第26話、通知の嵐と、鈍感なソロプレイヤー。
電車に揺られ、家の最寄り駅に着いた頃には、日はすっかり落ちていた。
普段なら「夕飯どうする?」という話になる時間だが、今日は違った。
「今日は、せっかく新しい機材買ったから、碧の家で夕飯は食べれない!」
七瀬が駅の改札を出るなり宣言した。
「ええ。ドライバのインストールや、配線の整理に時間がかかりますもの。今夜は個々で済ませましょう」
椎名も早足だ。
「……早く、繋ぎたい。……おやすみ、碧」
美波は既に目がモニターに向いている。
「お、おう。……わかった。じゃあ、また明日な」
あっという間に解散となった。
それぞれの家へと吸い込まれていく3人の背中を見送り、俺も自宅のドアを開けた。
静寂。
朝の騒がしさが嘘のようだ。
「……ま、俺も昨日の余韻でFPSやりたかったし、ちょうどいいか」
俺はコンビニで買ってきた弁当を温め、早々に夕食を済ませると、防音室へと向かった。
PCの電源を入れる。
『Shiizaki』のアカウントでログイン。
「さて、今日も潜るか」
ヘッドセットを装着し、俺はランクマッチの世界へと没入していった。
***
一方その頃。
隣の家、向かいの家では、新たな機材に囲まれた少女たちが、それぞれの夜を迎えていた。
【神志名鈴香の配信】
「はーい! 皆おっつー! 神志名鈴香だよっ!」
新しいマイクアームとマウスをセッティングし、ご機嫌な七瀬が配信を開始した。
『おっはよー!』『夜だけどおはよー!』『昨日のコラボ最高だった!』
コメント欄が流れる。
「えへへ、昨日はありがとねー! 今日はね、秋葉原にお出かけして、新しい機材買っちゃったの! だから、ちょっと雑談しながら、使用感確かめていくね!」
七瀬はマウスをカチカチと鳴らす。
「やばい、このクリック感最高! これならウィングマンもバシバシ当たるかも!」
【神楽坂遥の配信】
「ごきげんよう。神楽坂遥ですわ」
椎名は、新しいキーボードの感触を確かめるように、優雅にコメントを打っていた。
『ごきげんようお嬢様』『昨日のスモーク神がかってた』
落ち着いたチャット欄。
「ふふ、昨夜の余韻がまだ冷めませんわね。本日は、わたくしの新しい相棒……このキーボードの打鍵音と共に、優雅なティータイム(雑談)を過ごしましょう」
コトコト、と心地よいタイピング音がBGMに乗る。
「秋葉原という街は、何度行っても刺激的ですわね。……ええ、少し大きな買い物をしてしまいましたの」
【雲雀川美桜の配信】
「……ん。……雲雀川美桜、配信開始」
美波は、新しい360Hzモニターのヌルヌル動く画面に感動していた。
『みおちゃんこん!』『昨日のスナイパー凄すぎた』
画面の向こうの敵が、止まって見えるようだ。
「……見える。……全部、見える。……今日は、雑談。……機材、変えたから。……調整」
ボソボソと喋りながら、射撃訓練場で的を撃ち抜く。
「……秋葉原、行ってきた。……楽しかった。……マグロ、美味しかった」
3人がそれぞれのチャンネルで、今日の「デート(という名の買い物)」のエピソードを、特定されない範囲で語っていた。
「幼馴染と行った」とは言わず、「友人と」とぼかしながら。
配信開始から30分が経過した頃だった。
3人のコメント欄に、ほぼ同時に、ある情報が投下された。
【神志名鈴香のチャット欄】
『そういえば鈴香ちゃん! 椎崎さんがフォロー返してくれてたよ!』
『リプも来てた! 見た!?』
「えっ!?」
七瀬の声が裏返った。
【神楽坂遥のチャット欄】
『遥様、朗報です。あの椎崎氏からリプライが届いております』
『相互フォローおめでとうございます!』
「……はぇっ!?」
椎名が素っ頓狂な声を出し、紅茶をこぼしかけた。
【雲雀川美桜のチャット欄】
『みおちゃん、椎崎さんからリプ来てるぞ』
『フォローもされてる! てぇてぇ!』
「……!!」
美波が目を見開き、マウスを落とした。
3人は慌ててTwitter(X)を確認した。
スマホを持つ手が震える。
『通知:椎崎さんがあなたをフォローしました』
『通知:椎崎さんから返信がありました』
それぞれの画面に、朝、碧が送ったあのリプライが表示されている。
神志名鈴香(七瀬)の反応:
「うそっ、うそうそうそ!! ほんとだ!! 椎崎さんだ!! 『最高に楽しかった』って!! きゃーーーーっ!!」
彼女は椅子の上で回転し、顔を真っ赤にして叫んだ。
「え、待って、返信しなきゃ! 配信中だけどいいよね!? みんな許して!!」
七瀬は震える指でフリック入力を始めた。
『わわわっ! フォローありがとうございますっ! 私の方こそ、夢みたいでした! ぜひまた遊んでくださいっ! お願いしますっ!(>_<)』
神楽坂遥(椎名)の反応:
「……あ、ありえませんわ……。あの孤高の椎崎様が……わたくしに……」
彼女は口元を手で覆い、感動に打ち震えた。
「『最高のチームでした』……。こんなに嬉しい褒め言葉がありますこと……?」
彼女は深呼吸をして、震えを止めてから、上品かつ迅速に返信した。
『恐縮ですわ。椎崎様の指揮があればこそです。フォローバックさせていただきました。ぜひ、また戦場という名の舞踏会へお誘いくださいませ』
雲雀川美桜(美波)の反応:
「……椎崎さん。……見ててくれた。……私の、援護」
彼女は画面を拝むように見つめた。
「……嬉しい。……超、嬉しい」
無表情なアバターの裏で、美波はニマニマと笑っていた。
『……こちらこそ。……フォロー、ありがとう。……いつでも、背中、守る。……また、呼んで』
3人とも、配信中であることを忘れるほどの動揺と歓喜を見せた。
だが、リプライを送り終え、一息ついたところで、ふと我に返った。
そして、それぞれの配信で、申し合わせたかのように、ポツリと本音(愚痴)を漏らした。
七瀬:「……でもさー、相互フォローなら、DMくれてもいいのにねー! リプだけとか、硬派すぎない!?」
椎名:「……ふふ。公の場でご挨拶とは、律儀な方ですわね。……裏でこっそり誘ってくださっても、よろしくてよ?」
美波:「……DM、待ってたのに。……鈍感」
リスナーたちは『それが椎崎クオリティ』『奥手なんだよ』『そこが良い』と大盛り上がり。
こうして、SNS上での「伝説のチーム」の再会は、ファン公認の尊いイベントとして刻まれたのだった。
その頃、騒動の中心人物である目黒碧――椎崎は。
「よし、ワンピック取った! 詰めるぞ!」
ダダダダダッ!
激しい銃声。画面の中で敵が倒れる。
「ナイス! チャンピオン!」
『GG!』『椎崎最強!』『エイムキレキレだな』
「ははっ、今日は調子がいいな。新しいマウスパッドのおかげかな(買ってない)」
彼は、自分の送ったリプライが3人の美少女配信者を悶絶させ、数万人のリスナーを巻き込んだお祭り騒ぎになっていることなど、露ほども知らなかった。
もちろん、その3人が、さっきまで一緒に海鮮丼を食べ、今は隣の部屋で「DMよこせー!」と叫んでいる幼馴染たちであることにも、気づく由もなかった。
「……ん? なんかTwitterの通知が鳴り止まないな。……ま、後で見るか」
碧はスマホを裏返し、再び『マッチ開始』のボタンをクリックした。
「さあ、次はどんな味方が来るかな」
夜はまだ長い。
すれ違い続ける4人の関係は、まだしばらく、この心地よい平行線を辿るようだ。
けれど、いつか線が交わるその時まで、彼らの青春とゲームライフは続いていく。
「……あ、そういえばあいつら、ちゃんと飯食ったかな」
ふと、幼馴染たちの顔が浮かんだ。
碧は苦笑し、モニターに向き直る。
「……ま、元気そうだったし、大丈夫か」
銃声と歓声が、再び防音室を満たした。 幸せな日曜日の終わり。そして、また騒がしい月曜日がやってくる。
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