第33話、全力で自分を推していくスタイル。
――そして、翌朝。
「……朝か」
けたたましい目覚まし時計の音に叩き起こされる。
睡眠時間は四時間弱。昨日の「目覚めの良さ」はどこへやら、今日は鉛のように体が重い。
ふらつく足取りでリビングへ降り、トーストを口に詰め込み、コーヒーで強引に脳を覚醒させる。
「行ってきます……」
誰にともなく呟き、家を出る。
朝日が眩しい。目が痛い。
門を出て数歩進んだところで、同じくゾンビのような足取りで歩く人物と遭遇した。
「……あ、碧。おはよぉ……」
隣の家から出てきたのは、髪の毛が少し跳ねたままの七瀬だった。
いつもの元気印はどこへやら、目の下には薄っすらとクマがあり、今にも道端で寝落ちしそうだ。
「……おはよう、七瀬。お前、すげぇ顔してるぞ。昨日何時に寝たんだ?」
「んー……わかんない。なんか、興奮して眠れなくて……あふぅ」
大あくびをする七瀬。
「奇遇ですね……わたしも、少々寝不足です」 「……私も。……眠い」
反対側の家から椎名が、向かいの家から美波が現れる。
二人とも、完璧な制服の着こなしとは裏腹に、顔色が少し悪い。
「お前ら全員、夜更かし組かよ。何してたんだ? また三人でゲームか?」
俺が何気なく聞くと、三人の身体がビクッと跳ねた。
「えっ!? あ、いや、その! 違うよ! テスト勉強! そう、勉強してたの!」
「そ、そうです! わたくしも生徒会の資料作成が長引いてしまって……決して、朝までFPSの動画を見返してニヤニヤしていたわけではありませんわ!」
「……ん。……動画編集。……じゃなくて、読書」
三人の挙動不審さが半端ではない。
目が泳ぎまくっている。
「ふーん? まぁいいけど。無理すんなよ」
俺はあくびを噛み殺しながら歩き出す。
三人は顔を見合わせ、安堵の息を吐き、俺の後ろをついてきた。
「ねぇねぇ碧! そういえば見た!? 今朝のニュース!」
七瀬が話題を逸らすように、少しテンションを上げて話しかけてきた。
「ニュース?」
「ゲームの大会のやつ! ほら、椎崎さんのチームメンバーが決まったって!」
「あー……うん。見たよ」
見たも何も、当事者だ。
「すごいよねー! あの『神志名鈴香』ちゃんと組むなんて! 私、鈴香ちゃんの大ファンなんだよねー! 可愛いし、歌うまいし、ゲームも上手いし!」
七瀬が自分のことを「大ファン」と言って褒めちぎる。
傍から見ればただのファンだが、正体を知った後だと、とてつもない自画自賛に見えるかもしれない。まあ、俺は知らないのだが。
「神楽坂遥様も素敵ですね。あのような気品ある振る舞い、憧れてしまいます」
椎名も負けじと自分を褒める。
「……雲雀川美桜。……最強。……推せる」
美波に至っては、真顔で自分を「最強」と言い切った。
「お前ら、それぞれの推しがブレないな」
俺は苦笑するしかない。
まさか彼女たちが、昨晩俺と一緒に戦場を駆け巡った戦友だとは微塵も思わず、俺は適当に相槌を打った。
「でもさ、リーダーの『椎崎』って人、どんな人なんだろうね?」
七瀬が上目遣いで俺を見てくる。
その瞳の奥に、探るような光が見えた気がして、俺はドキリとした。
「さ、さぁな。ただのゲームオタクじゃないか? 根暗で、友達もいなくて、一日中モニターにかじりついてるような」
俺はわざと自分を卑下するように言った。
正体がバレないためのカモフラージュだ。
すると、三人の表情が一変した。
「そんなことないよ!!」
「そうです! 彼はきっと、知的で冷静で、素敵な殿方です!」
「……訂正しろ。……椎崎は、かっこいい」
三人が猛烈な勢いで食いついてきた。
朝の住宅街に響き渡る怒声に近い反論。
俺はタジタジと後ずさる。
「お、おう……悪かったよ。そんなに怒るなよ」
「もう! 碧は分かってないなぁ。あの采配、あの声! 絶対にイケメンだって!」
「声には人柄が出ますもの。彼はきっと、優しくて包容力のある方です」
「……背中を任せられる男。……貴重」
三人の熱弁は学校に着くまで続いた。
俺は嬉しいやら恥ずかしいやらで、耳が熱くなるのを隠すのに必死だった。
自分のことを目の前で褒めちぎられる(しかも別名義で)というのは、なんともこそばゆい拷問だ。
教室に入ると、案の定、田中が待ち構えていた。
「碧ーーッ!! お前見たかァァァッ!!」
「うるさい。朝から鼓膜破る気か」
「Team D! 神志名鈴香! 神楽坂遥! 雲雀川美桜! そして椎崎! なんだこのドリームチームは! 俺は悔しいぞ! 椎崎、そこ代われぇぇぇ!!」
田中は机に突っ伏して慟哭している。 クラスの男子たちも、「椎崎は神だろ」「元プロか?」「いや、登録者160万人もいる神ストリーマーだぞ」と噂話に花を咲かせている。
俺は鞄を置きながら、内心で冷や汗を拭った。
(……バレてない。俺はただの目黒碧だ。椎崎じゃない)
授業中も、俺の頭の中は昨日のリプレイでいっぱいだった。
あそこはもっと早く詰められたな。
あの場面、神楽坂さんの射線を塞いでしまったかもしれない。
神志名さんの突撃癖、どうやってコントロールするか……。
ノートに走り書きするのは、数式ではなく戦術マップ。
教師の説教よりも、次の練習のオーダーの方が重要だ。
昼休み。
いつものように屋上へ連行された俺は、三人とお弁当を広げていた。
「ねぇ、碧。今度の週末、空いてる?」
唐揚げを頬張りながら、七瀬が聞いてきた。
「週末? 特に予定はないけど……」
強いて言えば、大会に向けての自主練か動画研究をするつもりだったが。
「じゃあさ、買い物付き合ってよ! 秋葉原!」
「またか? 先週行ったばっかりだろ」
「いいじゃーん! ちょっと買いたいものがあるんだよねー。マイクとか、吸音材とか!」
「マイク? 吸音材?」
俺は箸を止めた。
ゲーマーならともかく、普通の女子高生が吸音材を欲しがるか?
「あ、いや、その! 最近、カラオケアプリにハマってて! 家で歌の練習しようかなって!」
「そ、そうです! わたしも朗読の練習をしたくて、防音設備には興味があります」
「……私も。……実況……じゃなくて、通話の音質上げたい」
三人が慌てて言い訳を重ねる。
怪しい。明らかに怪しい。
だが、俺は深く追求しなかった。
「ふーん。ま、いいけど。俺で役立つなら」
「やった! さすが碧! 愛してるー!」
七瀬が抱きついてこようとするのを、俺は片手で制した。
その時、椎名がポツリと漏らした。
「それにしても……昨晩の『エリア収縮』、厳しかったですね」
「ん? エリア収縮?」
俺が聞き返すと、椎名はハッとして口を押さえた。
「あ、いいえ! 天気の話ですわ! 低気圧の収縮が……頭痛がしましてよ!」
「そ、そうそう! 天気図の話だよね! 椎名ちゃん、気象予報士目指してるもんね!」
「……無理がある」
美波がボソッと突っ込む。
どうも今日のこいつらは、いつも以上に様子がおかしい。
何か隠し事をしているのは明白だが、それが「俺と同じチームのメンバーであること」だとは、さすがに想像の埒外だった。
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