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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
番外編6

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後日談 グレイシアの婚約者 その4

「ガ、ガドナン……!?」


「! あ、いや……えっと、ですね……」


 こんなにもしどろもどろなガドナンなんて知らない。初めて知ることが嬉しいと心は正直に喜ぶ。

 それが嫌なのに、目の前のガドナンから目を逸らせない。


 顔を隠すようにして蹲って。しどろもどろではっきりしない。

 いつもしっかりして頼りになる護衛部隊隊長だから、心臓がどきどきするけれどちょっとした悪戯心のような、知りたい欲求のようなものが芽生えて、目の前にすとんと腰を落とした。

 と、ガドナンが顔を上げてぎょっとした顔を見せた。


「で、殿下……! こういった場所でそのような……ドレスが汚れてしま……い…」


 じーっと見つめていると、ぽふんっと音が鳴って湯気が出そうなくらい真っ赤になって、ガドナンがまた顔を覆った。


「……ガドナン。照れてるの?」


「……か、揶揄わないでください殿下…」


「してないわ。こんなガドナン見るの初めてなんですもの。可愛い」


「そ、それがそうなのでして……」


「正直な感想よ」


 じーっと見つめてても顔が上がってこない。だけど、なんだかそれも可愛くて、グレイシアは思わず笑ってしまった。


(ガドナン、照れ屋さんだったのね)


 初めて知った。幼いころからずっと護衛をしてくれているのに。


 いつからだったかは憶えていない。

 ガドナンは二十歳のときに五歳のグレイシアの護衛部隊に所属となった。自分を守ってくれる護衛部隊を時々見にいったりもしていたから顔は知っていたが、言葉を交わしたことはなかった。

 初めてちゃんと顔を見て話したのは、ガドナンが側付きになった十歳の頃。


 竜が好きだと言って知るようになってからは、安全安心とは言い切れない竜の区域への出入りにも同行してくれる騎士たちを頼りに思っていた。

 ガドナンが隊長になったのは現在の相棒竜に選ばれてからであり、隊長経験は長くはないがしかと部下たちをまとめる頼れる隊長だ。


(ガドナンをいつから好きだなんて、もう憶えてないわ……。いつの間にか惹かれていたんだもの)


 大きな背中も、優しい笑顔も、頼れる逞しい手も。

 だから、好きを伝えるつもりはなかった。なのに――……。


「ガドナン。意外と女性に弱いの? 気をつけないと駄目よ。あなただって社交会に出るでしょう? お近づきになりたがってる女性がいるの、知ってるんだから」


「……なりません。ならないんです。……他の女性に言われても、こんな……」


 少しだけ笑う余裕が消えた。思わず見つめてしまうけれど、そこにある俯いた顔は変わらない――はずだった。

 息を吐いて、顔を上げて、自分をまっすぐ見つめるから。


「――あなただけ、なのです。殿下。あなたに好きだと言われて、心が震えるほど歓喜しているのが自分でも分かります。年甲斐なくはしゃいでお見苦しい限りですが……嬉しいと、思ったのです」


「っ……嘘。だってガドナン。婚約嫌だって言ったもの」


「それはっ、その……並べた理由も本心です。……ただの護衛騎士でしかない私が主たる殿下の婚約者になど、とても恐れ多いとも……」


「恋愛小説のようで素敵じゃない!」


 言うと、ガドナンはぽかんとした表情を見せた。

 女性ならば盛り上がれそうなものなのだが、どうにも男性にはそうではないようだ。心ときめく物語を知らないとはなんと勿体ない。

 少々憤慨しつつグレイシアはガドナンを見つめた。


「ねえ、ガドナン。最後にもう一度だけ聞くわ。私はあなたが好きよ。婚約できることも嬉しい。……あなたは?」


「っ、わ、わた…しは……」


 一度項垂れて、息を吐いて、まだ赤みのある顔を上げてグレイシアを見つめる。


「っ、嬉しい、です。……殿下、私は、あなたに望まれていると自惚れてよいのでしょうか?」


「ええ。私はあなただけを望むわ」


「あなたを幸せにするのは私だと、思ってよいのでしょうか……?」


「あなただけがそうしてくれるのよ。今も、これからも」


 はっきりと返される言葉にガドナンは口を覆って下を向いた。






 ♢*♢*




 初めて会ったときをよく憶えている。

 あれはまだグレイシアの側付きになっていない頃。グレイシア付き部隊の数名に極秘の指示が下ったときだった。


『殿下が行方不明だ。悟られないよう城中を探せ』


 上司の指示に従い動いた中の一人が自分だった。


 グレイシア付き部隊の任務は、グレイシアを守ること。そんな主君が行方不明となれば当然、指示を受けた面々はすぐさま城中を極秘に探して回った。

 そして、グレイシアを見つけたのはガドナンだった。


 もしや忍びこんだ賊に捕まったのでは……と案じていた護衛に、グレイシアはひっそり隠れて真剣な目で言ったのだ。


『しーっ。かくれんぼしてるのよ』


 王女の言葉に目が点となったのを覚えている。


『殿下……。それはその……侍女としているのですか?』


『うん。わたしがこっそりかくれるの』


『……やりましょうと、言いましたか?』


『わたし、こっそりかくれてるの』


 ……姫様は一人で遊んでいたらしい。

 それが分かって肩から力が抜けて、元気な姿に困ってしまった。ついでに「そこじゃみつかるわ」と自分まで引いて隠れさせようとするのでさらに困った。


 結局、ガドナンが近くを通った同僚に合図を出し、なんとなく察した同僚が侍女を連れてきて「姫様見つけましたー」と遊びの終了を告げる形で姫様行方不明事件は幕を下ろした。……きっと、グレイシアは憶えていないだろうけれど。

 あれが最初だった。それから側付きになり、元気な様には困り、けれど明るさを感じていた。


 日々鍛錬して側付きにまで上がったとき、主は十歳だった。

 子どもらしく、元気で、ちょっとお転婆で護衛も大変だった。成長に従い勉学を始めて落ち着きを見せるようになったかと思えば、竜に興味を持ち出す始末。


 その頃に度々、グレイシアの竜好きに影響されたのか、竜の選定を受けたことがあった。結果はどれも惨敗だったけれど。


 絶対安全とは言い切れない。それが竜だ。勉学では飽き足らずグレイシアは竜の区域へ入るようになった。

 護衛のため竜の区域へ出入りするときはさらに気を張った。竜の安全域を学び、竜を怒らせる行動を学び、グレイシアを守ることに心血を注いだ。


 竜に興味を持って「好き」と声にする姿はいつも眩しかった。そう在り続けてほしいと願った。

 グレイシアは今も変わらず竜が好きだ。だが、それ以外の「好き」を口にしない。嗜好品はともかく人についてはさらに言わない。

 理由はなんとなく察していた。


 ――いつか彼女は本心からの「好き」を言えなくなるのではないかと、そう思い始めたのはグレイシアに婚約話が出てもおかしくない年齢になった頃だったように思う。


 であるなら、いずれ彼女の夫となる者にはそれなりの理解ある者がいい。それが難しそうなら、自分が嫁ぎ先でも護衛をしよう。そうすれば「好き」を知る者として話相手くらいにはなれる。

 もし自分が竜使いに選ばれたら、グレイシアは喜んでくれるだろうか。彼女の笑顔を曇らせずにいられるだろうか。

 ――いつからだっただろう。そんなことを考えるようになったのは。


 そんな頃だった。それまで何度も顔合わせをしていた竜が、自分を乗り手に選んだのは。

 稀な選定に乗り手たちも驚いたが、間違いでもなく相棒は背に乗せてくれた。


『本当!? すごいわガドナン! ねえ、今度あなたの相棒を見せてもらえる?』


 選定の結果をグレイシアに伝えると我が事のように飛び跳ねん勢いで喜んでくれた。相棒とグレイシアは早々に顔合わせをしたけれど、相棒はグレイシアをちらりと見るだけで興味を失くしたようだった。それでもグレイシアは嬉しそうだった。


 想いの芽生えがいつからかなんて、知らない。

 幼い頃の彼女はか弱くて、守らなければいけない、ただの仕事上の相手だったはずなのに。いつの間にか自分の中で大きくなっていた。


『ガドナン。陛下から、おまえとグレイシア殿下を婚約させたいと打診を受けた』


 屋敷に呼ばれて家族で夕食という場で突然落とされた爆弾。持っていたナイフもフォークも手からすり抜けた。


『わ、わたしが……ですか? もっと殿下と歳の近い者もいるのでは……?』


『だが陛下から是非にと言われている。私はそのつもりだ。おまえもそのつもりでいなさい』


 自分がグレイシアと婚約など考えてもいなかった。護衛として充分だと、そう思って――それで満足しようとしていた。

 そして――自分の中の()()に気づいてしまった。






 ♢*♢*




 今、目の前に笑顔がある。

 いつか、彼女が誰かと結婚したら、その誰かに向けるのだろうと思っていた、その笑みが。


 己の優位を確信したグレイシアは、意地悪く笑って宣言した。


「ガドナン。あなたが私を妻にしてくれないと、私は一生独り身よ。だって、あなたのそんな反応を知っちゃったんだもの。他の誰かとの縁談話を持ってこられても断る気しかないわ」


「!? そっ、そのような……!」


 困った姫だ。幼い頃からずっと。

 だけれど、振り返って向けられる笑顔の眩しさを、自分は知っている。

 そして今、彼女の心からのそれが、自分の前にある。


 顔を覆って震える口で息を吐いて、グレイシアを見る。


(ああ。本当に……)


 夢ではないのだ。手を伸ばせば届く。

 無意識に伸ばした手がグレイシアの手をそっと壊れ物を扱うように触れる。柔らかくて白い手は、なんと自分と違うのか。


 その手をとって、跪いている姿勢で改めて背を正す。


「殿下。グレイシア様。――私に、あなたと共に生涯を歩む権利を、与えてくださいますか? 殿下と同じように、私も生涯独り身になりそうです」


 冗談交じりにくしゃりを笑ってそんなことを言うから、グレイシアも笑みが浮かんだ。


「ふふっ。もちろんよ、ガドナン。あなたにだけしかそんな権利、与えないのだからね」


「光栄にございます」


 立ち上がっても互いに目が逸らされず、自然と笑みがこぼれた。






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