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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
番外編6

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後日談 グレイシアの婚約者 その3

 竜の区域を出て王宮へ戻ったグレイシアは、自室へ戻る前に庭に足を向けた。

 王宮の庭園は広く、どこから見ても絵画のように美しい。春になって花が咲き、緑も元気に溢れている。


 庭の入り口に立ちグレイシアは振り返った。


「少しゆっくりしたいから、皆はここで待っていてちょうだい。ガドナン、護衛はあなただけでいいわ」


「承知しました」


 隊長であるガドナンの指示にすぐに騎士たちも頷く。庭園の入り口での警備と待機を命じられた騎士が動くのを見てから、グレイシアはガドナンを連れて歩き出す。

 後ろのガドナンはなにも言わない。その距離はいつもどおりの護衛の距離。


 花を見ることで心を落ち着かせようとした……けれど足が急いてしまう気がする。タタッと歩いて他者の目を遮れるところまで来ると、グレイシアは思い切って振り返った。


「ガドナン!」


「はい」


 いつもどおりの護衛がそこにいる。

 グレイシアよりも高い身長。熊のような大柄な体躯。シャルベルや兄のライネルのような端正な顔立ちではないけれど、体つきに似合わず温和で、笑うとくしゃりとした優しい顔をするのだと知っている。会話をするときにはいつだって屈んでくれる。今もそう。


 どくりと心臓が早鐘を打つ。止まらない。

 緊張する。怖い。聞いてしまえば最後、聞きたくない答えが返ってくるかもしれない。


(もし、もしも、ガドナンが私との婚約を嫌だと思っているなら、お父様に言ってなんとか白紙にしてもらわないと……)


 好きだから。だから、問うと決めて、そう決めた。

 意を決して再び顔を上げると、ガドナンはやはり目線を合わせるように屈んでくれている。


「ガドナン。あなたがすでに知っているかどうか分からないけれど、私の口からちゃんと言うわ。……ふぅ。お……お父様が、その……私のこ、婚約者に……あ、ああ、あなたを……考えているそうなの……」


 よし。言ったぞ。まずは一歩。

 反応が怖いけれど、いざこい! と言わんばかりの勢いを胸の中には持ちつつ、グレイシアはガドナンをそーっと見つめた。


 目の前に、どこか困ったような顔があった。


「はい……。私も先日父から聞かされました」


「そ、そう……」


 意味なく手の指を絡める。所作なく落ち着きないグレイシアを見て、ガドナンは目を細めた。


「……殿下。たいへん失礼ながら、私は辞退申し上げたいと思っております」


「っ……!」


 息を呑んだ。ぎゅぅっと胸が苦しくなって、目の前が真っ暗になった。

 視線が下がって俯いて、自分の足元が見えるはずなのに視界がはっきりしない。


 ただ、目の前でガドナンが跪く動きだけは感じられた。


「ご無礼を申し訳ありません」


 ……違う。違う。そんな言葉望んでない。聞きたくない。

 聞きたいのは、ただ――……。


「ガドナンは……私のこと、嫌い……?」


「っ! そのようなことはっ……」


 どこか慌てたような声が聞こえた。でも、どんな顔をしているのかなんて分からない。

 ぎゅっと握りしめたスカートが皺になってしまうかもしれないけれど、そんなこと気にもならない。普段なら気をつけるのに。


「……私はすでに三十を過ぎております。殿下はお若い。もっと他によき御方がおられます。近衛の中で言うならばレオンなどは年頃も同じであり公爵家の次男。悪くない相手になりましょう。私はただ殿下をお守りする騎士。そう在れればそれで充分なのです」


 唇を噛んだ。手に力が入った。

 呼吸がままならないほど苦しい。


「……レオンは、とうに候補から外れてるわ。シャルベル様の婚約者であるラウノアさんが古竜の乗り手に選ばれた時点で。それは、本人だって解ってる」


「……はい。ですが貴族の中には殿下の相手になりえる者はまだ多くおりましょう。陛下がなぜ私に白羽の矢を立てたのかは分かりませんが、家を出るやもしれぬ私より、殿下を幸せにできる者は他にも――」


「いないわよ!」


 悲しいような、怒りのような。震える口から吐き出された。

 息を呑む音がして、滲む視界にガドナンの顔がぼんやりと見える。


「わたしはっ……わたしはあなたが好きなの! あなたと婚約したいの! 他の誰かなんていないの! 私を幸せにしてくれているのはあなたなの!」


 散り散りになりそうな心を必死に繋ぎとめて、行動に移さねばと必死になる。頭の中にはラウノアがいて、頑張れと背を押してくれる。

 伝えないと。言わないと。行動しなければ変えられない。変わらなくても、後悔はしたくない。


 涙を拭いて、ちゃんとガドナンを見て、伝える。


「ずっと一緒にいてくれたあなたのことがずっとずっと好きだった。だから……お父様にあなたが相手だって聞かされて、すごく嬉しかった」


「……」


「……でも、あなたが私を想って言ってくれたように、私も、あなたには幸せでいてほしい。だから……あなたが望まないなら、この話はお父様に伝えて白紙に戻してもらうわ。……ありがとう、ガドナン。ちゃんと言ってくれて」


 苦しい。喉が急に細くなって息ができなくなる。でも、伝えたことで頭が冷えた。

 表情だけは普段どおりの微笑みでガドナンを見ると、目を瞠って驚いている。


 それでも心は苦しいから、ガドナンの傍を通り抜けて戻ろうと――


「ガドナン……?」


 して、手首を掴まれた。

 掴んだその人もまた驚いているようで、目が合うとハッとした顔をする。


「あ…も、申し訳ありません。許可なく殿下に触れるなど……。その……」


「ふふっ。らしくないわね」


 これからしばらくきっと互いに気まずいけれど気にしなくていい。これまでどおりの主と護衛だ。その距離のままであればいい。

 だからもう、吹っ切れたと見せるために小さく笑った。――なのに。


「……ガドナン?」


 大きな体の彼が、蹲って口許を手で覆ってしまうから。――見える顔が真っ赤なのが見えてしまったから。

 急激にグレイシアの体温が上がった。






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