジャケットを羽織った男の1人が猟銃を構えて撃ち放った。
ズダン!!空気を震わせ火花を散らす。
ギャ!と短く悲鳴をあげ絶命した。
周囲の男たちは目をそらすこともなく、それを持ち上げて放り込む。
この町は疑わしい者は全て殺めているのか。
異常だ。僕はつばをのみこんだ。
恐怖故か飲み込む音が大反響で周囲に響く感覚に襲われる。
その時、集団の男が1人。こちらをバッと振り返り視線が合った。
猟銃を胸の前に構えた、頬のこけた男。
影になって顔全体はわからないが火の灯りなのか目は真っ赤でこちらをにらんでいる。
男の口が動くと同時に僕は走り出した。
商店街の脇道へ飛び込み、ひたすら走り、また、角で別の道へ。
道路の真ん中に捨て置かれてる自動車に飛び乗って突っ切り、残った体力をふりしぼり走り続ける。
学生の用品店、ドアが半分開いている。
僕は身体を滑り込ませ、音を立てないようにドアを閉めた。
店内は薄暗く、明かりや冷房もついてないのでジメっとしている。
数回深呼吸をして、追手が来ていないことを確認してから店内を見て回った。
靴・子ども用の傘・学校指定用品(名札・体操着・給食着・うわばき・水着etc)などが
店内にぎっしりと置いてある。
ほこりがパッケージの上に少しついており、客足はよくなかったというよりはおじいちゃんが一人でほそぼそとやってるイメージが沸いた。
僕はずかずかと進んで、Yシャツが置かれた木の棚をあさる。
正直、制服はきゅうくつだったが、文句は言ってられない。
カチャ
カウンターの奥から音が聞こえて、僕は身構えながら音を殺して前へ進んだ。
「動くな」
背後から声が聞こえ背中越しにナイフのような物を充てられている。
「僕は感染者じゃない」
そう言いながら僕は抵抗せず両手を開いた。
「追われていたな」
そういって、背後にいた男は正面へとゆっくり回ってくる。
見た目は20代の若い細身の男。
少し日に焼けていて、白と黒が混じった髪をオールバックで後ろに上げている。
細い目に頬がこけている。
服装は、グレーのパーカーに黒いカーゴパンツ。
右手に鞘に収まったナイフを握っている。
危害を及ぼすつもりがないという意思表示だろうか。
「見ていたんですか」
男が近づき、僕の腕をつかんだ。
「噛まれてないな」
「ぴんぴんしてますよ。燃やす気じゃないですよね?」
「あいつらみたいに人を焼いたりはしない」
「意識ははっきりしている。会話も問題なし。感染の可能性は低そうだ」
「未感染と思われる男子一名を発見。集団と接触した可能性あり。現在、学生用品店内」
男はスマートフォンに向かって報告なのか独り言でしゃべっている。
「あの、さっきから誰に報告してるんです?」
男が少し笑った。
「そういえば、名乗ってなかったな」
男はスマートフォンをポケットにしまった。
「松本。陸上自衛隊、三等陸曹だ」
「三等陸曹?」
「階級なんて気にしなくていい。私は自衛官だ。任務でここに来ている」
「自衛官には見えませんけど」
「制服で歩けば、人間も集まってくる。今は目立たない方が都合がいい」
「それで、どうして僕に声をかけたんです?」
「そうだな。今、日本は感染源扱いされてる」
「世界から?」
「そうだ。排除、隔離、分断。色んな国が別々の要求をしている。国内でも同様に色んな要求や命令が回ってきている」
「じゃあ、橋や道路を爆破したのは自衛隊じゃない?」
松本が少し黙る。
「どうしてそう思う」
「国民が残ってるのに、確認もせず道路を吹き飛ばすほど野蛮ではないでしょ」
「……信用されてるってことでいいのかな」
「半分くらい」
「厳しいな」
松本は苦笑した。
「私には特定指示被災者の救出と、安全区域までの移送の任務が与えられている」
「特定指示被災者?」
「簡単に言うと、優先的に助けろって指示が出てる人のことだ」
「例えば……政治家とか?」
松本はうなずいた。
「政治家肝いり《せいじかきもいり》の娘さんを助ける仕事だ」
「ぶっちゃけますね」
「本当は警察に任せる予定だった。でも警察署と連絡が取れない。それで私たちに回ってきた」
「場所は?」
「朝星高校」
僕のいた学校の名前が出てくるとは思わなかった。
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