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6話 2人で渡れば怖くない

 翌朝、僕は眠い目をこすりながら目を覚ました。


 夜中に花火のような爆発音が1時間ほど続いたせいで、ほとんど眠れていない。

 

「おはよ。眠れた?」

 

 そう魚住が窓から外の景色を見ながらたずねてきた。

 

 僕は首を横に振り、立ち上がって横へと移動した。


 同じく窓の外を見る。


 街中のそこかしこで遠くから黒い煙が上がっている。

 

 焦げた金属と油が混ざった臭いが窓の隙間から鼻をかすめた。

 

 そして、道路には大勢の人間がぞろぞろと歩いていた。


「これって…?」


「わかんない。朝起きたら皆、外に出て移動してるの」


「避難指示とかが出てるのかもしれない」


「あの夜みたいに爆発とかしてたら家にいろって言うと思うけど」


「うーん、あの爆発が救援に来た自衛隊とかの攻撃で川べりには避難用のヘリが待機してるとか」


「望み薄ね。それに彼等《かれら》が自国の領土でボンボン弾を撃てるとは思えないけど」


「とりあえず、僕らも行こう。ひとまずボートで向こう岸へ移動して合流が最優先で」


「ん。」


 魚住は僕へ手を伸ばして体を引っ張り起こせとジェスチャーしてきた。


 僕は首を傾げながらとりあえず手を握り魚住を起こした。


「ありがと。よし!いくわよ!」

 

 魚住は僕の背中を両手で押して先を急がせる。


 外に出て歩いている住民たちは道中、悲鳴が聞こえても誰も立ち止まらない。

 

 我先にと早歩きで橋の方角へ各々《おのおの》向かっていく。


 僕はというと魚住に左の手を握られながら、移動する人とはルートが被らないよう歩き続けた。


 こんなに怖がりだったのか、それとも彼女の中で友好度が上がったのだろうか。


 柔らかな手の触感を意識しないように頭のすみへ追い出しながら橋が見える所まで進んでいく。

 

 臭いは更に強まっている。


 臭いの元が見えた。

 

 橋が中央から崩落《ほうらく》していた。


 鋼材《こうざい》、道路、足止めに置いていたトレーラーの破片《はへん》が川へ落ちており、川の流れを変えている。


 橋の上に残っている鋼材《こうざい》は黒い煙と悪臭《あくしゅう》を漂わせていた。


 川縁《かわべり》に止めておいたアヒルボートも見当たらない。


「無いわね。ボート」


「こうなったら避難する人に着いていくしかない、か」


「それ本気?どう見ても危険だけど」


 川べりのサイクリングロードには100人規模の列ができていた。


 避難用の荷物を持っている人間は少ない。

 リュックを背負っているのがちらほらいる程度だ。だが、全員が同じ方向へ歩いている。

 

 そして、誰しもが通信も通話もできないのにスマホをずっと眺めながら歩いている。

 それが不気味で仕方がなかった。


「どっちがゾンビか判らないわね」


「と、とりあえず何処《どこ》へ向かってるのか聞いてみよう」


 僕は近くにいた中年の男性へ声をかけた。


「すみません。皆さんどこへ向かってるんですか?」


「下流だよ。あっちには橋がまだ残ってるらしい。渡った先の警察署から避難バスが出るって話だ」


「誰から聞いたんです?」


「分からん。俺も歩いてる人に聞いたんだよ」


 男性はそれだけ言うと、列へ戻った。


 魚住が小声で言う。


「ものすごく怪しくない?」


「そうだね。道路や橋を壊しておいて避難バスが来ているとはとても思えない」


「やめとく?」


「とりあえず下流まで進んで橋が残っているか見に行こう」


 そう言って僕と魚住も列に加わり、下流へと歩き始めた。


「橋残ってるみたい!向こうまで泳いで渡らなくてもよさそうね!」


「はは、それはよかった」

 

 僕は泳ぎが得意なわけではないし、この深くて広い川を泳いで渡る自信はない。

 

「何か橋の周りで渋滞してない?」


「見に行こう」


 魚住の手を引っ張りながら、僕は先に進んでいく。

 

 先行していた人たちが橋を円形に囲むように広がっている。

 

 その間を縫いながら、二人で前へ出た。


 橋の入口に障害物は無い。


 だが誰も進もうとしない。


 理由はすぐに分かった。


 橋の途中に、数十体の死体が転がっている。


 そして、その死体に群がる感染者たち。


 今は死肉《しにく》をむさぼることに夢中だが、近づけば間違いなく襲いかかってくる。

 

「ダイチ。どうする?」


 魚住はクロールで泳ぐジェスチャーをする。そんなに泳いで渡りたいのだろうか。

 

「そうだね。魚住さんと水泳も良いけど他にも方法はあるよ」


「どうするの?」


 僕は橋の外側にある幅二十センチほどのコンクリートの縁《ふち》を指さした。


「あそこに足をかけるスペースがぎりぎりあるでしょ?そこを渡ろう」


 魚住が僕を見た。


「気づかれないかしら」


「ど真ん中を走って渡るよりは少しはマシってところだね」


 正直、良い策だとは思っていないが奴らがこちらに襲い掛かってきかねない状況で考え込むわけにもいかない。


「落ちたらどうするのよ」


「その時は魚住さん提案の水泳だね」


「それに、ここで待ってても後ろから人が増える。奴らがこっちへ気づく可能性も上がる」


 魚住は周囲の人の群れを見てため息をついた。


「私たちすごい目立たない?」


「落ちたらバズるやつだね」


「はいはい、先行くわよ」


 今度は魚住が手を引っ張って橋へと進んだ。

 

 周囲が大丈夫か?危ないぞなど小声で声を掛けるが気にせず進んでいく。


 コンクリートの縁《ふち》は進む分には問題はないが、橋の距離自体が長い。おおよそ200mはある。


 二人で音を立てずに靴を縁《ふち》から離さずゆっくりと前と動かす。


 真ん中あたりに近づくと腐臭《ふしゅう》が鼻をつらぬき涙が出てくる。


 感染者たちの横を通り抜けていくがこちらには気づいていない。


 意外と鈍感なのか、腹がいっぱいなら興味が無いのか、ホッとしながら進んでいく。


 そんな時、突風《とっぷう》が吹いた。


 魚住がバランスを崩し川の方へ落下しそうになる。


「いや!!」


 悲鳴をあげる魚住に僕はとっさに手すりに掴まりながら腕をつかんで引きずり戻す。


「あ、ありがと」


「ぐわぅ」


「……ぐわ?」


 魚住が首を傾げて僕の背後を見て身体を震わせた。

 

 その悲鳴に反応したのか橋の手すりまで奴らが近づいており、手すりの向こう側から6本の腕がこちらに伸びてくる。

 

「ダイチ!」

 

 魚住が僕の身体を引き寄せ身体を密着させる。


 僕は一瞬ゆるみかけた顔をしまい込んで周りの状況を確認した。


 向こう側へと続く縁《ふち》の先にも奴らが手すりを乗り越えて此方《こちら》に迫ってきている。


「魚住さん。ここでお別れだ。僕が行ったら橋側に戻って道路を進んで。多分、大丈夫だから」


「何をする気なの……」


 うっすらやることがわかっている魚住は目を赤くして涙を流しながら僕の腕をつかもうとする。


「こいつらを音で引き付けて魚住さんをフリーにする」


「だめよ。二人で合流するんじゃないの!」


 そんな魚住の言葉を無視して僕は手すりに登って橋の道路側へと跳躍《ちょうやく》する。


 感染した奴らの頭上を飛び越え、着地。


 落ちていた車の金属片《きんぞくへん》を拾い、地面を叩く。


「こっちだ!」


 もう一度、強く叩くと奴らの視線が完全に向いたと感じた。

 

「ばかダイチ!絶対帰ってきてよ。」


「うん。カラオケバーだっけ?後で会おう」

 

 魚住は強くうなずいた後、道路側へ飛び出し走り去っていく。


 僕も逆方向へと走り出し、途中で捨て置かれている車の窓を金属片《きんぞくへん》でたたき割った。


 ブザー音が鳴り響く。


「車の方へ全部向かってくれればと思ったけどそう都合よくはいかないか」


 数体は車へと頭を突っ込んでいるが、他は全て変わらず僕へと向かっている。


 迫りくる奴らの背後で小さく視界に映る、魚住が向こう側まで進み切った事を確認する。


「あーぁ、これなら水泳の授業をサボるんじゃなかった」


 僕は橋の下、川へと飛び込んだ。


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