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5話 児童センターにて

 扉が開いたままのコンビニ。


 店員はいない。


 商品もほとんど残っていなかった。


 僕と魚住は、空になった棚の隙間や足元まで念入りに探していく。


 もう窃盗《せっとう》だとか、そういう言葉に罪悪感を覚える余裕はほとんどなかった。


 必要なのは水と食べ物。


 それだけだ。


「僕、奥の倉庫も見てくるよ。魚住さんは店内をもう少し探してみて」


「分かった。でも変な音がしたらすぐ戻ってきなさいよ。一人で奥まで行かないで」


「はいはい。心配してくれてありがとう」


「別に心配してるわけじゃないわよ。勝手に死なれたら困るだけ」


「それを世間一般では心配って言うんじゃない?」


「うるさい」


 倉庫もひどい有様だった。


 段ボール箱は破られ、中身だけ抜かれている。


 残っていたのは春雨スープ、漬物、辛い乾麺。


「うーん……微妙だな」


 それでも食べ物には違いない。


 僕は中身の抜かれた防災バッグを拾い上げて詰め込み、店内へ戻った。


「魚住さん、そっちはどうだった?」


「チョコが少し。それと棚の下に雑誌が落ちてた」


「ジャンプか。最悪、火を起こす時には使えるね」


「夢がないわ」


「世界が終わりかけてるからね」


 魚住はじろりと睨んできたが、すぐに小さくため息をついた。


 近くのスーパーにも寄れればよかったが、どこも危険だった。


 閉まっているか、中に死体があるか、あるいは奴らがうろついている。


 食料がありそうな場所ほど人が集まり、結果として危険も集まる。


「マンションで非常食を少し分けてもらえばよかったかな」


「今さら言っても仕方ないでしょ」


「まあね。でも、あの時はそこまで頭が回らなかった」


「私も。ママと話すのでいっぱいいっぱいだったし」


 少しだけ沈黙が落ちた。


 僕はそれ以上、家族の話を続けなかった。


「日も落ちてきたし、今日はどこかで休める場所を探した方がいいね。魚住さん、この辺詳しいでしょ?」


「……あるわよ」


「本当に?」


「何よ、その疑い方」


「いや。地元の人の意見は素直に受け入れるよ」


「ちゃーーーんと泊まれる場所よ」


「言い方が怖いな」


「いいからついてきなさい」


 十五分ほど歩く。


 魚住が足を止めた。


「あった。ここよ!ここ」


 着いたのは児童センターだった。


 建物の周りには低い柵。


 入口には古そうなガラス扉。


 明かりはついていない。


「ここに泊まるの?」


「そう。中はそこそこ広いし。人がいなければ隠れるには悪くないでしょ」


「でも鍵、閉まってるみたいだけど」


「それなら大丈夫」


 魚住が財布を取り出した。


 そこから銀色の鍵。


「……何で?」


「何が?」


「なんで児童センターの鍵を普通に持ってるの?」


「昔、職員さんから借りたことがあるの」


「それで返さなかった?」


「返したわよ」


「じゃあこれは?」


「合鍵を作った」


「それを堂々と言えるのが凄い」


「今さら細かいこと気にしてる場合?」


「そうでした」


「入るわよ」


「はいはい」


 二階には畳《たたみ》の部屋。


 子供用の遊具。


 運動室。


 誰もいない。


 それなのに、不思議と子供たちの声が残っているような気がした。


 走り回る音。


 笑い声。


 もちろん実際には何も聞こえない。


「魚住さんはここによく来てたの?」


「うん。家に帰りたくない時はしょっちゅう」


「一人で?」


「最初はね。でも、ここって学校も年齢も違う子が勝手に集まるのよ。名前もよく知らないのに一緒に鬼ごっこしたり、サッカーしたり」


「ちょっといいね」


「……まあね」


 魚住は受付から古いバインダーを持ってきた。


「これ、入館票《にゅうかんひょう》」


「名前と電話番号が書いてあるやつ?」


「そう。来てた子の名前が残ってる」

そう言って魚住はスマホで入館票を1枚1枚写真に撮り始めた。


「なるほど。避難所に行った際、無事か確認するには名前がいるもんね。そういう意味でここに来たかったんだ」


「悪い?」


「全然。魚住さん優しいなって思っただけだよ」


魚住は少し照れて顔を赤らめながらバインダーをバッグに仕舞った。


 その夜。


 職員室から持ってきた電気ポットで辛いインスタント麺を茹でた。


 辛すぎないようスープ粉末を半分入れて漬物をのせた。


「できたよ。見た目はあれだけど、一応食べられると思う」


「一応って何よ。これ辛くないの?」


「とりあえず食べてみて」


「毒見?」


「料理人を信じてよ」


魚住は受け取り、少しずつ麺をすすった。


「……こういう状況だと何でも美味いものね」


「もっと分かりやすく褒めて」



 その時。


 ガツン。


 二人とも顔を上げた。


「今の聞こえた?」


「聞こえた。入口の方だと思う」


 もう一度。


 ガツン。


 定期的に何かが扉へぶつかっている。


「僕が見る。魚住さんはここにいて」


「嫌よ。私も行く」


「危ないかもしれない」


「だから一人で行かせないって言ってるの」


 僕はロッカーで見つけたさすまたを持った。


 二人で扉へ近づく。


 向こう側。


 小さな男の子。


 小学校低学年くらい。


 特撮ヒーローのTシャツ。


 白く濁った目。


 扉へ身体を何度もぶつけている。


「この子……」


 魚住の声が変わった。


「知ってるの?」


「うん。ここで何度も遊んだ」


「魚住さん、待って」


 止めるより早く、魚住が鍵へ手をかけた。


「ちょっと!」


「だって一人なのよ! もしかしたらまだ――」



 扉が開く。


 少年がよたよたと中へ入ってくる。


「大丈夫?お母さんは?」


 魚住が一歩前へ出る。


「一人で来たの?」


 少年の口が開く。


 顎が外れそうなほど大きく。


「魚住、下がれ!」


 肩を掴んで後ろへ引く。


 少年が飛びかかってきた。


「くそっ!」


 さすまたで胸を受け止める。


 軽い。


 子供の身体。


 だから余計に嫌だった。


「魚住さん、隣の部屋の扉開けて!」


 畳の部屋へ押し込む。


「閉めて!」


 魚住が扉を閉める。


「抑えてるから!早く!」


「分かってる!」


 手が震えている。


 何度か魚住は鍵穴を外す。


「落ち着いて。ゆっくりでいい」


 カチリ。


 扉の施錠《せじょう》が完了した。


 向こう側から。


 かつん。


 かつん。


 扉に身体をぶつける音。


 二人でその場に座り込んだ。


「……ごめんなさい」


「いいよ」


「でも私が勝手に開けた」


「うん」


「もしダイチが噛まれてたら」


「噛まれてないから大丈夫」



 魚住は俯いたまま言った。


「知ってる子だったから。もしかしたら私に会いに来たんじゃないかって、勝手に思った」


「そう思いたかったんでしょ」


「……うん」


「次からは、ちゃんと僕が止めるよ。だから魚住さんも自分ひとりで判断しないで」


 魚住は少しだけ笑った。


「何か、偉そう」


「生き残った方が偉いんだよ」


 僕らは再度、一階も確認した。


 他には誰もいない。


 その時。


 遠くで爆発音《ばくはつおん》。


 窓ガラスが震える。


 真っ暗闇だった空が夕焼けに一瞬だけ戻り、また闇に染まった。


 雲の間を高速で何かが横切り、轟音で木々や窓がぐわぐわと揺れ動いた。


「今の……飛行機?」


「機種までは判らないけど戦闘機《せんとうき》だと思う」


「こんなところで?」


 僕らは窓の外を見る。


 橋。アヒルボートを置いてきた方角だった。


「……嫌な予感がする」


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読んでくださりありがとうございます。

ブックマーク等、反応をお待ちしております!


また、1~4話もかなり内容を変えているので再度お読みいただけると幸いです。

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