1話 異常攻撃性ウイルス
「ダイチ君、夕飯食べてきますか?」
味気ないLINEのメッセージが母との最期のやり取りになるとは思ってもいなかった。
「親」と書かれたスマホのトーク画面を閉じる。
圏外。通話やネットも出来ないスマホの画面には緊急速報と赤く書かれた通知が表示されたままだ。
「緊急速報 9:35
異常攻撃性のウイルスが横浜を中心に関東全域に拡がっています。国民の皆様は自宅で待機し政府からの指示、続報をお待ちください。
又、異常攻撃性のウイルスは感染率が高いです。不要不急の移動、災害時の指定避難場所への避難を禁じております。警察主導での臨時避難場所の設置を予定しておりますので市街アナウンスを聞いて判断をしてください。 今回のウイルスに対する総合緊急対策本部への相談窓口は此方です。
●●-〇〇〇〇-▽▽▽▽」
ダイチはため息を付きながらポケットにスマホをしまい込んだ。
(このアナウンス以降はネットも繋がらない、電話も出来ない。ダイチが持っているスマホはただの置き物となっている)
身長160cmの小柄な高校1年生。前髪はピンとはねており、後ろ髪は肩に届くほどの長さだが、手入が行き届いていないため毛先がほうきの先のようにボサボサとしている。瞳の黒い色素は人よりも薄い。
そんな彼は、現在学校の屋上で一人で外の景色を眺めている。
「まだ起きてから3時間しか経ってないのに何だよこれ」
アナウンスが午前9時35分。これが出る2時間前には僕がいる街はおかしくなっていた。
急に吐血して死ぬ人が続出するし、倒れたと思ったら起き上がって周りの人間を殴ったり噛みついたり襲い始めた。
最初は暴力事件という取り扱いだったニュースが次第に集団暴行事件、テロリズムの可能性の示唆、超感染力を持った致死性ウイルスなど言葉を装飾して報道していった。
今も感染源は判っていないが、SNSでは水道水が原因ではないかと噂が拡散されて校内の水道は使用禁止だ。
「おーい、ダイチ」
背後の屋上扉から気の抜けた声で話しかけてくる。
友人であるリョウタだ。
170㎝で色黒に筋肉質、スポーツマンに見えるが過去に先輩の暴力に耐えかねて病院送りにしてからは帰宅部仲間だ。
「どうした?吐き気が止まらない、体調が優れないなら僕に近づくなよ」
ダイチはしっしっと手で払うポーズを見せた。
「ぴんぴんしてら。用事があって屋上に来てんの」
吸うぞと言いながら、既に口にくわえたタバコに火をつける。
煙いがこいつの吸う銘柄の甘ったるい匂いだけは慣れてきた。
友人は数回、煙を吐いた後に声をかける
「おい、馬鹿」
リョウタは屋上から校庭を見下ろしながら声をかける。
体育館へと移動のために全体集合している学生が目に映る。
「なんだ、不良」
ダイチも同じ物を眺めながら応えた。
「これどう思う?」
「やばいね、でも僕らは運が良い。鉄柵に囲まれた建物でまだ感染者の影響を受けてない」
「じゃあ、あれは?」
リョウタがタバコを向けた先にはこの学校の正門があり、鉄の格子で固く閉ざされている……はずだった。
そこには今、避難してきたと思わしき市民の人たちが20~30人と集まってきている。
初老の警備員が現在、集団での避難は禁じられている事を説明して帰るよう促しているが誰も戻る気配は無く人は増え続けている。
「あー、やばいね」
「だろ?このままだと、アホな教師どもが招き入れそうだ」
そうリョウタが言うや否や教頭の林田が何かを警備員に伝えて門戸を開けさせている。
「クレームが怖いから校長に伝えて開けさせたのかな」
隔離されているという利点が消え去った。その瞬間だった。
「うぎゃあぁっぁあぁ!!」
集まってきていた人たちは散ろうとしてぶつかり、人と人がもつれ合っている。
上に覆い被さっている者が相手の首元に喰らい付き、人の皮、血管を噛みちぎった。
叫び声が止みびくびくと身体が跳ねながらマンホール蓋の3倍はある血溜まりを作り出した。
悲鳴や叫び声が校舎へと伝染する。
倒れ込んだ生徒、死んだはずの生徒、首や腕を噛みちぎられた生徒、それらが起き上がり同じく襲い始めた。
ダイチの背中に汗が流れ落ちた。
避難民の中に感染者が紛れ込んでいたのだ。
人が人を襲っている。
ネットガンとさすまたをもった体育教師が校舎の玄関口でネットガンを放ち感染者を絡めとる。
だが、網で絡まりながらも体育教師を押し倒し喉元を噛みちぎった。
「おい、どうなるんだこれは」
「学校って聖域が破られたね」
「そんなの見りゃわかる!これからどうなんだよ」
「体育館に居る連中は命が危うい。それと僕らもね。とりあえず教室に避難しよう」
「あっちにいる川田とか小田は……助けには行けねぇのか」
「無理だ。遠すぎる、川田と小田だけなら良いがクラス全員来ることになるだろ?連れだって教室まで戻り施錠できると思えない」
「くそっ!!」
リョウタは何でだよ、そうつぶやいた後、小走りで屋上から階段を下りた。ダイチもそれについて行く。
2階降りた先の廊下には教室が6室あり、真ん中に我がクラスがあった。
そこには一人。動かなくなった人間に馬乗りになっている生徒がいる。
「リョウタ、障害は取り除かないとね」
「あぁ」
ダイチは走りながら制服の上着を脱いで右腕で抱える。
馬乗りになってくらいついていたゾンビはコチラに気づき顎を外して大きな口を開けたままこちらへ向かってきた。
ダイチは制服を拡げるように上手から投げた。
投網の要領で拡がり、ゾンビの頭部を覆う。
リョウタはダイチの横から駆け抜けゾンビの足を思いっきり払った。
ゾンビは受け身を取ることもなく果実が潰れる音を立てて廊下を更に赤く染めた。
「あーぁ、これって犯罪になんのかな、正当防衛で何とかなるか?」
リョウタの独り言を聞き流して前に進み教室の中を見る。誰もいない。
「閉めよう。リョウタは向こうの扉をよろしく」
そういって、鍵を閉めようとした。
「入れてくれ!」その時、廊下をドタドタと走る音が聞こえ、数人の生徒が教室に入ってくる
男子2名と女子2名だ。
彼らは息を弾ませながら中に入ってくる。
全員を中に入れた後、ダイチとリョウタは鍵をかけた。
「助かったよ、ありがとな。俺は加藤。よろしく」
男子2人組の内、1人がダイチに声をかける。
直後、廊下には悲鳴と叫び声が続き、一瞬ドアを叩く音が聞こえるがすぐに去っていく。
全員が気味の悪い顔を浮かべながら扉から遠ざかった。
「加藤、この後どうするよ」
2人組の男のうち一人が口を開く。歯がかたかたと震えている。
名指しされた加藤は立ち上がった。
「よし、時間が無い。こんな時こそ避難訓練でやったことを思い出そう。先ずはバリケードだ。な?小松」
「な?って言ったって、サボってたからわかんねぇよ」歯を鳴らしてビビっていたのは小松というらしい。
「はぁ、手短に説明するぞ。ドアの前に机を4個並べろ。その上にひっくり返した机を置いていくんだ。最後に一番上に椅子を山積みにすれば完成だ」
わかったか?と加藤はドヤ顔で説明した
「ダイチだ。僕からも付け足すよ。机を運ぶ際は2人で1個ずつゆっくりと運んでくれ。
それと2段目の机はあらかじめ中身を空にしておいて欲しい」
「良いね。じゃあ皆でやろう。そこの女子2名は机の中身を静かに出しておいてくれないか?」
加藤は震えて座り込んでいる女子2名を指さして声をかけた。
「魚住すみかだ。こっちは国花しおん」
銀縁眼鏡におさげ、少しきつい目つきの女子は魚住と名乗り、その横では黒髪長髪の女子が肩を震わせていた。
「魚住さんに国花さん。頼めるかな?」
2名の女子はこくりと頷いて作業を始めた。
僕たちは強いわけじゃない。悲しむ事すら出来ないほど、状況が異様で本能的に身体を動かしていた。
ダイチとリョウタも無言で作業を行いバリケードを完成させた。
正直なところ、ドアが破壊された時に役立つかは不明だが、心的な余裕が産まれたのは確かだ。
「皆、協力ありがとう。えーとダイチともう一人は?」
「こっちはリョウタだ」
ダイチが代わりに紹介した。
「よろしくねリョウタ。あー誰でも良いけど連絡手段って持ってないよな?俺たちの携帯全員繋がらなくて」
「加藤と同じだよ。俺たちも携帯はしんでるし、屋上から逃げてきただけだ」
「そうか……。まいったな」
「あ、国花さん達も同じくってことでいいのかな?」
「ごめんなさい、私たちも何も……」
国花は胸元まで掛かる黒髪をふわふわと震わせながら何もないことを謝った。
「そっか、国花に魚住もクラスからはぐれたのか?」
加藤の問いに目を見合わせた後うなずいた。
「すみちゃん……魚住さんと二人で体育館へ移動してたんだけど色々あって遅れてね。行こうとした時には悲鳴が聞こえてパニックになって気づいたらこの教室まで走ってたの」
「そっか。おかげで助かったのかもな。何か困ったことあれば教えてくれ」
「おい、加藤。腹が減って困ってんだけど ここにある弁当食ってもいい?」
「だめ。他人の弁当を食うな」
「ちぇっ、良いじゃねーか生きてるかもわからないし」
「あ?うちのクラスの連中が死んでるってことか?」
リョウタが小松へ鋭い視線を向けながらキレた。
「ごめん。悪かった。考えなしだった」
「チッ。気分悪い」
「小松、お前最低だぞ。俺からも謝る。すまなかった」
舌打ちしながらリョウタは此方に戻ってくる。さすがに今は争っている場合ではない
「そんなことより、下がやばいね」
ダイチは全員窓際を見るように手振りで呼ぶ。
校庭には血しぶきと死体、それを漁る者に分かれており地獄となっている。
鉄パイプ1本で戦う主人公や馬に乗りショットガンを持って助けに来る警官もいない。
B級映画以下だ。
「ダイチ、こっから助かる方法は?」
「自衛隊が乗り込んで助けに来るのを待つ」
「はぁ……可能性としちゃ薄そうだな。他は?」
「こいつらの肉体が腐敗して動かなくなるとか?そもそも腐るかどうかも判らないし考えたくない。後は展開次第かな」
なんだよそれと言いながらリョウタは座り込んだ。どうやら疲れたらしい。
教室にいる6人は悲鳴に耳をふさぎながら静かに夜を待ち、次の朝が来るのを待ち続けた。
こんなにも時間が過ぎるのが遅いのかと誰しもが苦痛に顔をゆがめながら座り込んでいる。
そんな中、ダイチは窓についている高さ3mほどのカーテンを外している。
「おい、それが何の役に立つんだ?」
「良いから。役に立たない事を祈ってて。」
ニヤリと軽く笑いながらダイチは作業を続けた。
そのあと、少しして全員で相談してバッグを漁り、水・弁当・お菓子類などを別ける事にした。
小さい罪悪感を覚えながら僕たちは空腹を満たした。
翌日、太陽が完全にのぼり校舎を照らした。
僕たちは悪夢から覚めることはなく、未だ教室に居る。
ダイチが全員に聞こえるように声をかけた。
「皆、3の法則って知ってる?水は3日、食料は3週間、酸素は3分ってやつ」
「知らね。何が言いたいんだ?」
リョウタは疑問を投げる。
「3の法則ってのは人がそれが無くても生きれる日数のこと。僕たちは明後日までに水を手に入れないと生きていけないし、3週間内に食べ物も必須なんだ。ここにいても期待出来るのは雨が降って少し飲めるくらいだね」
ダイチは暗に此処に居ても死を待つだけだと伝えていた。
「僕から提案できるのも3個。1、此処で外の状況が変化するのを待つ。2、体育館裏の防災備蓄倉庫に全校生徒500人分の食料と水がある。そこで外の状況が変わるまでこもるんだ。でも、職員室に鍵を取りに行く必要もある。 3、此処から自宅もしくは警察署など別の場所へ移動する。」
「2は体育館が近いから無理だとして、3はこのドアを開けて奴らがうじゃうじゃ居る校内を抜けるのか」
加藤は手を軽く上げて質問した。
「もちろん、そうじゃない。説明する」
ダイチが軽く持ち上げて見せたのは結ばれたカーテンの束である
「カーテン?何をするつもりなの?」
国花や魚住の女子2名はよくわからないという顔で質問した。
「カーテンをロープに変えるのさ。4枚有る。これを結んで1人ずつ降りるんだ。校門のすぐ左には……」
「自転車置き場だろ?俺とお前はチャリ通だもんな」
どや顔で口をはさんだのはリョウタだ。腹が膨れて元気が出たようだ。
「そうだ。その後は正門か裏門、空いてる方から僕らは抜け出す」
「無理だよ、そんなアクション映画みたいなの」
国花は運動音痴だから降りれないと付け足して顔を伏せた。
「大丈夫、僕やリョウタが先に降りていざというときは受け止めるから」
「加藤たちはどう思う?」
「俺たちも降りる事は賛成だ。でも一階の給食室がセーフゾーンなら其処に立て篭もりたい」
「その案もいいね。自転車置き場が奴らで溢れていたら正直それしかないと思う。」
「じゃあ決まりだな。降りるまでは俺たち仲間だ」
ダイチは窓から身を乗り出し、ロープという名のカーテンを掴み降りていく。
降りる最中、下の教室の惨状に目をつむりそうになるが堪えながら地上まで降りる。
次に魚住が降りた。意外と運動神経も良いし肝も太いらしい。
その次はリョウタが国花を背負ったまま自衛隊のレンジャーみたいに両足で壁を蹴り上げ少しずつ高度を下げながら降りていった、器用な奴だ。
あとは加藤たち男子チームだ。
その時、学校、いや街全体に音が響いた
行政からの通知音やLINEの音、メールなどの通知音。
様々《さまざま》な音があちこちで響いている。
自分のスマホも鳴動している。
LINEで「親」と書かれたスマホのトーク画面には新しいメッセージは無い。
だが、LINEのニュース画面には1件 不吉な文字が流れている。
「霞が関救出劇、失敗に終わる。米軍による武力的解決も視野か」
即座に開く。国会議事堂にいた、政治家の避難脱出劇が失敗に終わったらしい。
どういう作戦だったのか、警察主導なのか自衛隊なのか記事の内容も乏しく何もわからない。
判ったのは関東圏が感染範囲でとてつもなく広く、米軍が救出ではなく感染経路の拡大を防ごうとしていることだ。
空爆によって主要幹線道を破壊する計画が挙がっていると書かれている。
そうなった場合、僕らは完全に孤立することになる。
「ヴァヴァヴァッ」
一体のゾンビが起き上がり此方に歩いてくる。
無機質な瞳がこちらを捕え、口を開いた。
ダイチは咄嗟に傘を突き刺し開く、飛散防止のためだ。
リョウタが即座に頭を蹴りぬき奴は動かなくなった。
上を見ると加藤たちは降りずに窓からこちらを見ている。
「ダイチ、リョウタ先に行っててくれ、あわよくば大人を見つけたら俺たちの事を伝えて助けに来て欲しい」
加藤はそう叫んだ。
「残るのか?」
「あぁ、回線がまた復旧したら警察にも頼れるし、SNSにHELPを書くことだって出来るから!」
それは今の日本が残ってればの話だろと口から出かけたが、わかったとだけ言って僕らは急いで自転車置き場へと向かった。
自転車置き場に運よく奴らはいない。
ダイチとリョウタは自転車に乗り、国花と魚住を手招きした。
「どこへ向かう?」
リョウタが矢継ぎ早に尋ねる。
「裏門から抜けてまずはリョウタの家へ向かおう。一番近いし。あとは、魚住さんや国花さんを家か警察署まで届けて僕の家に行く。
それでいい?」
3人とも、無言でうなずく。
「よし、それじゃ後ろに乗って」
国花が僕の腰に手を回した。
慣れない手つきでくすぐるように探り、きゅっと腕に力を入れる。
背中に感じる温もりにこんな状況でも自分の体温が上昇しているのが判る。
こんな青春の1ページって憧れてたよな。
好きな女子を乗せて桜並木を通り今日の学校での出来事を話しながら帰路に着く。
叶う事も無い、甘ったるい夢。
覚めない悪夢の中で叶っている幸運に嗤いながら、
僕は自転車のペダルを強く踏みたたいた。
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