後日談 グレイシアの婚約者 その5
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ガドナンから了承の返事をもらうことができたグレイシアは、えさえさと自室に戻ってマクライ王に謁見を求めた。
その返事はさほど間を置くことなくグレイシアの元へ届いたが、指定されたのは仕事の終わる夕刻。呼ばれたのは王宮にある家族の談話室だった。
護衛は扉の外。室内には家族四人とガドナンだけ。茶の用意をしたメイドたちはすでに退室済みだ。
カップに口をつけ、マクライ王は目の前に座るグレイシアとガドナンを見た。
「さて、グレイシア。話とはなんだ?」
「はい。お父様。私、婚約についてガドナンと話をしました。彼が望まないなら私から白紙を求めるつもりでしたが、ガドナンが了承してくれました」
「そうか。それはよかった」
己の意思で決められない。それでも、そこにあるだけの覚悟を聞き、マクライ王は安堵しつつガドナンへ視線を向けた。
ソファに浅く腰掛け背筋を伸ばす、娘よりも遥かに年上の護衛騎士。ギルヴァに「こいつだな」と決められたときには驚きはしたが、あまり不安は覚えなかった。ガドナンがどれだけ真摯にグレイシアに仕えているかはよく知っている。
「ガドナン。グレイシアはどうにも喜びを隠しきれていないようだ。娘を頼む」
「はっ。我が身に余る光栄にございます。殿下を必ずや幸せにいたします」
「お父様、お母様。私、ガドナンと結婚できるだけで充分に幸せです! この婚約を組んでくださって本当にありがとうございます」
それはもうにこにこと語るグレイシアに、少しアリエッタ妃も驚いたように目を瞠る。
「あら……。グレイシア。あなた……」
「ガドナンは私の初恋の人ですもの! ずっとずっと好きだったのでとっても嬉しいです!」
「ほぉ…」
「あら…」
初耳両親も驚きを隠せない。だが、グレイシアのその表情が嘘を言っているとは感じられない。
両者を交互に見て、ライネルは呆れたようにグレイシアを見た。
「グレイシア。そのへんにしてやれ。ガドナンが呻いて俯いて顔が真っ赤だぞ」
「ふふふっ。私も初めて知ったのだけれど、ガドナンってね、とても照れ屋さんだったの」
「うん分かった。これ以上追い詰めてやるな」
おまえ、これから苦労するな…と言わんばかりのライネルの目に、お察しくださり感謝いたします…とでも返しているガドナンの目。義兄弟が通じ合う傍らで、マクライ王は声を上げて笑った。
「そうかそうか! それは重畳。グレイシアが尻に敷く光景が今から目に浮かぶ」
「まあ!」
柳眉を吊り上げるグレイシアだが、アリエッタとライネルも無言で頷く。
顔の熱をなんとか逃がそうと試みながら、ガドナンは「へ、陛下…」と手を挙げた。
「私は殿下の護衛部隊隊長を務めておりますが、婚約を発表された後のことはどのようにお考えなのでしょう?」
「婚約中は今のままでよいよい。婚姻後についてはそなたとグレイシア、ハウンド家で話し合うことも必要だろう。そなたが婚姻後も近衛騎士として勤めることを望むならばこちらも考慮しよう。領地に戻るつもりならばそこに王家が関与することはない」
「承知しました」
「だけれどグレイシア。嬉しいからといって公私混同は許されないわ。きちんと分けなさい」
「もちろんです。お母様。ご安心ください。そこはラウノアさんに秘訣を学びましたもの」
「ガドナンもシャルベルに学ぶか? グレイシアは不意打ちで攻撃してきそうだ」
ライネルのしれっとした言葉にグレイシアが「兄様!」と憤慨しているが、ライネルは気に留めない。そんな兄妹にガドナンも笑みを向けた。
意地悪な兄にグレイシアはじたりとした視線を向けた。
「そういう兄様はどうなの? ちゃんと口説けてる?」
「あー。町へ出たいなあ」
目も話も逸らすライネルに困り果てるのはグレイシアとアリエッタ。それとは逆に、ガドナンは怪訝とした目でマクライ王を見た。
「ライネルの相手にレリエラ・クロンベリア嬢をと思っているのだがな。本人に逃げられることなきようライネルに釘を刺しておる」
「なるほど……。彼女は手強いですね…」
並みの男は相手にならない騎士団副団長であり竜使い。竜使いとしても貴族としても交流のある人なので、多少なりと知っている。
彼女もまた縁談話はあるだろうに一向に話が出てこない。……そんな相手をライネルは狙っているのか。
「殿下は、またなぜ彼女を……?」
「おまえも彼女もそうだが、まあ……竜使いへの牽制の意味もある。国にとって竜は重要な存在だが、敵になれば困る。加えて今は古竜に乗り手がいるからな。あとは人柄教養影響力諸々を考慮の末」
選考基準にガドナンは納得を覚えた。
竜が国に仇なしたことはない。しかし竜は決して安全安心の生き物ではない。乗り手に反意があれば竜を動かすことがないとはいえない。
竜は強力だ。だからこそ、万が一を考える。国としても竜を抑えられるものが必要なのだ。
加えて今は、それまで一切毛ほども存在を考えられなかった古竜という強力な力が振るわれる状況にある。古竜が竜たちにとって特別な存在であることは判っている。
古竜の乗り手になった貴族令嬢ラウノア。彼女は同じく竜使いであるシャルベル・ギ―ヴァントの婚約者。
婚約後に判明したこととはいえ、ギ―ヴァント公爵家に強力な竜使いが揃ったことになる。国としてもそれは無視できない。だからこそグレイシアとレオンの婚約の可能性も消え、対抗できる力が必要になった。
王子と姫の婚約の裏にはこういった事情があるのだろうとガドナンは読み取った。そして思考を巡らせつつ、遠い目をしているライネルを見る。
「ライネル殿下。……私の義姉はクロンベリア侯爵家の次期当主殿と友人関係です。もしよろしければ、口添えを頼んでみましょうか?」
「本当か!? 茶に誘っても声をかけても全く手応えがないからどうしたものかと思っていたんだ! だが、あからさまにしないようお願いしたい。本当に、本当に逃げられては困るんだ!」
「わ、分かりました。その旨を伝えおきます」
「頼りになる義弟だ! 俺は嬉しいぞ」
「光栄です」
「ちょっと兄様。私のガドナンを勝手に使わないで。私の護衛騎士で、私の婚約者なのよ」
「心優しいガドナンからの申し出をありがたく受け取っただけだ。なんだ嫉妬か? 度が過ぎるなよ?」
「なっ……!」
「で、殿下方……」
グレイシアに腕を掴まれ、ライネルが揶揄う気満々でにやにやしている。そんな二人に挟まれてひどく困惑しているガドナン。
目の前の光景を見て、マクライ王とアリエッタ妃は喉を震わせた。
数日後。王家から、グレイシア第一王女の婚約が発表された。
相手は護衛騎士であるという情報が回ると、貴族社会に少々どよめきが走る傍ら姫と護衛の恋という展開に沸き立つ女性たちも少なくなく、グレイシアは友人たちとの茶会でも終始嬉しそうな顔をしていた。その表情がこれまでのものとは違うことにガドナンはすぐに気付き、令嬢たちもきゃあきゃあと歓声を上げる。
護衛として控えながらも耳に入ってくる会話。グレイシア付き部隊の騎士たちはそーっと隊長を見るが、当事者でもある隊長は一切表情を変えない。
(((さすが隊長)))
と、思っていれば……グレイシアのエスコートを務めて参加した婚約発表後の夜会の後……
「年上で未婚の女性たちはまだガドナンを見るのよ。私だって負けないわ。絶っ対にガドナンの隣っていう特等席は譲らないんだから! ガドナンは私だけの男なのだからね!」
「で、殿下、そのへんで……」
私室まで戻りながら憤慨するグレイシアの隣で、顔を真っ赤にさせて呻いていた。
(((あの隊長が、照れてる……!)))
一回り以上年下の女性に翻弄されている隊長に呆れるよりもほわほわしたものを抱いてしまうほど、なんとも二人は微笑ましい。
♦*♦*
「――ということがあったのです。なんだか、兄上と義姉上を見ているようだなと。とてもあたたかで優しい気持ちになりました」
「っ、そうなのですね……」
「……その場合、俺がガドナン殿というわけだな」
「!? わ、わたし殿下のようなのですか……!?」




