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慎まし令嬢が目立ちたくない理由  作者: 秋月
第六部

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210/246

14,おまえを。あなたを。待っていた

 シャルベルたちから離れたギルヴァは草原に立つと一度だけシャルベルたちの方を確認し、視線を前へ戻した。

 そして「ふーっ」と息を吐く。目を閉じて、広く速く、魔力の微かな波を広げる。


 周囲の森で過ごす生き物たち。少し離れた王都で暮らす民たち。さらにその向こうにある王城で過ごす者たち。時になにかにぶつかるような感覚がするのは、同じように魔力を持つ者が範囲内に入るから。

 解る者には分かる。ここに自分がいる証。


 波は広げた。ギルヴァはそれを広げるのをやめ、顔を上げて空を見る。

 浮かぶのは遮るもののない星空。見飽きるほどに見たそれは、今は別の空が重なって見える。


 まさか…と感じたのは、王都に病が広がり、グレイシアの治療を行ったときだ。

 丸薬の広がりとその効果、まるで知っているかのような使い方。魔力の『質』に偽りはない。だけど、状況を呑み込むのに時間がかかってしまった。


(俺以外、いないと思っていた)


 キャンドルの破片がそのまさかを裏付けた。もう隠すつもりはないように。知ってもらおうとするように。

 ギ―ヴァント公爵邸での一件、ラウノアの部屋にやってきた件、細かな魔力の使い方と、自分ですら知らない強制的な意識の移動。


(だが、だからこそ――予想ができた)


 奴はおそらく――……。


 ギルヴァの瞼が震えた。――感じる。近づいてくる。


 感知力に引っかかるこの魔力の『質』。間違うことはない。――奴だ。

 暗い空を睨む。自分と同じように気配を消しているとしても、生憎とそれは今の自分には効かない。消した気配は見破る方法があるのだから。


(――見えた)


 それが頭上にやってきてすぐ魔法を行使し、周囲に認識阻害と防音の壁を築く。

 それを感じているだろう相手は、気にした様子もなく微笑んでいる。嬉しそうな顔をして。


 ――全く違う顔なのに。同じ笑みを知っている。


「あの波とこの壁……。ギルヴァ様、ですよね……? またお会いできるなんて、嬉しいなあ」


 知らない姿。知らない声。

 それでも間違いはなく、ああそうなのかと…少しだけ悲しい気持ちが湧いた気がした。


 離れているシャルベルはやってきた相手の姿に息を呑み、目を瞠った。

 だってあれは……あれは、あまりにも知っている人物だ。信頼できる人物の一人だ。あれがいるから大丈夫だと思っていたし、その行動に偽りなどないと感じていた。

 なのに。なのに――……。




「カーランッ……!?」




 なぜそこに。遥か頭上に。その人物はいるのか。なぜその名を知っているのか。

 飛び出して聞き出してやりたいけれど、なんとか必死にそれを堪える。


 シャルベルなんて目に入らないカーランは、ただただフードに隠れたその人を見つめる。


「わざわざ僕を呼んでくださったんですか? そんな……お呼びくださればいつでも応じました。いつだって。いつまでも」


「……」


 対するギルヴァはなにも発さない。感激を表現する表情にもなんの反応も見せない。

 フードに手をかけ、それをとった。――瞬間、カーランの表情が冷ややかで僅かな苛立ちを帯びるものに変わった。


「やっぱりそうか……。それともギルヴァ様じゃなくてラウノア? だったらいらないな。……手土産なんて持ってくるんじゃなかった」


 豹変した態度に背筋に冷や汗が流れるほど、なにか圧倒的なものを感じてしまう。それでも気を確かに持ってシャルベルは事を見守る。

 見守る視線の先、相手を見つめたままギルヴァは動作のひとつも取らず、シャルベルたちと自分たちの間に防音の壁を作った。それを感じるカーランが一瞬視線を動かすが、気にしていないようで視線を戻す。


「三枚の壁。平然とできるなんて……」


「――で、俺だという確信が得られたか?」


 自信に溢れた声音。堂々たる威風。不敵な笑み。

 目の前にあるのは、かつて何度も見て、憧れて、その背を追いかけた、その人そのもの。


 ――体が震えた。沸き起こる歓喜が、たまらなく心も頭も満たす。


「は……はっ、ハハハッ! ハハハハハッ! すごいよ! 本当だよ、本物だよ! やっぱり生きておられたんですね! ああっ……! この気持ちはどうしたらいいんだろう!」


 興奮する相手とは裏腹に、ギルヴァはそんな感情を一切見せずに静かな眼差しのまま相手を見つめる。


 離れるシャルベルは、相手が突然抑えきれないようにはしゃぐ様子を見て、しかし声が聞こえないことに首を傾げた。先程までは当然のように聞こえていた。なのに、いきなり……。


「アレク。俺にはあちらの声が聞こえないんだが、聞こえるか……?」


「聞こえない。若が、そうした。……姫様はきっと、知られたくない」


 ギルヴァは時に独断的に動いているようで、ラウノアを深く想っている。それを知っているシャルベルは、どういう原理かは分からずとも納得ができた。

 今はただ見ていることしかできない。それでも、傍にいたいのだ。


 壁の向こうでは変わらずカーランが声を大にしていた。


「ごめんなさい。ごめんなさいギルヴァ様! あなたが戻ってこられるように僕も最大限に頑張ったんですけど力が及ばなくて……。いろいろ試してもやっぱり人間は非力だから駄目だ。ギルヴァ様はどうやってそこに?」


「おまえこそ。どうしてそこにいるのか、俺に教えてくれよ」


「僕? ギルヴァ様とは違うのかなあ? ……ん? ギルヴァ様ってラウノアの意思に代わってないの?」


「俺は俺で、ラウノアはラウノアだな」


「んー……じゃあ僕とは違うのかなあ」


 ギルヴァは、なぜ自分がこうしてここにいるのかを知っている。そして同時に、これが誰にでも起こることではないと知っている。

 そして今、目の前のコイツを見て、確信した。


「当ててやろうか? おまえ――……精霊を穢して禁術を使ったな?」


「うんっ! だってそうでもしないとギルヴァ様にまた会えないから」


 あまりにあっさりと肯定された。その仕方、仕草も、すべて記憶にあるとおり。

 だがら、口が歪む。


「ギルヴァ様に戻ってきてもらうためにはどうしてもそれが必要だったんです。でも、僕がいなくちゃ駄目だから僕でまず実験して。それでギルヴァ様をって思ってたのに、ギルヴァ様もういたんだもん、びっくりしちゃいました」


「……」


「ギルヴァ様。ねえ。――全部、全部、取り戻そうよ!」


 楽しみに、輝かしい未来を知っているように、笑っている。目の前のその顔を見て、瞼が震えた。


(ああ……やっぱり――)


 駆け巡る記憶。親しい者たちとの笑みも、友との喧嘩も、なにかのために誰かのために言い合った応酬も。

 全部全部、忘れたことなどありはしない。


「だってそうでしょ!? ギルヴァ様こそが正統なんだよ!? あんな暴虐な男の子孫がいつまでものさばるなんておかしい!」


「だから――()()()()をかけたのか」


「僕だけじゃないよ。やっぱり気づいてたんだ。王女を治したのってギルヴァ様でしょ?」


「ケツ拭きさせんな」


 にこりとした笑みに返されるギルヴァの目は鋭い。そこには親しみも穏やかな空気もない。懐かしむ気持ちを斬り捨て、ギルヴァは背後に氷の刃を生みだした。

 それを見たシャルベルは息を呑み、カーランは目を瞬かせる。


「ギルヴァ様?」


 もう、問答はいらない。


 氷の刃が勢いよく撃ちだされる。しかし、カーランは飛翔したままそれを避け、手を前に出すと、出現させた炎で氷を溶かす。

 そして、首を傾げた。


「どうして……?」


「取り戻したいなら一人でしろ。俺は、今で充分だ」


「嘘だ!」


 今度はカーランの番だ。ギルヴァのそれよりもさらに多い氷の刃を生み出し、ギルヴァへ撃ちだす。

 しかしそれを、ギルヴァは一歩も動くことなく炎で消し飛ばした。


 瞬間、激突が始まった。

 まるで宙にある足場を蹴るようにダッと向かっているカーランに、ギルヴァは冷静に水の帯を放つ。それを凍らせながら突撃するカーランは、氷が砕けて見えた刃のように煌めく氷の切っ先を、同じように作り出した氷の剣で弾く。

 魔法の衝突から、今度は近接戦に。


 しかしその近接戦も目で追えないほどの速さで繰り広げられる。互いが剣だけでなく、魔法を使って自身をサポートしている証拠だ。

 ギルヴァが背後をとれば、一瞬遅れてカーランはそれに気づく。皮一枚で剣先を避けてもギルヴァの猛攻は止まらない。


『どうした。ここまでか? まだまだ鍛錬が足りねえな』


 そう言って優しく笑っていた。――なのに、今は……。

 ぐっと唇を噛んだ。


(本当に……本当にもういいって思ってるの? 全部奪われて全部なくなって、なのにっ……! なんでそんな顔をするんだよっ……!)


 違う。違う。自分が望んだのはこんなものじゃない。

 自分がいつも思っていたのは。目の前にあったのは――……。


「っ……なんでっ、なんであんな奴らの味方するんだよ! 奪い返してなにが悪い!」


「味方じゃねえよ。――そんなもん、なるわけねえだろ」


 ギルヴァの動きはどこまでも迷いがない。本気で自分の命を狙ってくる。

 だから解らない。だってそんなの、ありえない。


 炎の球を生み出してギルヴァにぶつける。けれど、ギルヴァはあっさりとそれを退ける。

 いくら剣を繰り出してもギルヴァの動きはあの頃となにも変わらない。傷ひとつ作らせてくれない。魔法だってそうだ。ギルヴァはいつも誰よりも上をいく。難しいものでも容易くこなしてしまう。


 精霊たちに愛されて。太陽と自然に祝福されて。誰も敵わない力を持っていて。誰よりも強くて、なのに――……これでは、あのときと同じではないか。

 苛立って、悔しくて、唇を噛んだ。


「戦え! 勝てるくせに取り戻せるくせに! あんたはいざってときには弱腰だ! 奪い返す気もないくらいあんたにとっては全部どうでもいいのかよ!」


 誰よりも強い人。最強を冠する人。皆が尊敬し、慕う人。替えのない唯一の人。

 ――自分たちに見せた姿を張りぼてにする気か。






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