第35話、重なる声、混ざる残響。
「よし、音量チェック……。マイク、よし。OBS、起動」
碧は手際よく配信準備を整えていく。
今夜は『Team D』としての二回目の公式練習試合だ。昨日の三連続チャンピオンで、ネット上の注目度は最高潮に達している。公式の配信サイトでは、すでに数万人の視聴者が待機していた。
一方で、左隣の家の七瀬、右隣も家の椎名、そして向かいの美波もまた、それぞれの「聖域」にいた。
「えへへ、見て見て! 碧に選んでもらったマイク、セット完了だよっ!」
七瀬――もとい、天下のアイドルVTuber『神志名鈴香』は、防音材を貼り付けたばかりの壁に向かって、新しいマイクに声を吹き込んでいた。
「……うん、最高! 碧の選んだものに間違いはないもんね!」
彼女はまだ知らない。自分が恋焦がれるほど尊敬しているオーダー(司令塔)の椎崎が、今日一緒に買い物をした幼馴染の碧その人であることを。
「……セッティング、完了。碧が言っていた通り、このマイク、解像度が違う」 クールなウィスパーボイスで知られる『雲雀川美桜』こと美波は、無機質な部屋の中で、新しいデバイスを愛おしそうに撫でていた。
「準備は万端ですわ。椎崎様、今夜もわたくしを……いいえ、わたくしたちを勝利へ導いてくださいまし」
気品あふれる『神楽坂遥』こと椎名は、背筋を伸ばし、お嬢様キャラクターとしてのスイッチを入れた。
午後九時。
Discordの通話チャンネルに、四つの明かりが灯る。
「皆さん、こんばんは。今日もよろしくお願いします」 椎崎が、落ち着いた低音で挨拶する。 「こんばんはーっ! 鈴香、準備万端ですっ!」 「……ん。……美桜も、いける」 「遥も、いつでもよろしくてよ」
(……やっぱり、この声……)
碧は、ヘッドセット越しに聞こえる三人の声に、妙な懐かしさを覚える。
昼間、秋葉原で聞いた彼女たちの地声とは確かに違う。だが、言葉の端々に宿る「魂」のようなものが、あまりにも自分の知っている幼馴染たちに似通っているのだ。
だが、そんな感傷に浸っている暇はなかった。
スクリムが開始される。参加チームは、プロチーム三組を含む、国内屈指の精鋭二十パーティ。
「降下地点、ノースエリアの工場跡にします。美桜さん、索敵を」
「……ん。……敵一組。……被ってる」
「強行突破します。遥さん、グレネードで牽制。鈴香さんは僕に続いてください」
「了解ですわ!」
「はーいっ!」
戦場に入った瞬間、四人の連携はもはや神業に近い領域へと達した。 椎崎が最短ルートを指示し、神楽坂遥が完璧なカバーを入れ、雲雀川美桜が遠距離から脅威を排除し、神志名鈴香が持ち前の反射神経で近接戦闘を制する。
「鈴香さん、右の遮蔽物! 相手ショットガン持ってます、気をつけて!」
「わわっ! りょ、了解っ! ……えいっ!」
ドォォン!
鈴香が逆にショットガンで返り討ちにする。
「ナイス。……でも鈴香、……今の、ちょっと危なかった。……バカ」
「むぅ、美桜ちゃんひどい! でも倒せたからいいでしょー?」
その掛け合いを聞きながら、碧はふと思った。
(……今の「バカ」って言い方、美波にそっくりだったな。それに、鈴香の「むぅ」っていう膨れっ面が目に浮かぶような声、七瀬そのものじゃないか?)
まさか、な。
碧は自分の考えを打ち消す。
だって彼女たちは今、日本中で数百万人が視聴している画面の向こう側で、完璧な「アイドル」「お嬢様」「クールビューティー」を演じているのだ。
一方、七瀬たちの方も、椎崎の指示に奇妙な既視感を感じていた。
(……椎崎さんの「気をつけて」って声……。今日の昼間、碧が「重いから持つの代わるよ」って言ってくれた時の声に、そっくり……)
七瀬は、顔が熱くなるのを感じた。
(……この、背中を任せても絶対に大丈夫だと思わせてくれる安心感。椎崎様は、どこか碧さんに似ていらっしゃいますわね……)
椎名は、精密な射撃を行いながら、心の片隅で幼馴染の少年を思い出していた。
「チャンピオン……。これで五連続ですか」
椎崎が、少し疲れたような、しかし満足げな声を漏らす。
スクリムの結果は圧倒的だった。
プロチームすらも寄せ付けない圧倒的な「個」の力と、それを束ねる椎崎の「戦術」。
SNSでは『#TeamD』が世界トレンド一位に躍り出ていた。
「お疲れ様でした。今日はこの辺にしましょう。明日は……」
「あ、明日はお休みがいいです!」
鈴香が食い気味に言った。
「実は、明日は幼馴染のみんなと……あ、えーと、お友達と美味しいパンケーキを食べに行く約束があるんです!」
「……私も。……楽しみ。……パフェも食べる」
美桜も付け加える。
「あら、奇遇ですわね。わたくしも明日はティータイムの予定が入っておりますの」
遥が上品に笑う。
(……明日、四人で駅前のカフェに行く約束、してたな……)
碧は苦笑した。
「そうですか。では、明日はゆっくり休んでください。僕も……少し、出かける予定がありますから」
「あはは! 椎崎さんも、誰か大切なお友達と会うんですか?」
鈴香の無邪気な問いかけ。
「……まぁ、そんなところです。腐れ縁の、騒がしいやつらですよ」
そう答える椎崎の声は、配信用の作り声ではなく、少しだけ「碧」としての素の優しさが混じっていた。
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