2話 スコップ
ダイチ達4人は自転車を漕ぎながらいつもの帰り道を通る。
別段、道路が血みどろになっているとか奴らでひしめいている訳でも無い。
だが、生活音や人の姿が一切なく、四方の遠くからサイレン音だけが絶えず聞こえてくるという異常な世界であった。
リョウタは家に近づくにつれて漕ぐ力を強めていく。
ダイチはその背を見ながら、周囲に奴らがいないかと目を配り続けた。
「奴ら……いないみたいだね」
背中にしがみついていた国花がほっと息をついた。
「あぁ、東玉橋の方面に生きてる人も奴らも行ってるのかもな。逃げるならあっち方面だろうし」
「ダイチ、着いたぞ!先に行くからな!」
リョウタの家は昔ながらの一軒家で、門扉は木の扉、表札には斑鳩と掲げられている。
自転車から降りるや否やリョウタは門扉を強く開き、玄関まで走り去った。
ダイチは落ち着いて自転車を2台とも押しながら中庭へ運ぶ。
「じっちゃん!ばっちゃん!無事か!?」
玄関を開けたリョウタの前には、廊下の壁に背をあずけてうなだれている白髪の初老の男がいた。
「……おぅ、リョウタか。おまぁ、生きてくれとったか」
ぼんやりした表情がゆっくりと笑顔に戻り、しわくちゃの手がリョウタの背中を叩いた。
「あぁ! ダイチが頭使って俺を助けてくれた」
視線を向けられたダイチは軽く会釈する。ガキの頃から悪さのたびげんこつでお世話になってきた人だから、面と向かうと気恥ずかしい。
「そうか。ダイチ、ありがとう。本当に助かった」
「それで、ばあちゃんは……」
「リョウタ。ばあちゃんは死んじまった」
おじいちゃんは一度目を伏せてから続けた。
「気を強く持て。あっちで眠ってるから」
廊下の奥、襖を開けると布団の上におばあちゃんが横たわっていた。眠っているような顔だった。
「ばあちゃん……」
リョウタは声を詰まらせた。肩が小刻みに震え、大粒の涙が畳に落ちた。
ダイチは掛ける言葉が思い浮かばず、一歩引いた。
「朝に買い物に行っててな。ニュースになってる病人に噛まれたんだ。スーパーには倒れた人間がいっぱいおった。どうにか運びながら逃げおおせたんじゃが……」
「ばあちゃんは、その……奴らにはならなかったのか?」
「あぁ。年寄りみたいに体の弱い人間はそのまま死んじまうらしい」
リョウタはしばらく黙って、それからぼそりと言った。
「良かった。ばあちゃんが人を襲うところなんか、見たくなかった」
誰も返す言葉を持たなかった。
「ダイチ、荷物も置かんと。おまんらの親御さんも心配だろうが、今日は泊まってけ」
「ありがたいんですが、僕たち4人とも家族の安否が知りたくて。リョウタの家が一番近いから最初に寄りましたが、この後も回り続けるつもりで」
「家を出た先に何が起きてるかわからん。ダイチが死ぬところをわしゃあ見とうない」
ダイチは魚住と国花へ視線を向けた。
「日が落ちる前に全員の家を回りきるのは難しいかもしれない。今日は一旦ここで休むのはどう?」
国花は涙を流して赤い目をこすりながら言った。「リョウタさんもちゃんとお別れを言う時間が要るからね」
魚住も小さく頷いて肯定する。「私も明日で構わない。お世話になります」
「ありがとう。おじいちゃん、何か手伝えることがあれば言ってください」
「よし、客用の布団が仕舞ってあるから手伝え。後は風呂釜の掃除だな」
こうして4人はリョウタの家でひとまず汗を流した。服を洗濯している間はリョウタのパジャマやジャージを借りる。
水道も電気もガスも、今はまだ使える。
この先どうなるかは誰にもわからないが、今夜は人間らしく過ごせた。
翌日、リョウタとおじいちゃんに起こされ、男3人は庭先へ出た。
「ここにばあちゃんを埋めようと思っちょる。これで穴を掘ってくれ」
「わかった」
ダイチとリョウタは園芸用スコップの柄を強く握り、ただただ掘り続けた。
おばあちゃんが、地上の騒音の届かない静けさの中で眠れるように。
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